第8話 天上の戦艦

 人身御供を描いた石板がある。

 不気味な石像が並んでいる。


「夢……」


 額の汗を手で拭う。

 全身の緊張を解くように全身の力を抜く。

 焼かれて飛んで、闇に光、こんな訳の分からぬ夢は初めてだと、それらを思い出しながら辺りを見回した。

 

 ――まだいるな。

 

 私はため息をつく。


「まったく、きな臭い夢を見たものだ。どう考えてもこの獣人様の影響だろう」


 あえて愚痴を言って見せた。

 

 私は普通ではない。自覚もある。しかしながら、この夢はひどすぎるだろう。まさに狂気そのものではないか。

 見た夢に反省や抗議など意味は無いが、あれでは一言いいたくなるというものだ。

 私とて人間だ。きっと深層心理に色々な問題を抱えているのだろう、分かっている。

 だからと言って、なんていうか、もっとこうクールに振る舞えないものなのかね。

 私は眉間に指を押し当てながら理想を口にする。


「おい、小娘。きさまに言いたいことがあるのだが」


 さっそく雑念が割り込む。

 

「私は今、もう一人の自分と重要かつ重大な問題事項について問答している。部外者はひかえてほしいものだな。まったく!」

「いいのか小娘。おれの話を聞かぬと後悔するぞ」

「一国の女王に「おい」と呼んだかと思えば「後悔するぞ!」と脅しとは。なんとも厚かましい獣人か。そうは思わんか、んっっ?」


 一部、挑発的誇張を混ぜて嫌味とした。

 要求は色々ある。言い出したらきりがない。

 すでに領地交渉は失敗に終わり相部屋は確定している。ならばどうする。

 これからは、この者と親睦を深めるべきか?

 

 うーん……。

 

 私は指先に髪を巻き付け、人身御供が描かれた石版を背景に上目使いでポーズをとってみた。

 自分なりに可愛と思えた仕草の一つだ。

 四方にたたずむ不気味な石蔵が私を見下ろしている。

 私はアホらしくなり、指先に巻いた髪を振り払った。

 くだらぬことを考えた自分に腹が立つ。


「マズイものが近づいてきてるぞ小娘」


 またも獣人の言葉が私の思考を遮る。


「今度はなんじゃぁ!」


 私は手足をばたつかせ抗議した。

 もともと一人になりたくて馬に乗り、半日かけ、やっとの思いでたどり着けばこのざまである。

 本来ならば誰も居ないはずのこの場所で、こんな珍客と鉢合せとはとんだ災難というものだろう。って、んん? 今、とんでもないことを獣人が口走ったような……。

 私は飛び起きた。


「まさか三人目が来たと言っているのかぁ!?」


 今度は指で眉間をつまみ、あからさまに唸って見せた。

「あり得ん! あり得ん! あり得んだろう! 獣人のおぬしもそう思うだろう? のう?!」

 どう考えても「ありえない」というのが私の見識だ。なのにどうだ。こんな辺境に次から次へとどこの誰様が何の用があるというのだ? 

 人か獣人かは知らんが、これ以上の入居は御免こうむるというものだ。


「変人は私だけで十分だ! まねするな!」


 怒っているのかヤケクソなのか分からない。

 いやまてよ。まさか王宮の者共が私を連れ戻しに来たのか?

 それはありえない。この場所は誰にも話してはいないからだ。

 脳天をつまみ上げられたような気分が襲う。さらに血の気がなくなり、思わず足元が揺らいだ。


「言っておくが、最悪の事態は想定しておくべきだぞ」


 獣人からの追い打ちが私の背中を刺す。

 

「どういうことだ?」

「まず客人が何者なのか確認することだな」


 私は脇に置いていた剣を掴み、言われるがまま、状況を確認するため走り出した。

 供物代のある部屋を抜け、薄暗い広間を横切り、コラムの並ぶ踊り場から外を見渡す。

 

「うっ」


 突然の逆光に腕をかざしていた。

 暗闇から出たため、視界が回復するのに時間を要したのだ。

 次第に見えてくる森林。それらを囲う山々。

 遠くに見える雲の形が今朝口にしたパンそっくりで私は思わず苦笑する。

 だが、肝心な人影は何処にも見あたらなかった。

 誰もいないぞ、まったく人騒がせな獣人め!

