第6話 憧れ王子は毒舌家
甲子園の為、ろくでもない男と取引してしまった、咲良率いる青学野球部。何はともあれ大会に出場できるメンツは揃った。咲良は翌日、朝練を終えて教室に向かう。まだ早い時間帯だったが、手塚君は既に登校して本を読んでいた。咲良は一刻も早く手塚君に野球部のメンバーを自分の手腕で揃えた事を、報告したくて堪らなかった。喜んでくれるかな?手塚の席にソロリソロリと近づくが手塚は本から顔も上げない。
「あの・・・・手塚君。」
「なに?」
やはり、本から顔も上げない。咲良は手塚の顔色を窺いながら言った。
「あの・・・・・、部員が揃いました。皆、一騎当千の猛者揃いです。期待して下さい。」
手塚は本から顔を上げて咲良を見る。そして言った。
「それは良かった。期待してるよ。」
それを聞いた咲良は逝った。心を打ち抜かれ、天にも昇りそうな心地だった。
「はい。はい。しっかり練習させて待っています。有難う御座います。」
咲良は手塚の方に顔を向けたまま、後ずさりして教室を出た。走って女子トイレに駆け込み、個室の中で何度もガッツポーズ。手塚君に良い報告が出来、喜んでもらえた事が嬉しくてならなかった。やるぞ。甲子園だ!!!!
ところが、3日経っても、4日経っても、手塚は野球部に入部届を出さなかった。皆は咲良から手塚の凄さを刷り込まれていたので、練習に参加するのを今か今かと待っていたのだが・・・・。夏の大会までの準備期間も僅かだ。痺れを切らし、咲良は手塚の元に向かった。手塚はいつも教室で本を読んでいる。
「あの・・・・、手塚君。ちょっといい?」
咲良の問いかけに本から顔を上げる手塚。
「あの、部活の入部届を頂きたいなあ。なんて・・・・・。」
手塚は机の脇に掛けてあるリュックから、紙を取り出し、咲良に手渡した。咲良が紙を確認すると、部活の入部届であった。やった!遂に手塚君が青学の野球部に入ってくる!
「はい。はい。確かに受け取りました。今日の放課後から活動するという事で良いでしょうか?」
手塚はぶっきらぼうに言った。
「分かった。宜しく。」
「それじゃあ、放課後に。待ってます。」
咲良は教室を後にすると、走って職員室のさしこ先生の元へ向かう。途中、体育の先生に廊下を走るなと怒鳴られたものの、そんな事はへっちゃらである。職員室のドアを急いでノックし、ドアを開ける。咲良はさしこ先生を見つけると大きな声を出した。
「先生。手塚君が今日から練習に参加してくれるそうです。」
「本当!遂にメンバーが揃ったわね。」
さしこ先生も大きな声で応じたものの、周りの教員たちの視線を感じ、声のトーンを落とした。小声で咲良に話し掛ける。
「入部届は?貰った?」
「はい。ここに。」
咲良は手塚から託された入部届をさしこに手渡した。それを見たさしこの高揚した声のトーンが変わる。
「これ、どういうこと?」
困惑したさしこ先生が咲良に入部届を見せた。咲良はよく確認していなかったのだが、入部届は野球部への入部届では無く、読書部への入部届だった・・・・・・・。
一体、どういう事なのだろう?咲良は困惑した面持ちで教室に引き返した。手塚はまだ本を読んでいる。意を決して咲良は話し掛けた。
「あの・・・・、手塚君。ちょっと、良いでしょうか?」
手塚はチラリと咲良の事を見たものの、すぐに視線を本に戻した。
「あのですね・・・・・、この、入部届なんですが・・・・・・、読書部への入部届になっているんですが・・・・・。」
「今日から宜しく。」
手塚は愛想なく答える。
「いや、そうじゃなくて・・・・・、入る部活を間違えてらっしゃるんじゃないかと・・・・・。」
「と、いうと?」
「・・・・・・・・・・・・。あの、野球部に入るんじゃないのかな?・・・・なんて・・・・?」
「俺は野球には興味が無いし、今まで経験が無い。」
「え・・・・・・・・?」
手塚が何故、こんな嘘を付くのか咲良には分からない。リトルリーグで世界大会にも出る程なのに・・・・・・。
「でも・・・・、リトルリーグで世界大会に・・・・・・・。」
それを聞いた手塚は咲良に対して警戒感を露わにした。
「君は誰だ?何者だ?」
手塚に問い詰められて咲良はしどろもどろになりながら、何とか説明しようとする。
「あの・・・・、私、小学生の頃、実は大阪に住んでいて・・・・・その時に手塚君の事を・・・・・、見ていて・・・・・・。知ってるの。」
手塚は不愉快そうに本を閉じた。咲良はその本のタイトルを咄嗟に目にした?????。手塚君、なんでこんな本を読んでるの??。もしかして・・・・・?
咲良の目線が本のタイトルに釘付けになっているのに気が付いて、手塚は意図的に本を引っくり返した。
「君はストーカーか?俺がどこの部活に入ろうが俺の勝手だ。何故、指図されなければならないんだ?」
「そんな・・・・・、指図なんて・・・・・、そんなつもりは・・・・・・。前に話した時は、手塚君、野球部に入ってくれるって・・・。」
「何を言ってる?」
「私に言ってくれたよね。部員集め頑張れって。保健室で・・・。」
「君が部員が足りないから集めるって言ったのは憶えている。確かに「頑張って」と、言ったが、野球部に入ると言った覚えは無いし、そもそも君は自分が野球部のマネージャーだって事も話さなかった。」
「話しました。」
「話してない。」
えーっ?どうだっただろうか?咲良は保健室での会話は嬉しすぎてよく覚えている。家でその時の記憶を反芻して何度も逝っているのだから・・・・。もう一度、瞬時に脳内のコンピューターをフル稼働して会話を思い返してみると・・・・・・。
あっ!確かに自分が野球部のマネージャーだとは言ってないわ。手塚君が野球部に入るの前提で話を進めていたからだ。それで話が通じているモノだと咲良は思っていたのだ!
「そういえば・・・・。そうですね。話してませんでした。」
咲良は素直に自分の誤りを認めた。手塚は机の脇のフックに掛けてあったリュックと本を手に取ると咲良を無視して、教室を出て行こうとした。咲良は慌てて声を掛ける。
「それじゃあ、改めて話します。私は野球部のマネージャーをやっています。部員も揃いました。手塚君の力を貸して下さい。絶対、手塚君を甲子園に連れて行きます。」
手塚は冷ややかに言った。
「何を言っている?野球部創設以降、地区大会で一回戦を突破した事が一度も無い弱小校が甲子園?妄言だ。」
「やっぱり野球の事、好きなんだね。」
「・・・・・・・?」
「だって野球に興味が無いなんて言って、うちの野球部が今まで大会で一回戦を突破した事が無いって知ってるじゃない。転校してきたばかりなのに。興味が有るから調べたんでしょ。」
「・・・・・・・。」
「確かに青学は弱小校です。でも人材は揃ってるんです。一度練習を見に来てから判断して下さい。」
「見なくても分かる。」
「どうして分かるんですか?」
「才能に秀でた人間が、甲子園に行けるような人間はこんな高校に来ない。」
「みんな、野球の事が好きです。」
「それは野球の才能とは無関係だ。」
「無関係じゃありません。野球を好きという事が他の身体的能力にも勝る何よりの才能です。」
「・・・・・詭弁だな。」
全てにおいて冷徹な口調の手塚に咲良はムキになって反論する。
「詭弁じゃありません。私は証明します。」
「どうやって。」
「野球部に入ってください。手塚君を必ず甲子園に連れて行って見せます。」
「断る。」
手塚は咲良の願いを一蹴すると、教室を出て行こうとした。咲良は手塚の行く手に回り込んで立ち塞がった。
「なんの真似だ。」
「・・・・・・・・・・・。」
どうしよう。何て言ったら良いの?咲良は言葉に詰まった。その時、咲良の目に掲示板に貼りだされているポスターが偶然目に留まった。これだ!咲良は閃いた。ポスターを指差し、手塚に示す。
「これで勝負しましょう。」
手塚は訝しげにポスターを見た。それは校内球技大会の告知ポスターだった。青学では新入生が入る4月に部活動対抗の野球大会を行うのだ。
「これで野球部と読書部で野球対決をするのはどうですか?野球部のメンバーを才能が無いみたいに言うんだったら、読書部でも野球部に勝てる筈ですよね。手塚君の理論の正しさを証明して下さい。」
手塚は冷たく言った。
「何の為にそんな事を証明する必要があるんだ?君一人で思う存分やってくれ。」
咲良は必死に食い下がった。
「逃げるんですか?リトルリーグで世界を制覇した人が、3流の野球部相手に。」
手塚の表情がピクリと変化したのを咲良は見逃さなかった。
「もし、野球部が読書部に負けることが有ったら、私たちには才能が無いと認めて、もう甲子園に行きたいとは言いません。でも、私たちが手塚君に勝ったら、見どころが少しは有ると認めて野球部に入って下さい。」
「そんな勝負をする事に意味は無い。」
「どうしてですか?」
「君らには利のある勝負だが、俺には何の利も無い。そんな勝負を何故、しなければならない?」
「私らに勝てば、読書部にも利があります。」
「どんな?」
「球技大会の種目が正式に野球になってから、野球部がずっと優勝してるんです。今年も優勝します。もし読書部が野球部に勝ったら、読書部が優勝するでしょう。そうなれば、優勝特典として部費が生徒会から2倍支給されるんです。魅力的じゃないですか?」
「・・・・・・・・・。」
「その他にも特典があります。」
「・・・・・・・・・。」
「もし、手塚君の読書部が野球部に勝ったら・・・・・・・。」
咲良は笑みを抑えきれずニヤニヤにやけて言った。
「私が手塚君と付き合ってもいいかなって・・・・・。」
「それはいらん。」
手塚は咲良の邪まな申し出を一顧だにせず、一蹴したのであった。
「えっ・・・・・・、そうですか・・・・・・・。」
シュンとする咲良。勢いに任せてとんでもない事を言ってしまった。がっつきすぎたなあと猛省。そんな咲良に手塚は冷たい視線を送る。居たたまれなくなった咲良は手塚と向かい合ってるのが何とも気恥ずかしい。
「読書部になら勝てると思っているのか?」
「えっ・・・・・・。あ、はい。」
「断言する。こんな高校の野球部に所属する妄想癖の中二病のクズは読書部にすら勝てない。」
妄想癖の中二病のクズ。何たる言いようだろうか。野球部の皆の顔が咲良の脳裏に浮かんだ。
「勝てます。馬鹿にしないで下さい。それは手塚君は才能あるかもしれないけど、それにしても言い方が余りにも酷いです。撤回して下さい。」
咲良は半泣きになって手塚に抗議したが、手塚は意に介さない。
「別に酷くはないだろう。事実をありのままに述べただけだ。高校生活でいずれ思い知らされる事だ。マネージャーならちゃんと現実を認識させてやるのも仕事だろう。」
「私たちの様なクズは夢を見てはいけないんですか?確かに手塚君から見たら荒唐無稽な話かもしれないけど、別に甲子園を目指したっていいじゃないですか。私はどうせ無理だからとか不可能だからって言って夢を諦める人生は送りたくない。挑戦したい。それで駄目でも後悔しない。一度きりの人生だから。」
咲良は自分の考えを手塚に思いっきりぶつけた。手塚は険しい顔付きで咲良の顔を見つめる。咲良には手塚が怒っている様に見えた。やばい!これはやっちまったんじゃないか!手塚君は真剣に怒っているようだ。自分はそんなに怒らす事を言ってしまっただろうか?実際には10秒ぐらいの沈黙だったが、咲良には10分に感じられた。どうしよう。とりあえず謝ろう。
「あの、手塚君。生意気言って済みません。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あの、・・・・・・・・・。」
「分かった。」
手塚が沈黙のループから唐突に口を開いた。
「そこまで言うのなら、球技大会で勝負しよう。」
「えっ、ほんとうですか?」
「ああ。」
「野球部が勝ったら、入部して頂けますか?」
「野球部に負けることはありえない。」
「でも、もし勝ったら入部して下さい。」
「負けることはありえない。絶対に。」
「負けることは無いと考えるのなら、約束してくれても良いじゃないですか。」
「・・・・・・・・、分かった。負けたら入部する。その代わり野球部が負けたら、もう俺に付きまとうのは止めろ。」
手塚はそれだけ吐き捨てると、教室を後にする。咲良は食い下がった。
「もし、読書部が野球部と当たる前に負けたら、手塚君の負けという事で良い?」
手塚は振り返る事も無く、右手を振った。これは了解の合図だろう。咲良は手塚を見送った後、急いで掲示板の球技大会トーナメント表を確認した。自分の記憶が確かなモノか確認する為に。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。やっぱり記憶どおりだ。これならいける。ブラック咲良はフフフと含み笑いを漏らした。
野球の王子様 船橋 千代呼 @mai-kuraki
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