第9話 死の瞬間
爆音が止む。
小石が転がる音が聞こえる。
砂煙の中で呆け顔の私がいた。
全身を見回すと砂だらけで、足首などは完全に埋まるほどだった。
とりあえず肩や頭の払い、ため息を漏らしながら空を見上げる。
「うわ!」
狙いすますかのように石材が頭上に落下してきた。
私は間一髪でそれをかわした。
落ちた石材は鈍い音とともに割れ、四方に飛び散る。
生唾を飲み込み、噴き出した汗が額を濡らす。
「もしかして死ぬとこだった? いやまて、私は元々……」
だが石材は一つだけでは無かった。爆風で持ち上げられた石材が一斉に落下してきたのだ。
身の丈ほどの石材が大地を叩きつける様は、まさに地鳴りのごとくである。
「なんで私がこんな目にぃ!」
私は悲鳴をあげ、その場にしゃがみ込むことしか出来なかった。
どれほどの時が経ったのだろうか。
長い時間に感じたが一瞬の出来事やもしれね。
そんなことを考えながら恐る恐る目蓋を開くと、無残な森の姿が目に入ってきた。
美しかった敷地はえぐられ、大木は傾き、多数の石柱が横倒しとなっていた。
天地が逆になったのかと錯覚するほどの変化がそこに広がっていのである。
私の中で怒りが込み上げていた。
部外者から見れば、ただの古めかしい遺跡に見えるかもしれない。しかし、この地は私にとっては唯一の拠り所だったのだ。
これでは隠れ家どころではない、まったくなんてことをしてくれるのだ。
魔法に対する興味はあるが、これは別だ、身勝手な暴力でしかない。
私は獣人を問いただした。怒りが収まらないのもあったが、事の発端はこの者だと確信しているからだ。
「おいおい獣人! この有様についてどう釈明する! 何もかもめちゃくちゃだぞ!」
「ん? 俺はこの状況をどうやり過ごそうか思案しているが、それ以外に何を考えるというのだ?」
なんともガッカリな回答である。
恐怖も無く、怒るわけでもない。戦いを挑むつもりもない。
それどころか、現状、知ったことでは無いと言うのが獣人様のお考えなのだ。
「思案も何も、あの者は獣人を殺しに来たのであろう」
「そのようだな」
「……」
私は頬を膨らませた。
「えぇっと、とぼけているようなのではっきり言わせてもらうが、これ以上は神殿が持たぬゆえ獣人様にはさっさと出てほしいと言っているのだが」
「わるいが神殿と同化中なのでな」
「解けばよい話しだろうに!」
この者は意識を盗み見している。私の本音など分かっているはずなのだ。なのにあえてこの回答である。
私は頭を抱えた。この獣人が現れてからというもの、ろくなことがないと思えたからだ。
私の場所に相乗りし、馬鹿にし、夢にまで現れ、しまいにはドンパチである。だからといって退ける力も能力もない。
まったく、こんなところまできて妥協とは、なんと哀れな人生か……。
そんな郷愁にふけっているとき、人の者と思われる気配を複数感じとった。
私は驚き、とっさに石柱に身を潜める。
なにやら話声が聞こえる。
何だあの団体様は?
心がどよめくのを感じた。
まだ距離はある。こちらは最上階、気づかれてはいない。見たところただの旅人ではなさそうだが、もしかして兵隊か?
私は一人一人を入念に観察した。各自剣で武装しているが、重々しい装備は無いように見えた。
神殿正面に多数の兵士が整列し、一部は神殿内に消えてゆく。なんとも、獣人一人にこれだけの人数とは大げさではないか?。
私は首を捻って考えていた。
「小娘。あれはランドールの陸戦隊だぞ」
「やっと口を開いたか」
私はため息をつく。
「分かっているか小娘。間違いなく連中はここへ来るぞ、もちろん狩りにな」と不敵な笑いが後につづく。
「獣人こそ分かっているのか? 彼らは獣人の客人であって私の客ではない。出迎える義理もなければ必要もないのだが」と不敵な笑いでやり返す。
「なにやら思案していたようだが、せいぜい狩られぬようにすることだな」
私は親指を立て、心にもないエールを送った。
それ見透かしたように獣人は高々と笑いとばす。さて、私は高みの見物といこう。
全身の砂埃を払いながら元居た部屋に戻った。
供物台に積もった砂を両手で落とし、飛び乗るように台の上に転がった。
妙なものだ。これで獣人がいなくなれば御の字だが、居なくなると思うと不本意な寂しさがこみ上げるのだ。
獣人は一人、相手は多数。勝敗は見えている。
まず生きて帰れまい。いまさら荒れ果てた地をもとには戻せぬが、まあ静かにはなるだろう。今はそれで良しとするか。
私はまぶたを閉じた。
暗闇の中で考えが浮かんでは消え、また浮かびかすれてゆく。そのいくつかは自身で答えを模索してみる。
実は、どうも引っかかる事が一つあるのだ。それは獣人の思案の行方である。
獣人には慌てる様子も絶望の気配も無かった。
当然、生き残ることを考えているだろうし、戦うことも選択枠にあるはずだ。
しかし、勝てる見込みがあるとは思えない。かと言って玉砕する気もないのだろう。こんな辺境にまで来て傷をいやしているのだ。
私は何となく辺りを見回す。
何度も来ている場所だ。隠れるところもなく出口も無いのは知っていた。
彼らは兵士。魔力の残照を追ってここに来て、敵という獣人を捕らえる。いや殺害が目的か。
しかし獣人は神殿と同化しておるしの……。
私は天井を見上げながら、浮んだ疑問を投げかける。
「やつらは獣人の風貌をしっているのか?」
「しらんだろうな」
「ほう……」
そうか、そうか、なんというかいやな予感はしていたが、それってまずいのではないのかな。