 ひるがえって文句を言おうとした時、巨大な影がゆっくりと森を覆ったのである。

 私は見上げて唖然とした。


「なんだ、あれ……」


 それは空にあった。

 ゆっくりと頭上を横切っていた。

 天すら遮る巨大な何かであった。

 血流ような不気味な音が大気を叩き、大地を揺らし、私の立つ神殿を小刻みに振動させている。


「小娘、あれが何かわかるか」

「わからない……」


 それが素直な感想である。

 自然現象とかそんな物ではない。ただ大きな何か、それだけであった。


「あれはランドールの浮遊戦艦だ」

「はあ……」

「こんな辺境まで投入してくるとな」

「はあ……」

「意外と世界は狭いということか」

「はあ……」


 獣人が何か言っているようだ。

 

「これは、夢ではないのだな……」


 手のひらを確認するように見つめ、再度上空の異物を見上げる。

 それは太陽光に照らされ銀色に輝いていた。

 

 「浮遊戦艦といったな……。まさか、人が作り出したものなのか……」

 

 私は異世界や見知らぬ文化に憧れいる。だが、これは想像の範囲を超えていると思わずにはいられなかった。


「あれは、宙に浮いているのか?」

「吊っているように見えるか小娘」


 分かっている。そんなことは十分わかっている。

 ただ確認することで納得したかったのだ。

 私の中で結論を見出すための時間がほしかったのだ。


「つまり、これこそが奇跡の力というやつなのだろう」


 私は笑いながら後ずさっていた。

 受け入れたくはないが間違いない。火を灯すとか、そんな位の話では無い。

 この力をもってすれば国も秩序も、いや、価値観すらも新生されてしまうのではないのか。

 そう思うと興奮し、同時に恐怖感が全身を襲うのを感じた。

 

 私は何を恐れているというのだ、変革を望んでいたのではないのか。

 

 息苦しさを感じ、気がつくと両手で大地を受け止めていた。


「どした小娘、腰が抜けたか」

「うるさい」


 そんなこと自分自身が問いたいぐらいだ。

 私はこの世界を恨んではいない。消えたいと思ってはいたが、それは自分自身の話だ。

 国に住まう貴族は糞ぞろいだが、この世界そのものは好きなのだ。

 国を覆う森も川も空気も人々の営みも、みな美しいと思っている。

 なのにあれはなんだ。

 あれはそれら全てを否定した存在ではないのか、私にはそんな気がしてならないのだ。


「これが魔法の力ってやつだ」


 獣人は私の自問自答に答えを示した。

 これが魔法の力か……。


「ほんとに奇跡をおこしているのだな。まったく驚きだ、想像がおよばぬな」


 私は落ち着かせるために大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。

 どっこいしょと腰をあげ改めて上空の異物を見つめる。


「たしか戦船だと言ったな、あれは獣人を迎えに来たのか?」

「迎いに来ただと? あれは俺を殺しにきたのだが」

「殺すだと?」

「なぜ小娘は迎いに来たと思ったのだ? ランドールが敵国の兵を客人として迎え入れるとでも考えたのか?」

「自己流による希望的観測というやつだ」

「希望が行き過ぎて破たんしているぞ」


 私は笑っていた。すっかり見透かされていたからだ。

 確かに迎えなどありえない。そうあれば一石二鳥だと思っただけである。

 いや、願ったが正しいか。

 私は気持ち的にも落ち着いてきたのか、色々と考えを巡らすようになっていた。

 こんな無茶苦茶なものを造り上げる力。

 魔法を操る力。

 それら基礎を築いた人間の英知。

 不安と同時に興奮する何かを感じていた。

 いつしか人の英知の果てにあるものを、もっと見てみたいと思っていた。

 我らの考えが及ばぬ、そう、見たこともない様々な創造が世界にはあるはずなのだ。

 そんな事を勝手に考え、人の来るべき未来像を思い描くと妙に楽しい気分となった。

 だが、これも身勝手な自己観測でしかない。

 私は手を組み、未来ではなく今のことを考えることにした。

 獣人はランドールの戦船と言っている。ならばあれは他国の軍隊ということだ。 

 ラサムは辺境の小国といえど自治権を有する国である。基本的な外交もなく軍を進めるなどありえない。ならば、これらを棚上げするほどの事態なのだと考えるべきだ。

 私の疑問は神殿に同化している獣人へと行き着く。


「奴らは獣人を殺しに来たと言ったな」

「いかにも」

「兵一人を殺すために、一国の軍隊が辺境にあんなものを送り込んだというのか? 隠れ潜んでいたのになぜ居所が分かったのだ?」

「俺から湧き出す魔力の残照をたどって来たのだろうな」

「獣人、おぬしいったい何者なのだ?」

「俺はただの獣人だが」

「ただの獣人風情に一国の軍隊が暴走したとでも?」


 間を置かず豪快な笑い声が神殿内に響いた。

 私には理解できぬ神経である。

 頭上それは、旋回しながら船首を向け、さらに高度を下げながら神殿に接近していた。


「位置を特定されたぞ小娘」

「ほう……」


 だから何だというのだ、意味が分からない。

 これからの事など、私にとって知ったことではないのだ。

 彼らが辺境の小国など眼中にないのだというのなら、それは私とて同じである。

 これは獣人の戦であって私には関係がない。まったく勝手にやってくれだ。

 私はそう思いながら肩をすくませ、これでよいのだと何度もうなずいて見せた。

 だが、そんな楽観的な私の行く手を、突然具現した閃光が阻んだのだ。

 

 ――眩いばかりに輝く赤色の光。

 

 かざした腕の隙間からは、風や炎を模ったような光の図形が見え隠れしていた。

 もしも異世界に咲く花があるのなら、こんな形なのかもしれない。

 

 「美しいな……」

 

 それは何も知らない者が放つ無垢な感想だった。

 私は光に照らされながら両手を伸ばしていた。一瞬にして魅了されていたのだ。

 

「これも陣なのか? 獣人の見せたスペルとちがって、これは、そう、スペルというよりは絵にみえるが……」


 しばらくして光は豪雨のような音を響かせた。同時に完成したと思われる図形が小刻みに震え膨張を始める。


「まずいぞ小娘! すぐにその場を離れろ!」

「え?」


 具現化された陣は容赦なく牙を剥いた。

 太陽光すら霞む強い光が視界を遮った。

 その瞬間である。天地を裂くような爆音が音を遮り、大地を大きく揺らした。

 大木が傾き地表をえぐる。無数の岩が空へ舞い上がる。

 私は驚き、よろめきながら尻もちをついた。

 言葉にならない声をあげながら這うようにその場から逃げた。

 粉塵が広がり、石柱や石象が倒れ、吹き上げた土砂は神殿の最上階にいる私が見上げるほどの高さに達していた。

 音と同時に膨張した空気が神殿内に吹き荒れる。

 私は剣を抱きかかえ、コラムに必死にしがみつくことしかできなかった。

 さらに光が具現し神殿を照らす。

 森が、大地が、壊れていく。すべてものが壊されていく。

 信じられない。

 なぜこんなことになってしまうのだ。


「私は普通をたしなみたいだけの乙女だぞ!」


 渾身の叫びは爆音に掻き消され、身体が激しく揺さぶられた。

 突きつけられた現実に、私はあまりにも無力だったのだ。

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