第2話 恥を晒して強がって

 私は全裸である。

 なぜこんな重要なことを失念していたのか。

 全身に熱気が走り、あらわとなった胸を手の平で隠した。

 脱ぎ捨てたローブを拾い、上半身を覆った。

 私は天を睨む。

 私は不快な顔をにじませる。単刀直入に言おう。このとき私は恥ずかしかったのだ。なにも考えられぬほど恥ずかしかったのだ。

 一生分の恥をかいたような気分だった。頭の中は真っ白である。

 なのに手足は勝手に動き、見たことの無い素早さで身なりを整えてていることに驚いた。

 胸元を整え、短い裾を引っ張りながらふとももを隠す。

 私は我に返った。

 ゆっくりと足元の細剣を拾い上げ、何もなかったかのように供物台に寄り掛かった。

 無言がしばらく続いた。

 当然である。人生の大失態に言葉がないのだ。

 だんだん腹立たしい思いが支配してきた。自分だけの世界に無断で入り込んだ他人と、思い込みで油断していた自分自身にだ。

 相手に動きは無い。

 そもそも人間という保証も無いが、胸騒ぎだけは止まらないのだ。

 私はこの状況に耐えられず。自ら口火を斬ったのである。

 

「何者だ! 何時からそこにいる!」


 我ながら迫力に掛ける怒気だった。

 辺りには変化はない、私の声だけが反響して消えていく。

 

「神か? いや神などは存在し無い。ならばそれを真似る何かか?」


 問いの答えは返ってこなかった。

 見られているようないやな感触は消えてはいない。

 きっとその奥。

 柱に見えるが違う何か。

 迫り出して見える黒い影のようなもの。

 私は剣の柄を握り鯉口を切ってみせた。

 

「きさま、ここは私の別宅だぞ!」


 これについては嘘八百である。

 こんな遺跡が別宅とは、我ながら誇張するにもほどがあるというものだ。

 まったく奇妙な話である。得体の知れない何かに占有権の主張しているのだ。そんな自分の姿に笑ってしまう。

 多くの命が奪われたであろう供物台の上で、命の主張ではなく居場所の主張をしているのだ。

 だが、ここで引くわけにはいかない。出来るだけ穏便に済ませるためにも必死に思考をめぐらせた。

 

「きさまに言っておくが、ここは私の憩いの場である。さらに癒しの場であり、唯一の居場所でもある。わかったか!」


 ちょっとまて、こんな主張では、だから何だという話である。ここはもっと現実的に。

 

「年頃の乙女が一人で来ているのだ。のぞくだけに飽き足らずイタズラする気ではあるまいな!」


 おいおい、不明な相手を煽ってどうするんだ! 変態だったらまずいだろうって。

 私は慌てたように付け加えた。

 

「私は剣には自信があるぞぉ!」


 人身御供のレリーフに囲まれ、怪しげな像が立ち並ぶ部屋。強姦するにはもってこいの部屋に見えた。

 自暴自棄な気分に酔っていたとはいえ、現実となると話は別である。

 

「さあ、どうする! 私はこう見えても気は短い、返答次第ではケガをすることになるぞ」


 暗がりに指を差し、得意げに剣を見せつけた。

 私はゆっくりと息を吐く。

 序盤での主張は意味不明に終わり、中盤は爆死。咄嗟に付け加えた恫喝に凄みは無く、交渉にすらなっていない。

 まったく点数すらつけられない有様だが、最後の一言『さあ、どうする!』からは、我ながらキマッタと思っていた。

 剣を見せつける所など、もう一度やりたい気分である。

 恥と気負いを相殺するほどではないが、気を持ち直すには十分な効果であると感じていた。

 思わず口元がゆるむ。

 根拠の無い勝どきが気分を盛り上げ、高揚感へと変る。

 

 ――勝ったな。

 

 私が心の中でつぶやいたときそれは始まった。

 地鳴りのような音だった。

 巨大な獣の吐息のような音だった。

 塵が石積の隙間から吹き出し、空気を乱して視界を塞いだ。

 さらに空間全体がざわめきへと変化する。

 私はびっくりして飛び上がった。

 地震か、いやこれはそんなものでは無い、まるでこの神殿そのものが寝返りを打ったような、これはいったい。

 崩落するのではないか? そんな不安にかられたときピーンと耳鳴りが頭の中を駆け巡った。

 それは得体の知れない共鳴音だった。

 耳を塞ぐが収まらない。頭部が吹き飛びそうな頭痛に悲鳴が出そうになった。

 聞きなれね共鳴は言葉という音にかわり神殿内に響き始めた。


「おまえ……面白い娘だな」


 おどおどしい男の声であった。

 さらに付け加えるならば、後にも先にも、この私を面白いなどとぬかしたのは、この者が初めてである。

 私は供物台から飛び降り、剣に触れ周辺を見回した。

 得体の知れない何かを必死に探る。

 気が付くと頭痛は消えていた。痛みが風に吹かれ押し出されたような変な感じだ。

 

「まるで神殿が話しかけたみたいだったが……」


 神殿からの「言葉」の共鳴はまだつづいていた。

 巨大な何かから漏れ出すような言葉は、人で言う笑い声に聞こえなくも無い。


「くっくっくっ、すまぬのぅ。きさまのような年端も行かぬ小娘が、得意とほざくその剣を、意気揚々と素振りしている姿を想像してしまったら、不覚にも吹き上げてしまったわ」


 これはあまりにも想定外な回答だった。

 言葉と変化した共鳴は、私を赤面させ、恥ずかしさで隠れたくなるような一言を浴びせてきたのである。

 

「私を愚弄するか! 言っとくが剣の話はほんとだぞ! ほんとだからな!!」


 狼狽しながら声の主に抗議する。

 剣の腕には自信があった。同年代の中では一番だと自負もしていた。

 たしかに剣をチラつかせ脅しはしたが、笑われる道理はない。

 それとも乙女だから馬鹿にされているのか?

 それはそれで普通に失礼だろう。

 

「きさまァ、ここまで嘲笑するからにはよほどの剣士なのだろうな。言っとくが、私は決して格好だけのひよっこでは無いっグホッ!」


 会話を遮るように、吹きあげるような空気の流れを全身にあびた。

 足元が小刻みに揺れているも分かる。


「小娘よ、俺がどれだけうけているかわかるかね?」

「わかるか!!」


 私の中で恥と怒りがこみあげる。

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