プライドなら是非も無し

 諸人こぞりて宇宙に進出した地球人類。

 彼らが真っ先に探したのは即時入植可能な地球型惑星。

 大半の惑星は生物が棲めない死の大地、予算と時間と危険の三重苦を背負う環境改造テラフォーミングの不要な新天地を求めたのだ。

 しかし後の開拓史を紐解くまでもなく、そのような好都合な環境がすぐ見つかるはずもなく。


 ──結果。

 人類は四方八方に広がりすぎ。

 他の集団と交流や連携が難しい程の距離で個々の生活圏を築いてしまう。


 宇宙大航海時代最初期。

 太陽系連邦を中核とした巨大人類圏の構築、いわゆる『銀河連邦』構想などは夢のまた夢、未だ第一歩すら踏み出せているか怪しい具合であった。


******


 惑星レーゴンの衛星軌道上に置かれた宇宙ステーション。

 中規模の宙港に一隻の貨物艦が停泊していた。一見して何の変哲もない輸送船、カーゴ部に使われた空間圧縮技術により見た目以上の搭載量を誇る以外には取り立てて平凡な宇宙船。


「フィナル様、荷物の引き渡し完了でチュン」

「うむ」


 船内で契約満了を確認していたのは深い栗色の髪をふわりとさせた、内向きの髪型が巣で丸まった小鳥の羽毛を思わせる少女。黒目がちのどんぐり眼は体つきに反して他人に幼い印象を与えるだろう。

 少女の名前はメスズ。

 人目を引く可愛らしい外見であるが、実のところ彼女は人間ではない。


「先鋒からの入金もバッチリ確認したでチュン」

「よろしい、例の口座に回してそちらの仕儀も確認を忘れるな」

「チュン!」


 鷹揚に頷き雑事を執り行うよう指示した彼こそは人ならざる者の王。

 魔王フィナルジェンド。

 彼の容姿を表すならば、地球時代の人類相手には古代ギリシャの石像めいた眉目といえば通じるだろうか。美形と呼ぶには些か目付きが厳しく、整った眉目や体型も優男と呼ぶには硬質さが勝る。

 しかし、彼の立ち居振る舞いが魔王たる傲慢さに溢れているかと言うと。


「キャサリン貴様ァ!」

「ごきげんようでございますわ、フィナル様」


 配下の雑務を余所に魔王は通信機にがなり立てて向き合う。

 空間投影型のモニターに浮かび上がるのは営業スマイルを忘れない女性。

 外見年齢は20代半ば、ブルネットの髪を編み上げたビジネス服は皺ひとつない完璧スタイル、見た目から受ける「一流企業の秘書」然とした印象はそれほど的を外さないだろう。

 彼女、キャサリンは流通や斡旋を商いとする企業体ギルド・クチイレヤで荒くれ相手に仕事を紹介する受付嬢なのだ。

 ──はたして無法者どもに変わらぬ笑顔でえげつない仕事を依頼できる人間が壁の花、「受付嬢」なる役職に収まっているかは別として。


「この度はわたくしどもの斡旋させていただいた輸送依頼を完遂していただきありがとうございました、フィナル様」

「白を切る気か、素知らぬ顔を続けるか、キャサリン」

「誤解ですわフィナル様、海賊出没の可能性は事前に説明した通りに」

「貴様、あれが海賊騒動などではなく、レーゴンの敵対勢力が通商破壊を仕掛けていたのを把握していたであろう!」

「まさか! そんな恐ろしいこと!」


 画面越し、ホログラフ越しであっても、立体映像には使えない『魔王読心』で魂を覗き込むまでもなく演技しているのが見え見えな態度でキャサリンは怖がってみせた。美女がやれば嫌味に映らない、それを計算しているだろう態度にフィナルは苦虫を嚙み潰す。


 遅々として進まない人類圏の国家群統合を尻目に、銀河でもっとも広く浅い連携を進めているのが企業体。

 「商売上の利益」一点で分かり易く右手で握手できる商売人たちは政治を飛び越えて結びつきを強め、吸収合併呉越同舟を繰り返して様々な経済網を形成している。

 ギルド・クチイレヤもそんな巨大ネットワークを有した企業体のひとつ、常に内憂外患を抱えつつも走り続ける商売人の集団だ。


「万一を考え、腕利きと信用を置けるあなた様に依頼したわたくしどもの判断は正しかったのですね! 見事期待に応えたくださった!」


 あなたになら出来る。

 古来より使われる言い回し、相手の自尊心をくすぐって反発心を封じ込め無理難題を背負わせるお世辞だ。男なら美女に言われて舞い上がることさらに倍だろう。

 しかし魔王たる彼はムートランティスの時代より美辞麗句に飽いており、人間が言い募る程度の言葉に満たされることはない。


「そこまで心がこもっていないと最早爽快、清々しく思えるな」


 法の支配が行き渡らぬ宇宙大航海時代、金の論理で銀河を繋いだ彼らは下手な惑星国家の何倍も力を有している。それは有形無形の資金資産だけでなく情報、軍事の分野も含めてだ。

