高度に発達した科学は、魔王と区別がつかない
真尋 真浜
むかしむかしむかし
遥かなるムートランティスの大地にて。
人々が語り継ぐ勇者と魔王の最終決戦が行われていた。
光と闇の激突、勇者の持つ聖剣アムズアゼアリアと魔王の膨大なる魔力が鎬を削り、互いを侵蝕せんと余波が地形すら歪める程に他を圧する。
均衡が天を割り大地を引き裂く天秤の拮抗が片方に傾く。
勇者が吠えたのだ。
「聖剣よ、輝きを! 魔王を斬り裂く最後の輝きを!!」
「ば、バカな!? 女神の力を得たとて所詮は人の身、脆弱なる存在が我が身の魔力を凌駕するというのか──グワアアア!!」
ひときわ輝く勇者の剣は天を衝き地を支える光の柱の如く、最強最後の一撃にて魔王を包む漆黒を粉砕した。
光と闇はそれぞれ塵と化して消滅、ここに最終決戦は決着を見る。
人間は両脚で大地に立ち、魔族は膝を屈している──勇者が勝利を収めたのだ。
「まさか、まさかよ。我が身に膝をつかせるとは見事だ人間、見事だ勇者よ」
両者に余力なく、魔王は倒れずとも身を刻んだ聖剣の霊力が全身に及び身動きもままならない。
唯一自由にある口を開いて、
「──だがそこまでだな」
ニヤリと笑う。共に戦う力は無いが、己にこそ有利があると告げるために。
「我が身の守りを破る見事な一撃であった、しかし貴様はそれだけに聖剣を使い潰した。我が身は見たぞ、聖剣が光の粒となって霧散する様を!」
魔王の指摘に誤りはない。
勇者の手は空、人類守護のために女神が己の両腕を触媒に創り出したとされる聖剣は既に無い。堅固にして絶対なる魔王の守りを斬り裂くために喪われ、人類最強の武器は消滅したのだ。
「我が身は不死不滅。摂理を覆す女神の力が喪われた今、我が身を滅ぼすことは不可能となった、最後の手を誤ったな勇者よ!」
哄笑が風のように響く。
勇者と魔王、お互い以外の何物も存在しない空間に重く静かにこだまする。もはや打つ手なく、魔王を打ち倒すことは叶っても完全なる勝利を逃したのだとの現実を突きつける。
「我が身は程なく力を取り戻す、再び眷属を率いて世に君臨すると知るがいい!」
「……ああ、だからか」
魔王の嘲りを勇者は頷いて受け止める。
そして激することもなく、反論に感情を剥き出すことなく背負い袋を開いた。
「だから女神アゼアリアは俺にこれを託したのか」
勇者が取り出したのは不思議な光沢を放つ、握りこぶし程度の小瓶。それを見た途端に魔王が目を見開き、余裕を漂わせた口調が驚きと怒りに染まった。
「ふ、封神器だとォ!? 女神め、女神め、どこまで我が身を憎むのか、そこまで魔族を憎悪したのか!!」
ただの小瓶に見えるそれから立ち上るのは神気の脈動、おそらくは女神が己の心臓を媒体に創り出しただろう封印のアーティファクト。
込められた力の質量で確信する、あれは神でも魔王でも封印するに足る神器と化している! それを理解したからこそ魔王の呻き、魔王の嘆き。
あれに抗う力が己に無いことを認めたからこその絶叫。
「封神器シールアゼアリアよ、封印の力を今ここに!」
「おのれ、おのれ女神よ、人間よ、だが覚えておけ!!」
小瓶の蓋は解かれた途端に光の糸を吐き出し、その全てが魔王の肉体を絡めとる。獲物を捕食するように、憎っくき誰かを縛り付けるように、愛しき相手を束縛するように。
逃れられない封を悟った魔王は遺す。
「封印は我が身を封じるに過ぎん、そして封印は永遠ではない、故に我が身は必ず封印を破りて返り咲く」
魔王は滅んだのに非ず、いずれ再び舞い戻るまでの午睡でしかないのだと。
「いずれ、いずれ、何れ我が身は復活する!! 人間よ、勇者よ、その日を楽しみにつかぬ間の栄華を誇るといいぞ、フハハハ、ハハハハハ!!」
封神器がひときわ輝き、光が収まった後には大地に佇む勇者のみが残される。
手にした封印を見つめる勇者はひとり頷き、魔王の言葉を胸に刻んだ。
あれが嘘だとは、虚勢だとは思えない。やがてムートランティスを震撼させた魔族の王は復活し、再びこの世を人と魔の争う世界へと塗り替えるのだ。
「幾代にも伝え、語り継ぐとするさ。いずれ魔王は復活する、そのための備えが必要なのだと」
封印されし魔王の断末魔、復活を誓った怨嗟の声は勇者により警句として世界に、国々に、人々に伝えられた。
──しかし。
10年経ち、100年が過ぎ。
天変地異によりムートランティスの大地と国家文明、ひとつの世界が滅び去り。
神も魔も文明も失われた後、僅かに生き残った人間が再興に乗り出して幾千幾万幾百万年。
魔法に代わり科学で文明を発展させ、自らの生きる大地を『地球』を名付けた現人類がワープ航法、宇宙船による光よりも早い移動手段を得て太陽系から外宇宙に飛び出した後の世。
いわゆる『宇宙大航海時代』。
魔王のことなんて誰も、だ~れも覚えていなかった。
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