第5話 留学生 ワン・ヂーミン
その時、咲良の視界に何者かが部室に飛び込んで来るのが見えた。その人は咲良の足元にしゃがみ込んでパンティを脱がそうとする桃太郎を蹴り飛ばした。吹っ飛ぶ桃太郎。
「大丈夫ですか?」
乱入者は咲良に語りかけた。そして吹っ飛んだ桃太郎の前に立ちはだかった。
「何やってんダ。あなたは。」
男は上背のあるイケメンだった。言葉に妙なイントネーションがある。うちの高校の留学生だろうか?お陰でこの変態野郎に性器を見られず済んだ。咲良は礼を言った。
「ありがとう。あなたは?韓国人?」
「冗談でしょウ。私は台湾人です。韓国人などと一緒にしないデ、下さい。」
台湾人は桃太郎を一瞥し、
「あなたに悪戯しようとシていた、この男が韓国人ではないのですカ?」
と言った。
「痛ててて、誰が韓国人だ!勘違いするな。俺はレイパーじゃない!俺たちは付き合ってるんだ!恋人同士だ!」
桃太郎は蹴られた腰を押さえ、起き上がりながら勝手な事を言った。
「そうなんでスか?」
台湾人の問いに咲良はきっぱりと答える。
「こいつはレイパーよ。」
「誰がレイパーだ!取り消せ!」
「嫌。」
「取り消さないなら野球部には入らないぞ。部員が9人揃わなくてもいいのか!」
「・・・・・・・・・。」
またこれだ。沈黙する咲良。そこへ台湾人が思わぬ一言。
「じゃあ、私が入りまス。」
「えっ!」
「えっ!」
咲良も桃太郎も思わぬ闖入者の唐突な言葉にビックリ。
「え、え、野球部に入ってくれるの?」
「勿論。ニッポンのコウシエンに憧れテ、日本に来たんですヨ。」
信じられない!部員が揃った!しかし、桃太郎が茶々を入れた。
「そんな素人を入れても仕方ないだろ。夏の大会を勝ち抜きたいなら俺を頼るしかないんだぞ。」
確かに桃太郎の言う事にも一理あると思った咲良はその台湾人に聞いた。
「野球経験は有るの?」
台湾人は笑いながら言った。
「ワン・ボーロン、知ってます?」
「日本ハムの外国人よね。大王でしょ?」
「私の叔父です。小さい時から野球のコト、教えてくれタ。」
「えっ!それじゃあ、ワン・ボーロンの甥なの!」
「マジかよ!」
咲良も桃太郎も絶句した。
「右投げ・左打ち。外野ならどこでも守れると思いまス。中学の世界大会では5番・センターでしタ。」
世界大会?台湾代表という事ではないか!凄いのキター!咲良は甥っ子に言った。
「ようこそ!青学野球部へ。歓迎します。他の部員は今、練習中なの。紹介するからグラウンドへ行こう。ところで名前は?」
「ワン・ヂーミンでス。」
「じゃあワン君。行きましょう。」
咲良はワンの手を取り、桃太郎を全く無視してグラウンドに向かおうとした。桃太郎は咲良に遠慮がちに声を掛けた。
「あの・・・、俺と付き合うという話は?」
咲良はその場にピタリと立ち止まると、桃太郎に振り向いた。
「そうそう、桃太郎君は田舎臭い私と付き合いたいんだったよね。いいよ。付き合ってあげる。」
「本当ですか。」
咲良は冷たい笑みを浮かべながら、つかつかと馬鹿笑いを浮かべる桃太郎に歩み寄ると、憎しみを込めて、思いっきり桃太郎のみぞおちに正拳突きを叩き込んだ。予想もしない咲良の行動に桃太郎は腹を押さえ、呻き声をあげた。
「ぐえっ!一体何を・・・・・。」
咲良は足元にひれ伏した桃太郎に言い放った。
「突き合って欲しいって言うから、突いてあげたの。これで満足?」
「突き合うって・・・・・そういう意味じゃない・・・・。」
咲良は桃太郎の顔に人差し指を突き付けて、高らかに言い放った。
「うるさい!お前は首だ!」
咲良は王をグラウンドに連れて行き、皆に紹介した。
「王・志明(ワン・ヂーミン)デす。宜しくお願いしまス。」
「王君は日ハムのワン・ボーロンの甥なんだって!大型新人よ!」