 フィナルの駆った艦はクチイレヤ所有の船、業務に火種の可能性あらば実態を調査し、本当に危ういとすれば断るか護衛艦を付随させただろう。何しろ宙難事故が多すぎて保険会社がまともに取り合わない宇宙船業務、船を破壊されて損を被るのは持ち主なのだから。

 にもかかわらず、海賊が出る「かもしれない」と腕利きの雇われパイロットに単独で輸送任務を斡旋する、さてどんな狙いがあったのか。


「ただ残念ですわ」

「何がだ」

「同業他社に忠告すべく海賊の実態を探ろうとしたのですが、艦の航行記録を収めるブラックボックスは無事でしたのに海賊襲撃時のデータが壊れていましたの。どんな操艦をすればこんなことが起きますの?」

「──成程、それで読めたぞ、見抜いたぞキャサリン」


 魔王の瞳が洞察力と共に光る。

 たかが魔王、されど魔王。遥かなる過去、人類の敵とされた存在は敵対種の思考形態を把握していた。


「何がですの?」

「貴様、記録を頼りに海賊の正体を暴いて、どちらかに商機を見出し売り込むつもりであったな?」

「……さあ、何のことですの?」

「フン、知らぬ顔ならばそれでもよい、構わぬ、これ以上は問わぬよ」


 揉め事衝突軋轢、いずれも宇宙大航海時代では絶好の商機。

 傭兵に兵器に資材に食糧、あらゆる物資が高値で飛び交う環境で、オマケに表沙汰に出来ない仕事ならばさらに倍。

 海賊に扮した影働きを行う組織団体など、表立った商売の外でニーズを抱えているのが相場。クチイレヤはそこに入り込む機会を窺いたかったのだろう、以上が彼の読み、キャサリンの言葉を汲み取った不可解な配置の答え。

 護衛無しに襲撃を受け易く、それでも帰還を果たせる可能性が高い人材として己が使われたとの理解、期待外れに船が沈んでもブラックボックスが回収できれば損は無い。これが彼に課せられた役割、出した結論だ。

 それらを含んだ一言の指摘に対し彼女の笑顔は崩れない、態度で真相は明かされない、しかしてフィナルは満足げに頷いた。


「分かる者には分かる、それを示せればよかったのだ、満足したのだよ」


 雇われの身であったが意のままの駒でない、人間に使われるばかりでないことを暗に示せればよい、今は雌伏の時を過ごす魔王の矜持は一定量満たされた。

 満たした要素にはクチイレヤが欲した航行中のデータが全損し企みを果たせなかった結果も含まれる。

 何しろ企業の欲した記録が全て破損していたのは事故でなく彼の意図したこと。


『魔力の浪費だが止むを得ん。記録は消去する、我が身の存在を照らしすぎる証拠は始末するのが最上だ、「魔王修竄」!』

『凄いでチュン、ハードウェアを傷つけずに厳重なシステムの狙ったデータだけを消すだなんて!』

『当然のことよ、造作もないわ、我が身は』

『VRダイバーの特S級ハッカーみたいでチュン!』

『言い方』


 秘術行使の事実、科学より外れた力を隠蔽するための工作も功を奏し、魔王たる彼を利用した悪事を思うのままさせずに「してやったり」と満足できたのが矛を収めた何よりの理由。


 ──しかし、しかし。

 本当に己が本性をひた隠すならば、切れ者であることを明かすのは愚行。

 哀れ騙されたことにすら気付かぬ脳筋を演じた方が理に適うというのに、自らの知性を誇示する選択を捨てきれない程にフィナルジェンドは魔王だったのだ。

 かくして秘術を用いねば人の魂を覗き込めない魔王は、キャサリンが心に作った閻魔帳で彼の警戒度目盛りをググッと上昇させたことには無頓着のまま通話を打ち切ろうとする。


「用向きは済んだ、気は晴れた。邪魔をしたなキャサリン」

『ではフィナル様、次なるご都合などはどのような? よろしければ幾つか依頼を提示させていただきますが』

「いや、それは不要だ」


 和やかな歓談の後、すかさず差し込まれる依頼にフィナルは否を返す。

 それは「もう騙されんぞ」との反発からではなく、彼は浮かれていた故に。

 掲げた大目標に向かう一歩を達成したが故に。


「むしろ現雇用契約は終了、新たな形で結び直すことを要求する」

「……はい?」

「よく聞くがいいキャサリン。我が身はついぞ先を以って」


 魔王フィナルジェンドは威厳を纏って宣言した。


「一国一城の主となったのだからな」

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