第185話 妖精魔法のストレンジな使い方
春が来て、桜が咲く頃にレーガ、ロゼッタ、ロベルトの三人は三学年に上がった。始業式も終わり、担任の発表も済ませ、それぞれの授業を確認する。魔法学科と剣術学科で教科が違うこともあり、お互いの科目に興味を惹かれていた。
「ねぇ、ロベルト。『魔物実践』って何?」
「実際に魔物退治をしに行くんだって。街の簡単な依頼を各自で受けて、討伐。報酬ももらえるっていうんだから、おいしいよな!」
「やだ、こっちは『魔法応用学』があるじゃない。アガレット先生がいないだけマシだけど……」
「それ、僕も心配。ロゼッタは出来るかもだけど、僕苦手だし」
「レーガって、進級もギリギリだったわよね」
「ロゼッタに勉強見てもらわないと、危なかったよ」
「妖精学以外も勉強しろよ」
ロベルトが笑うと、レーガの表情が曇った。ロゼッタが肘でロベルトをつつくと、ロベルトも慌てた。
「サモン先生、やっぱり森に帰っちゃったのかな」
レーガがぽそりと零すと、ロゼッタとロベルトも、口を結んだ。
サモンは離任式にも始業式にも顔を出さなかった。あれだけの騒動の後だ、あのまま森に帰っていても不思議では無い。実際、エリスは式典でサモンに関する言及を一切しなかった。学園で起きた騒動の説明と、教員がいかに尽力してくれたかを語るだけで、サモンのことはひとつも口にしなかった。
レーガたちが三人でエリスの元に話を聞きに行っても、エリスは眉間に皺を寄せて、「話せることはありません」と何も教えてくれなかった。目の下にはクマを作っていた。きっと、教員や生徒たちに同じようなことを聞かれ続けているのだろう。そう考えると、それ以上の迷惑をかけられなかった。
「でも、離任式で名前は出なかったし」
「出せなかったのかもしれねぇぞ。騒動の原因がストレンジ先生にあるって知ったら、生徒や保護者からの反感を買うかもしれねぇじゃん」
「そうね。ストレンジ先生を守る意図もあるかも。それに、新しい妖精学の先生が紹介されてたでしょ。それが、答えじゃないかしら?」
誰にも知らせず、そっと身を隠せば、仮に居場所を聞き出そうとされても、誰も傷つかなくて済む。サモンなりの気遣いと、エリスの優しさなのだろう。
サモンから必要なことは教わった。それぞれがこれからも使える技術の全てを。それを大事に、それをサモンの思い出として、抱えていかなくては。
「そうだよね。先生から教わったことを活かして、あと一年頑張ろう! 最初の授業は何かな……」
レーガは配られた時間割に目を落とす。三学年最初の授業は、『妖精学Ⅱ』だ。
シラバスには、『一学年、二学年で習ったことの復習と応用』が一学期のカリキュラムとして組まれていた。
さっそく新しい先生との授業だ。サモンの授業が楽しかっただけに、退屈だったら嫌だ。
「三年生は妖精学が必修科目になるのね。レーガ、これ、ストレンジ先生に教わってた私たちが有利じゃない?」
「そうだね。新しい先生を驚かせちゃおう!」
気が重い、なんて言えない。サモン先生じゃないと嫌だ、なんて。こんなわがまま、言っていいはずがない。でも、あの時の戦いで、自分がいなくなることを仄めかしていた。だから精霊魔法を教えてくれたんだ。それを無駄にしちゃいけない。
ロベルトと別れ、ロゼッタと一緒に授業に向かう。
足が、いつもより重く感じた。
***
「最初の授業で外に出ろって、どういうことよ」
ロゼッタがむくれながら森へと歩いていく。
レーガたちが教室に入るなり、黒板には『東の森の前に集合』と書かれていた。
教師が姿も見せず、引率もせず、指示だけ出すなんて。
(まるでサモン先生だ)
いいや、サモンはいない。レーガは首を大きく振って、気持ちを切り替える。
靴を履き替え、外に出ると春らしい強い風が吹いた。まだ肌寒い風に鳥肌が立つ。透き通った空が、心をどこかへ持ち去ろうとするくらい綺麗で、余計にサモンを思い出して辛かった。
体を縮こませて森に向かうが、始業の鐘がなっても担当教師は現れなかった。ロゼッタが寒さで段々と苛立ってくる。レーガは魔法で体を温めて教師を待った。
「いつまで待たせんのよ。もう五分も経つわ」
「きっと来たばかりで場所を覚えてないんだよ。もうちょっとしたら来るよ」
「う~~っ! 寒い! レーガその魔法かけて。後で教えて」
「いいよ。ちょっと待ってね」
レーガが保温魔法を施したところで、ようやく森から人影が見えた。新しい先生は、もう既に来ていたのか。今日の授業の下準備をしていたのだろう。
森の奥に見える人影は、何やら文句をダダ漏れに歩いてくる。
「全く、最悪だよ。学園の隠蔽に、防衛魔法までかけて、学園のセキュリティ強化までやらされるなんて」
聞き慣れた声が、レーガの心に染み渡っていく。一部の生徒がざわつき始めた。
「学園長は優しくてらっしゃるよ、本当。契約の延長に追加事項まで盛り込んで、それを半ば強制的に契約させるんだから。拒否しなかった私も私だけれど」
ロゼッタも気づいた。「まさか」なんて口を開けて、近づいてくる人物を待つ。
「あー、えーっとぉ、三年生。最悪の授業が必修になってご愁傷さま。去年まで選択科目とって無かった生徒は、悲惨な成績になるから覚悟するように。まぁ、アンタらが成績悪くても、私は何も困らないんだけどさ」
森から現れた彼は、誰もが知る人物だった。
桃色の瞳に、羊飼いのような服装。その辺の枝を折りとったような杖を持って、腰にはピカピカのゴブレットを提げている。
「『妖精学Ⅱ』を担当するサモン・ストレンジだよ。二年生まででやるような妖精魔法は教えないから、覚えておきなさい。その代わり、とても実践的で、実に便利な使い方を教えよう」
長かった襟足をバッサリと切って、サモンは生徒たちに向き合った。相変わらず気だるげで、やる気は無さそうだ。けれど、以前とは違った雰囲気がある。
レーガはサモンの復帰を泣くほど喜んだ。ロゼッタも、呆れ笑いをこぼす。
「後でロベルトにも教えてあげましょ。きっと目がこぼれるくらい見開いて驚くわ」
「うん……うん!」
レーガとロゼッタに気がついたサモンは、二人に微笑んで手を振った。二人は手を振り返す。
精霊を納得させ、学園に危険が迫らないように手配した。もちろん、自分の力も出し惜しみはしない。あと一年、教員として働けるように、全ての準備を整えた。おかげで、離任式やら始業式やらには出損ねた。
でも、後悔はしていない。迷惑ばかりかけてきた生徒を、困らせてやったのだから。
「さぁ、授業を始めよう。最初の授業だ。今日くらいは遊んでやろうかねぇ」
サモンは杖を振り上げた。本当は要らないが、魔力量の調整はまだ上手くできない。それを補助するための力を、ヨクヤとイチヨウに分けてもらった。
風が強く吹き上がり、サモンの体を浮かせる。それと同時に、生徒たちの体も浮かせて、森の中に連れ出した。
「君たちに教えよう。妖精魔法の
人間嫌いな魔法使いはもう居ない。今日から授業をするのは──……
……──人間好きの精霊だ。
妖精魔法のストレンジな使い方 家宇治 克 @mamiya-Katsumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます