大きな小鳥と節約家
一国一城の主。
この言葉は他者から援助や干渉を受けずに自立できる者、なんからの形で独立を果たしたことを表明する言い回し。
城主領主ならば一地方を切り取って収めた統治者の意。
一般労働者ならば夢のマイホームやマンション購入を歓喜した表現。
そして宇宙船のパイロットならば、
「一国一城の主となったのだからな」
「……あら、ついに船持ちのキャプテンになられたのですね。おめでとうございますフィナル様」
雇われパイロットから個人所有の船を得たキャプテンへの昇格を意味する。
これは決して安くない額の宇宙船を腕一本で購入したという一種のステータスであると同時に、己の腕を実績で示した証明でもある。
危険に満ちた大宇宙、腕利きパイロットは常に求められ引く手数多。魔王フィナルジェンドも他者に分かり易い一流の証明を形で表した。
「危険に見合った報酬を重ねてこそよ。礼を言わせてもらうぞキャサリン」
「しかし水臭いですわ。おっしゃってくだされば色々融通しましたのに」
「ハッハッハ、そこまで世話になるわけにいかんからな」
双方にこやかな宣言と祝辞を交わす。ただし傍より先程からのやり取りを観覧している少女メスズにはとても額面通りの文言に受け取れない。
『無茶ぶりし続けやがって。そのせいで金は儲かった、ざまぁみろ』
『残念、知ってればもっとこき使って差し上げたのに』
『ふざけんな、次からは個人事業主の立場で必要な物は請求してやるぞ』
彼女の耳にはこう聞こえてしまうのは穿った偏見なのだろうか。知らぬこととはいえ魔王と舌戦を繰り広げる人間の存在に身震いを答えられないメスズである。
「待たせたなメスズ。早速艦の受け取りに向かうぞ」
「はいでチュン。ただ……」
「なんだメスズ、心配事など似合わぬ顔をして」
「人間怖いでチュン。魔王様相手にも詐称を働く悪魔も恐れぬ奴らでチュン。買った船もちゃんと手に入るのか心配でチュン」
「フン、そこは案ずるな」
キャサリンが魔王相手の商売を意識していたかは別にして、人間の欲深さは魔族を超えている。だから今なお発展し、一度滅んだ世界を立て直す程に。
そんな性質を持った人間が真っ当な商売をしてくれるのか、不安を覚えた彼女に旧世界の王は呵々と笑って杞憂を払拭して見せる。
「直接対面し『魔王心読』で正直な商売をしているブローカーを厳選した結果だ。キャサリンのような曲者は弾いた末の選択ぞ」
「さ、流石ですフィナル様!」
「フン、当然のことを褒められたとて」
「トゥルーハート社のウソ発見器みたいでチュン!」
「言い方ァ……」
かくして雇われ最後の仕事を終えたふたりの魔族は目的地に向かう。
******
宇宙大航海時代で人類の居住地、寄る辺は大きく分けて三種類。
ひとつ、天体。
惑星や衛星といった「星」の上、或いは海中地下。
ひとつ、宇宙ステーション。
人工物で「星」の間近に建造された出島。天体に降りる準備をする場所と受け取られる出入り口の役割も担う。
そして最後のひとつは「巨大艦」。
いわゆるスペースコロニー、安定した重力場に建造された構造物。これに動力を足して移動可能としたものの発展形。
生涯を星に降りず過ごす、宇宙を流れ流れて天体を根下ろす大地をせず、資源の採掘場と見る旅人の群れ。
故に宇宙を旅する道具、宇宙船に関してはジャンクから最新鋭、非正規品や盗品、魔改造に至るまで手に入るのは三番目の寄る辺である。
******
『アテンションプリーズ、アテンションプリーズ』
『ノア・フォーマルハウト発エアロゲイト5便はまもなく着艦致します。お客様方には速やかなる──』
電子合成音が優しく来訪者の耳を撫でる。宇宙港に降り立った来訪者のひとりがしたり顔で頷いて曰く、
「ここに来るのは幾年ぶりか……相も変わらず喧噪にして雑多な空間よ」
巨大艦ノア・フォーマルハウト。
宇宙船の一角に設けられた宇宙港、との言い回しが通用する巨大建造体。宇宙大航海時代に生きる人類が選択した居住空間のひとつ、「作り変える」テラフォーミングの対局、自らが暮らすべく構えた人工環境の囲いを延々と拡張し続ける形。
この『箱舟』は遠い未来に惑星サイズへと至るのかもしれない。
「『ダイソン球』も現実味を帯びて来たのでチュン」
「なんだそれは?」
「人類が考案した最高のスペースコロニーでチュン。なんでも恒星系を卵のように包む構造物を建設するとか」
ダイソン球、ダイソン殻、ダイソン環天体。