咲良の話を聞いて部員の皆は湧き立った。これで部員は9人揃った!部員を揃えられず、一年間フイにしているのだ。咲良の感慨もひとしおだった。
「うん、ゴホン、ゴホン。」
咲良の背後から咳払いが聞こえる。振り向くと・・・・・・、桃太郎である。
「入部希望の結城桃太郎です。野球部の為なら、なんでもやります。宜しくお願いします。」
皆は2人に歓迎の拍手を降らせた。が、不快感を露わにしたのは咲良である。皆に言った。
「みんな、入部するのは王君だけで、結城君は入部をお断りするからそのつもりで。」
皆、それを聞き、シーンと静まり返る。
「なんで、結城君の入部を断るの?」
「人格に問題があるからです。」
石井部長の問いにぴしゃりと答える咲良。
「そんな・・・・・・・。人格の問題ってどんな問題?酷いよ。」
詳しい事情を知らない石井部長は咲良に抗議の声を上げる。
「いったい、彼はなにをしたの?」
不破の質問に言いよどむ咲良の代わりに、王が答える。
「この人、マネージャーをレイプしようとしテ。」
それを聞き、皆、固まる。桃太郎は慌てて打ち消した。
「違う、違う。誤解だって。俺はただマネージャーさんに交際を申し込んだだけで。」
「付き合わないなら野球部に入らないって脅したの誰だっけ?お尻も触って、パンツ脱がそうとしたの誰だっけ?」
咲良は死んだ目をして言った。それを聞き、菊池だけが爆笑する。
「桃、お前は相変わらずだな。こいつはいつもこうなんですよ。でも、こいつは持っている男なんです。野球部に置いておけば絶対、役に立つ時が来るよ。」
持っている?この男が野球運を持っている男だとは咲良には思えないが・・・・・。桃太郎は両手を擦り合わせて咲良に哀願した。
「さっきのことは謝ります。もう2度としません。どうか野球部に入れて下さい。野球部に入れないんだったら、死んだ方がましです。」
「・・・・・・・野球、好きなの?」
「はい。」
咲良の問いに、桃太郎は目に涙を浮かべながら答えた。さて、どうしたものか?メンバーは桃太郎抜きでも9人揃う訳だが、もし、この男を切って9人だけで夏の大会に出た場合、誰かが怪我をして出れなくなったら終わりである。部員のスペアとしてこの鬼畜カードを保持しておいた方が良いのではないか?それにまだ問題がある。石井部長である。部長は守備に関しては内外野守れるユーティリティ・プレイヤーなのだが、打撃はまるで駄目なのである。この鬼畜をレギュラーにして石井部長を控えに回した方がチームにとっては良い選択か?咲良は個人的な好き嫌いはとりあえず置いておいて、手塚君と甲子園に行くのにベストな選択をした。
「分かった。それじゃあ、ベストを尽くして。」
「それは野球部に彼を入部させるという事?」
不破の言葉に桃太郎は哀切の表情を見せた。
「そうね。入部を許可します。」
「本当ですか?」
破顔一笑、桃太郎は喜びの表情を見せた。咲良の判断に皆がホッとした。皆もぎりぎりのメンバーで夏の大会に臨むのを不安に思っていたが、咲良の顔色を窺い、口に出せずにいたのだ。咲良は言った。
「ただし、あなたは要注意人物ですので、なにか問題が有ったなら、即時辞めて貰う事に・・・・・・・。」
皆、咲良の言葉を聞いてなかった。皆が桃太郎と握手し、歓迎の言葉を掛ける。それを見た咲良は、皆も自分と同じ考えだったのだな。感情的な決断を下さなくて良かった。と、思っていたのだが・・・・・・。桃太郎は歓迎の言葉を掛けた中沢涼の手を握って離さない。
「君、可愛いね。乃木坂に入れるんじゃない?俺と付き合わない?」
困惑する中沢に桃太郎は尚も言い寄る。それを見て咲良、
「お前、全然反省してねえな!」
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