私はあらためて疑問を投げかける。
「魔力に満ちたこの部屋で、獣人は同化、私は丸見え。どうひいき目に見ても、お尋ね者は私に見られてしまうのだが、そこはどう考えているのか?」
「まあ、そうなるな」
この者の話が進むにつれ、全身から血の気が引くのを感じていた。
「なんだそれ! とばっちりではないか! 言っとくが私は乙女だぞ。一国の女王だぞ。多数の者を相手に立ち回れと言うのか!」
「剣は得意と言ってなかったか? ひよっこではないと息巻いていたはずだが」
私はギクっとした。
獣人の試案とやらは、逃げることでも戦うことでもなく、やり過ごす事だと悟ったからだ。
私はそのための生贄とされたのである。
「冗談ではない!」
私は存在の消滅を願った。それは決して切り刻まれて殺されるという意味では無いのだ。
どうすればいい、考えろ、考えるのだ。
自分の剣を握りしめながら辺りを見回す。獣人との意識共有の影響か、彼らランドールの者達の意識がかすかに感じ取れていた。
どいつもこいつも殺す気満々で、つい出たのが苦笑だった。
私は半泣きで天を仰ぐ。
「ありえないわ……」
だが、無情にも状況は待ってはくれなかった。
多数の物音が聞こえてきたのだ。考える間もなく奴らは壁を一枚隔てたとこまで迫っていたのだ。
心拍数が跳ね上がる。当然だ。
幾人かの兵士が供物台のある部屋に侵入してきたからだ。
私の絶対不可侵領域に、またもや厄介な客人がお邪魔したことになる。
今日はなんて日だ。みんなして私の生活をかき乱そうとする。獣人に始まり、他国のならず者。恥まで晒して、さらに命までかけてられるか!
ぼやいたところで始まらない。とりあえず供物台の裏に潜むが、時間稼ぎにもならないことはわかっていた。
これでは子供のかくれんぼ以下ではないか。
私は口を塞ぎ息を殺す。
気配は3人、足音からしても間違いない、出口は正面の入り口のみ。
戦って退けられるか?
話は通じる相手なのか?
あえて名乗り、親し気に出迎えてみてはどうだ。こんな辺境に乙女の出迎えだ、十分虚を突けると思うが。
しかし、これは相手が善人ならばという話である。
へたをすれば奴らの慰み者だ。あれだけの人数、事が起これば心が持たぬだろう。
おぞましいイメージが私を凍らせる。
嫌なら抗うしかない。だが相手は多数、勝敗は見えている。
まったく、奴らを使って難なく獣人を追い出せるかと思っておったのに、すっかり立場逆転である。
なぜ私が剣をかざして戦わねばならないのだ。訳が分からぬ。
動揺が振り子のように心を揺らし、平衡感覚すら失わせていた。
あせるな。戦闘は必要最小限にとどめ走り抜ける。
最小限度だ。
何度も言い聞かせ剣を見つめた。
落ち着かせるために大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。
「よし、にげるぞ!」
供物台に兵の手が触れたとき、私は飛び出し目の前の兵に体当たりを試みた。
一世一代、命を懸けた賭けの始まりである。
体当たりを受けた兵は足を取られよろめいていた。
兵士の懐に手をのばし、装備している剣をつかみ後ろに抜き捨てた。
そのまま全身をひねり鞘に収めたままの剣で兵の顔を突き上げる。男は情けない悲鳴を上げ地面に転り、足をばたつかせながら両手で顔を覆った。
後方にいた兵二人は突然の出来事に驚く。視線は悲鳴の男に向いていた。
――いける!
私は兵二人との間合いを詰めるため踏み込んだ。
さすがに私に気が付いたようで、兵士の手が剣の柄に触れているのが見えた。
私は抜刀の瞬間をねらって剣先を交差させ打ち上げた。
兵の手を離れた剣は空中を踊り舞う。
ここまでは想定内の展開だった。
しかし三人目の兵はすでに剣を上段に構え、私に猛然と切り込む寸前だった。
振り下ろされた斬撃を右に払い流すが、その衝撃は想像以上にすさまじい。
さらに二撃目は剣でまともに受けてしまい、両手から伝わる剣激に全身が悲鳴をあげた。
手の平から直接骨に伝わる振動は絶望的な気分にさせられ、今にもくじけそうなになる。
剣が手から離れそうになるのを、必死に気力で支えていた。
三撃目が打ち出された時、顔を突き上げられた男が立ち上がるのが見えた。
私の背筋が凍った。
あんな狂気に満ちた視線を向けられたのは初めてだったからだ。
男は私に飛び掛り、もつれながら転がった。気がつくと私は馬乗りとなった男の顔を見上げていた。
私の稚拙な思案がすべて破綻した瞬間だった。
持っていた剣は奪われ、投げ捨てられ、やみくもに手足をばたつかせながら抵抗するのがやっとだった。
馬乗りとなった男は私の横顔を殴りはじめた。二度、三度、そのまま髪を鷲づかみにし、頭を何度も地面にたたきつけた。
「いたい! いたい! やめ……」
その後も言葉にならない悲鳴が神殿内に響いた。
口や鼻から流血し目から涙があふれた。
容赦のない粛清者は三人に増え、殴る蹴るの暴行がさらに続く。
くだらない談笑をしていた、たわいのない時間。
戦うことも、痛めつけられることも、殺されることも無い、平和で暖かかった空間。
突然現れた一方的な恐怖と暴力。
もはや抵抗する体力も気力もない、確実に死へとむかうだけの苦痛を私は感じ続けるしかなかった。
意識が薄れてゆく。
消えゆく意識の中、ゆっくりと剣を振り上げる男の姿が見えた。
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