太陽の発するエネルギーを無駄なく活用する究極形、恒星系全体を取り囲む卵殻構造体の中に生物の生きる空間を築き上げるという宇宙大航海時代以前の物理学者が考案したスケールの大きなコロニー論かつ机上の空論。
しかし科学の発展は止めどなく。過去には絵空事、不可能とされた夢のような計画も実現してしまうのかもしれない。
それこそ夢幻のような存在、魔王の秘術に並ぶほどに成長しているが故。
「メスズ、貴様は我が身に比べて人類の歴史について詳しいな」
「チュチュン、フィナル様のお役に立つべく鋭意勉強中でチュン」
「見た目は人間ではないのにな」
「これはフィナル様がケチだからでチュン!?」
憤慨するメスズを隣を歩く魔王フィナルジェンドは見下ろしている。長身の彼だが向ける目線の先は随分と低い、低すぎた。
彼の目線の先には幼児くらいの大きさをした雀が歩いていた。まるで足と首の短いダチョウ、雀にしては巨大すぎる生き物である。
魔王の眷属メスズ、彼女は人間ではなく鳥獣族と悪魔族とのハーフであり、鳥の姿に変じることが可能なのだが。
今まさに変身しているのには訳がある。
「そう激昂するな、理由は以前も知った通りであろう」
「チュン……」
「ここでは余所者の酸素税が高いのだ。それでも人間以外、ペットボットなら格安で済むのだからな」
「ひどい話でチュン……」
「船の受け取りが済めば退散するのだ。長居するつもりはない、それまでは諦めて行儀よく小さくなっておれ」
宇宙に置いて酸素と水は創り出す必要があり、決してタダではない。
故に生きるだけで消費する最低限にも税金がかけられ、宇宙入植者の労働意欲を必要かつ強引に掻き立てたらしいのが由来。
技術や環境が確立し、バイオ技術で生み出された人造生物をペットと連れ歩くほどに豊かとなった今では別段必要ではない政策のはずなのだが、旧態依然のシステムが残るのもまた政治。悪しき慣習が余所者に冷たい態度になっているのは改めるべきだと過去の支配者たる魔王などは考える。
「一国一城の主になられる魔王様、すっかりケチになってしまったでチュン……」
「否定はし難いな、我が身も今の世において節約との概念を覚えたぞ」
未だに愚痴る配下に対しフィナルは怒るでもなくしみじみと頷いた。
そこに魔王らしい威厳はなく、収入と支出を前に苦悩する経理担当者の如き悲哀を感じ取れるかもしれない。
「何しろ今の世は、世界に満ちる
魔力には外魔力『マナ』と内魔力『オド』の2種類が存在する。
世界に満ち溢れる無限の魔力がマナ、己の体内から汲み上げる火種がオド。
魔法とはオドを着火点、マナを燃料に発動させる奇跡の術。故にオドの生成・貯蔵量が膨大な魔王が超越者として振る舞えたのだが、当代の世に燃料となるマナが存在しなかったのだ。
マナの喪失、これが原因で女神の封印が解けたとフィナルは推測しているが復活後の窮状が跳ね返る。魔王は魔王たる絶大な能力を著しく制限されていた。
先の襲撃で秘術を三度も使ってしまった、暫くは自制して魔力を貯めなければならない魔王である。
「今は己の裡に蓄えたオドのみで秘術を行使する身よ。秘術を幾度か用いればすぐにも枯渇する、多少は
「どうしてマナが消失したんでチュンかね?」
「さて、それもいずれは解明したいところであるが、今は我が身の地歩を固めるを優先だ」
彼が全盛期の力を取り戻すには必須となる課題。しかし遠き目的地を目指すあまりに今日の糧を忘れては餓死するのがせいぜい。
彼の野望は一足飛びに抱えられるものではなかった。
「『セシリーの道も一歩から』でチュンね」
「なんだそれは?」
「地球時代の格言でチュン。大きな目標も小さなことを積み上げた先にあるって感じの言葉でチュンよ」
「真理を突いた言葉よ。セシリーなる者、人間にしては慧眼、賢者であるな」
積み上げる小事、そのひとつが訪れた巨大艦の一角に待っている。
彼らは企業の雇われパイロットが個人事業主にランクアップする、そのために必要な最後のピースを受け取りにやってきたのだ。
「ゆくぞメスズ、我が身の居城が鎮座する地に」
「鎮座って言っても飛ぶでチュンが」
「気分の問題だ。察せ、気付け、言葉を選べ」
ピョコピョコ歩く従者を供連れ、魔王は覇道の一歩を踏み締める。
買った品を受け取りに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます