第6話 箱庭の外側に

「世の理を塗り替えた出来事と獣人は言ったな」


 私は疑問を口にしていた。

 重々しい空気が満ちる。

 私が求めているものは、まだ知らない文化や異世界の空気である。

 それらに救いがあるとは思ってはいない、どちらかと言えば危険に満ちているのだろう。

 閉塞した世界、息苦しい空気、私は実際、飽き飽きしているのだ。

 あるのは見知らぬ世界への興味と憧れ、突き動かすほどの欲求すら感じている。

 世界の理、面白いじゃないか。それが善だろうが悪だろうがどうでもいい、私はただ世界を知りたいのだ。


「ならば問う。今見た魔法、小娘に扱えるか?」


 唐突な獣人からの質問だった。答える必要のない質問だと私は思った。

 使えるなら使ってみたいが私は人間である。

 実際、魔法を見たのも今回が初めてなのだ。


「無理だと考えるのは当然だ。だが、もし使えたならば?」


 獣人が何を言っているのか分からなかった。

 まさか人間が魔法を使ったと言っているのか。いやありえないだろう、それはもう人間では無い。人でなければ何だ、神だと言わせたいのか。それこそありえない話だ。

 私は笑いながらつぶやいていた。薄ら笑いに近い。


「獣人は見たのか? 人がその、魔法の詠唱? と言うのかは知らんが、奇跡の力を具現するところを……」

「ランドールの中心地で魔力の発生を感じ取ってな、何かの間違いだとも考えたが、発生した魔力が消滅することは無かった。実際に目にしたのはそれから数年後だがな」


 覆る常識についていけてないのか、私の指先が震えていた。

 正直、ここまでの話を聞いてもまだ信じられないでいたのだ。


「人間が魔法を使ったのは事実だ。我らが使う魔法とは違う別の何か、何らかの方法で魔力を精製し発動したと考えている」

「ならばその、何らかの方法とやらが分かれば私にも可能というこなのか?」

「いかにも」


 行き場ない思いが、あふれ出るような気がした。

 私に、いや、人間に魔法などと考えた事などない、無いことがあたりまえだったからだ。

 

 ――もし人間が魔法を扱えたなら。

 

 それは素晴らしい、素晴らしい事じゃないか。もし事実なら画期的であるし、世界の理が変わるどころではない、人間革命そのものであろう。

 方法さえわかれば、私にも魔法詠唱が可能となるのだ。

 飛躍した考えだと思うが理屈は間違っていない。

 私は目を閉じた。

 もし魔法があれば私はどうなる。どう変わるというのか。

 使えたとして何に使うのだ。力を見せつけ誰かを恫喝すのか。私は、私以外の何者にもなれないことを知っている。魔法があったとして、結局は何も成さないままで終わるのはずだ……。

 今しがたこの場で醜態をさらしていた自分を思い出していた。

 皮肉めいた声で自分を笑った。

 期待と高望みの果てにある落胆を笑った。魔法など所詮おとぎ話でしかないのだ。

 私は目蓋を開いた。

 人間革命とは言ったが、それは私自身の革命ではない。つまらない答えを出したと我ながら苦笑する。

 だが、話通りならば引っかかる点が一つあった。

 直感ではあるが、光には必ず影があると思うのだ。

 魔法があるとして、その因果は人間に何らかの形で影響を及ぼすに違いない。魔法は確かに画期的で素晴らしい力だが、何の代償もなく不変な社会でいられるものなのだろうか。

 わたし個人は何も変わるとこはないと、答えを出した。

 だが、これが社会や国家レベルで考えた時、人はどのような行動をしてしまうのだろう……。

 抱く疑念を振り払いたいと考えても、私のなかである確信が沸きおこっていた。


「戦の相手とはランドールの事か?」

 獣人は肯定した。

「なぜだ? なぜ人間と獣人が戦になるのだ? 人間は奇跡の力を手に入れた。ならば生活は大きくかわったはずだ。環境も変わり、光の恵みを昼夜を問わず受ける。極寒も炎がしのいだはずだ」

「革新的変化があれば状況もかわっていくものだ、原始生活とは違うからな」


 落胆が私を突き上げる。

 思いが怒りへ変わっていくのがわかった。


「分かっているのか、ありえないだろう殺し合いだぞ! 戦などせずとも栄耀栄華を極めたはずだ!」

「栄耀栄華のために戦になるのだ」


 私は言葉をつまらせた。理解を超えた答えだったからだ。 

 戦の事はよく分からない、そういうものなのか?

 もしラサムに魔法があれば、国民は豹変し周辺国を戦火に巻き込むというのか。

 私は首を振った。

 ありえない話である、我らはそれほど愚かではない。


「愚かではないか、それはそれで結構なことだ」

 獣人の返答が皮肉ともとれたが、私は気にせずうなずいた。

「あぁ、結構なことだ」

 私も続くようにつぶやく。


 まったく萎える話である。

 国境を越え、大陸を跨ぎ、思い膨らんだ異世界の話が戦で終わるとは。

 間違いだと思いたいが、獣人は嘘を言ってはいない。

 荒波は世界へと広がり、望むと望まざるとに関わらず、事態は進行しているということなのだ。

 こればかりは考えたところで答えの出るものではない。まあ、先の話であっても今ではないのは確かだ、とりあえず戦については後回しでよいだろう。楽観的になるのも時には良しだ。

 私は思いっきり背伸をし、両手で頭を抱え供物台に寝そべった。


「ところで敗残兵の獣人は、こんな辺境まで来て隠れ潜んでいる訳だが、帰宅はいつの予定なのだ? 参考までに聞いておきたいのだが」

「帰宅? 帰国という意味か? ならば国はすでに存在はしないからな。傷をいやし、その後は未定だ」


 あらら、この獣人。しばらく居座る気でいるようだ。

 予想していたとはいえため息がもれる。


「そこまで逃げ隠れしなくてはならないものなのか?」

「安全な場所は無い」


 追われ隠れ潜む者は答え。

 逃げて隠れ潜む者は聞き流した。

 この場は隠者にとって最高の場所なのだろう。

 とはいえ、こんな辺境まで来て相部屋とは泣けてくるではないか。

 私にとって唯一の居場所であり隠れ家であったが、結局のところ所有権をこの珍客に主張し切れなかったのだ。

 たとえ種族が違っても、負の意識は膨らんでいく。

 なぜなのか?

 言葉が通じるからだろうか?

 もし、この獣人がかわいい小動物だったらどうだろう、やはり迷惑がっただろうか。私はぼんやりと考えながら目を閉じた。


 ――あほらしいから考えるのはよそう。

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