宇宙の日常、少しの異常

 人類がSSTドライブによる超光速航法、いわゆるワープ技術を手に入れた後。

 太陽系で燻っていた多くの人類が大宇宙に新たな希望を抱き、母なる大地から我先にと旅立った。

 それはかつて海原超えて新天地を目指した開拓者たちの船出にも似た、まさしく第2の大航海時代到来の始まりとも言えた。


 人呼んで『宇宙大航海時代』の幕開けである。

 国が、企業が、組織が、団体や個人が競って宇宙に飛び立ち、地球圏より押し合いへし合い流出し、留まらず勢い行出て数百年の時が過ぎた今。

 人類はひとつの事実を理解した。


 宇宙は広かった。

 否、広すぎた。


******


 アストロイドベルト。

 地球出身の宇宙船乗りには「土星の輪だよ」と言えば通じた宇宙の地形。

 大小の岩塊氷塊、星のなりそこない達が重力場により帯状に集まった密集地。

 宙域に浮遊する岩塊と岩塊の間は数センチから数キロメートルと千差万別、宇宙船のサイズと腕のいいパイロット次第で潜り抜けることは不可能でないにしろ、命知らずなのは間違いない。

 そんな暗礁宙域アストロイドベルトを複数の宇宙船が疾駆していた。

 先頭に一隻、追走するのが三隻。


「ヂュヂュン!? 警戒アラートが真っ赤で継続チュン!?」


 先頭を行くのは1000メートル級の貨物艦。

 小型デブリ避けのフォースバリアを装備している以外は何の変哲もない、武装のひとつも備えていない輸送用艦艇だ。転送技術の発展している今でも大量輸送コスト等の理由で星間以上の荷物輸送には船を使った移送が主である。

 かくて宇宙を飛び回る平凡な貨物艦は平凡ならざる事態に直面していた。

 ──いや、或いは宇宙大航海時代では日常的であると言うべきか。


「フィナル様、追跡艦3隻、全然振り切れてないチュン!!」

「そんなことは分かっている! 報告は砲火の挙動のみにしろメスズ!!」


 貨物艦の艦橋には若者といって差し支えない男女がふたり。

 ナビゲート席で少女が判り切った事実を叫び、操縦席の青年が怒鳴り返す。先程からアラートが一向に消えないのだ、わざわざ指摘されるまでもない危険な状態が続いている。


 宇宙大航海時代の科学はサポートAIの充実により千メートル級艦船の操艦をたった二名でも可能にする程に発達し、ただ飛ばすだけなら子供ひとりですら可能だとされる。

 それでも機械任せ、AI任せにならずヒトを搭乗させているのは判断力、緊急事態に対応できる危機管理・回避能力は未だ人工知能の及ばないがため。

 紋切り型な選択しか採れない普及AIでは対処できない諸問題、天災人災に備えての人材配置。

 宇宙は広大さに比例して危険に満ちているのだ。


「おのれキャサリン! 急ぎで報酬のいい仕事だとは思った、宇宙海賊が出るかもしれないと聞いたが故に暗礁宙域ルートを選んだというのに!」

「至近弾右下200、危ないでチュン!」

「本当にあいつらは海賊か!? こっちを殺す気満々ではないか!!」

「ヂュン!?!?」


 誰にも分かる道理、宇宙海賊の目的とは『略奪』である。

 積み荷狙いである以上、宇宙船のエンジンや乗組員は生死問わずでも荷物ごとの完全破壊を良しとするはずはない。

 しかし追尾する三隻の高速艦は遠慮も呵責もなくビーム砲を連射して彼らの貨物艦を砲撃してきている。積み荷は届け先で不足するレアメタル、略奪が叶えば相当の額になると思われるお宝を前にして果敢なる攻撃。

 ──まるで積み荷に興味が無いかのように。


「ミサイル発射を確認! 数は3発チュン!」

「この暗礁宙域でか!? バカめ、愚かな、そんなもの当たるはずが──」

「ミサイル反応消失、同時に次元振動確認」

「──なに?」

「あ、亜空間魚雷だと思われるでデュン!!」


 亜空間魚雷。

 小型の跳躍機構で亜空間に沈み込み、三次元軸からの捕捉や干渉迎撃を不可能にするミサイルだ。

 魚雷と言うが機能的には使い捨ての宇宙船と言うべき代物で超高価な兵器。とても食い詰めて海賊に成り下がった連中に手の届くものではない。

 こんなものを運用できる組織とは、


「きゃつら海賊ではあるまい、軍属であろう! 謀りおったかキャサリン!!」


 彼に依頼を提示した企業の受付嬢に恨み言が炸裂する。

 荷の届け先、惑星レーゴンと敵対する何処かの勢力が海賊を装っての通商破壊、ならば奪うべき荷物の安全にこだわる必要はない。

 面倒なく全部破壊してしまえばオールクリア、成程と得心できても事態は全く改善しないのだ。


「レーダーで追えないでチュン、もう終わったでヂューン!?!?」


 青年の巧みな操艦でデブリ帯をすり抜け追尾三隻の攻撃をやり過ごして来た貨物艦、しかし目に見えない高性能ミサイルの攻撃は避けようが無い。

 少女は嘆き、頭を抱えて弱音を吐いた。もはやこれまで、さらば再びに得た自由と生命よと。

 呆気なく悲嘆にくれた少女に向かい、青年は喝破する。


「うろたえるなメスズ! この程度、なんら痛痒にも感じぬわ!」


 利き腕に握る操縦桿、思考制御のトリガーに力込め青年は猛る。怒りと憤りと、僅かに浪費を嘆く経営者が如き本音をない混ぜて。


「レーダーシステム掌握! 『魔王真眼』!!」


 貨物艦のコックピットに不可思議な赤い光が迸る。

 電力にも制御重力にもSSTドライブ破光にもよらない未知なる力、赤い稲妻の如き力が走り抜けた後。

 沈黙したレーダーシステムのモニターに赤い光点が三個灯る。急速に迫るそれが反応をロストした亜空間魚雷であることは明らかで、見えざる姿隠しの技術は効果を失い白日の下に暴かれたのだ。


「す、凄いでチュン!」


 死の運命に囚われ早めに絶望した少女メスズが血色を取り戻す。ただのミサイルに成り下がった飛翔体ならば対処は容易い。避けられない悪夢、危機的状況を一言でイーブンに戻して見せた自らの主に彼女は称賛を惜しまなかった。


「凄いでチュン、フィナル様!」

「フン、当然であろう。この程度は」

「まるでセンリガン製の最新次元レーダーみたいでチュン!」

「言い方」


 ミサイルと逃げる艦の間にデブリを挟む位置に貨物艦を滑り込ませ誤爆を誘う。

 言うは簡単、行うは困難な操艦テクニックを青年フィナルは易々と処理する。一発、二発、三発と宇宙の巨岩群に花火が咲いた。高価な軍用兵器が役立たずのスクラップと堕したのだ。


「見たかメスズ、見たか人類よ。これが」

「高速艇一隻が急速接近! こ、これは特攻でヂュン!!」

「なんだとォ!? 愚かな、愚か者めが!!」


 虎の子の必殺兵器が空振りに終わった故だろう。乗艦ごと自らをミサイルと化す愚行は使命感か上司の圧力によるものか。

 理由はどうあれ迫る危機の種類に変わりない、先の魚雷よりも追尾性能に優れ操艦能力をも備えた『生きた砲弾』が貨物艦に迫る。


「おのれ人間、人類め、こうも次々とやらかしてくれる!」

「距離2000、1400、600──もうダメでヂュンンンン!!」

「バリアシステム掌握! 『魔王剛盾』!!」


 再び艦橋に赤い光が満ちる。謎の光が船の表面を撫であげた後、まるで貨物艦が奮起したように輝きを放ち始める。

 それは艦の表面を覆っていたデブリ避けのフィールドバリアの輝き。

 眩い光源となった貨物艦に特攻をかけた高速艇は大いなる光に阻まれ弾かれ、一切の衝撃を標的に伝えることなく小爆発を繰り返しスピンアウトしていった。

 衝突するデブリの破片、小さな岩屑から船を守る程度の能力しかないバリアが有り得ない出力を発揮し、大質量の追突を身じろがず退けたのだ。


「す、凄い、凄いでチュン、フィナル様!」

「所詮は身の程知らずの猪よ、たかだか特攻で」

「重装甲艦のハードバリア並の硬さだったでチュン!」

「言い方ァ……」


 敵艦は数を二隻に減らし、追走劇は終わりに向かっていた。

 しかしそれは逃げ切りを意味するよりも、


「フィナル様、そろそろデブリ帯を抜けてしまうでチュン!」

「おのれ、しつこい人間どもめ! 不屈の闘志は今なお変わらぬと申すか!!」


 無限に広い大宇宙、その大半は何もない空間である。

 障害物も何もない、視界を遮る物体の無い、平面立体を問わない空白の世界だ。

 真っすぐ加速できないデブリ帯でどうにか距離を詰められない操艦の出来た状況が終われば、単純な性能に上回るだろう軍用高速艇に勝つ術はない。

 一方的に撃たれ続けてジエンドが待っている。


「ヂューン、終わりでヂューン!!」

「囀るなメスズ、緊急ショートワープの準備!」

「重力場とSSTドライブ出力、どっちの原因でも無理でチュン!!」


 実らない打開策、見いだせない現状打破手段を議論し尽くす前にゴールが見えて来た。逃走者と追跡者を隔てる岩々の数が減り、途切れ、やがてゼロになる瞬間がすぐそこに、


「詰んだ、詰んだでヂューン!!!」

「ええい、どこまでも、どこまでも!! SSTドライブ掌握!」


 三度、青年は声を張り上げ最悪を破壊する。

 ──しかし。

 青年の声には威厳と悲嘆、どちらが多く含まれていただろう。


「『魔王転移』!!!」


 獲物追う狩人たちには見えただろうか、彼らの艦のレーダーは眼前の事態を正確に捉えただろうか。

 宙浮く岩陰の守りを通り抜けた先、何もなかった宇宙空間に血の如き赤い沁みが湧き出でて複雑な文様を描き、赤光の魔法陣が形成される様を。


 計器上、何の反応もなかった場所に浮かび上がった不可思議な光の環。

 そこに撃破対象が飛び込んだと思ったのは後の祭り、途端にターゲットの艦影があらゆるセンサーから消失したのを確認し。

 ──あれが転送ゲートだったと推定、理解できた頃には全てが終わっていた。

 ありえざる狼の敗北で。


******


「移動距離おおよそ半光年、追跡艇の反応なし……逃げ切ったでチュン!」

「……当然であろう、たかだか人の身で我が身の影を踏もうなど」

「高速巡洋艦のショートジャンプみたいだってチュン!!」

「……………………メスズ」

「チュン?」


 かかる命の危機三連発を脱した喜びに浸る少女は気付かなかった。

 自らの主が放った声のトーンがどんどん変化していた事実に。

 主の手が、指が力強く自分の頭を鷲掴みにするまで。


「ヂュン!?」

「貴様、貴様、いちいち逐一我が身の秘術を人類の技術と比較しよって!」

「ヂュヂュン!?」


 フィナルの声と握力が発する鳥頭を締め付ける音のハーモニーが少女の安堵を破壊していく。新たなる危機が身近に発生していた事実に今更気付く。


「鳥頭の眷属が皮肉を言えるほどに成長したことは実に喜ばしい、誇らしいが!」

「フィ、フィナル様!?」

「言い方に気を付けよと何度か忠告はしたはずであるな、メスズゥ」

「フィナル様!?!?」

「悪かったな、不甲斐なくて悪かったな、我が身の秘術が人間どもの科学程度の力で失望させて申し訳ないなァ!」


 ギリギリと絞まる指の圧と耳叩くドスの利いた声、どちらが脅威だったのか。

 果たしてメスズは振り返る余裕もなくチュンチュンと軽やかに鳴いた。


「フィナル様、ギブ、ギブ、フィナル様!!」

「おのれ人類、おのれ科学! 我が身の領域に辿り着くとは、おのれェェェ!!」

「ギブギブ魔王様ァー!!!」


 魔王フィナルジェンド。

 かつてムートランティスの大地を震撼させた偉大なる魔王は。

 自らが宣言したように復活を果たしていた。


 宇宙の片隅で、ひっそりと。

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