朝焼けと願い
@miyakata
第1話 出会いと願い
今日は特に風が強いのか、それとも屋上だから強く吹いているだけなのか。とにかく、扉を開けた瞬間から勢いよく校内へ吹き込んできた風が肌寒く、夏ももう完全に終わっていることを今更ながらに感じた。
夏休みが終わって一カ月が経つが、やはりもうダメだ。やってられない。ここにいたくない。終わりにしたい。そう思っているからだろうか、今はすごく感傷的でいつも通りの学校の風景さえなんだか美しいと感じる。世界がこんなに美しいとは知らなかった。まだ行ったことない国や土地があるって言うのに、死ぬのは損ではないだろうか。
そうやって黄昏て今更ながら怖がっている自分はなんだか滑稽で少し笑えてくる。いつもはこんな感じじゃないのに。まあ仕方がない。覚悟はもう決めてきた、つもりだ。
学校の屋上には誤って人が転落しないようにフェンスで囲われている。そのフェンスをよじ登って外側に立ち、目をつむってもう一度気持ちを固める。
私はこれから死ぬ。ここから飛び降りて自殺する。死ぬ、死ぬんだ。
何度も心の中で唱えたその言葉の本当の意味というのは正直よくわからないが、それでも最後の一歩を踏み出す勇気にはなった。覚悟を決めた私は目をつむったまま、宙に向かって歩いたのか、倒れたのかよくわからない態勢で飛び込んだ。
飛び込んだはずだったのだ。
「自殺だなんて悲しいことはおやめなさい」
目を開けると、私は屋上のフェンスの前で直立していて、なぜかは分からないが自殺に失敗したらしく、後ろから語り掛ける声に振り向いて答えた。
「誰ですか?」
「…天使です」
自分は天使だと名乗った男の姿は、別に天使ではなかった。スーツを着ていて、漫画やドラマに出てくる執事に近い格好だ。天使と言われても天使ではないが、普通に学校にいるような教師や職員でもない。
「誰ですか?」
聞き間違えたのかもしれないって思ったからもう一度聞いた、というか聞き間違いであってほしかった。
「…天使です」
どうやらやはり聞き間違いではなないらしい。
「あの、私に何か?」
「あなた、自殺しようとしていましたね?」
「…ええと」
そうやって直接的に訊かれるとこっちもなんだか答えずらい。だけどこの人が多分私の自殺をどうにか止めたのだろうし、きっと私が自殺しようとしたのは分かっているのだろう。
「…はい」
「いけません、なりません。自殺なんて不敬です」
「不敬?」
「はい、神から与えられた身体を傷つけるなんて、神に対する冒涜行為です」
さっきから何を言っているのかわからない。これはやばい人だ。
「あの、怪しい宗教には興味ないので結構です」
「いや、別に新興宗教とかではなくて、私れっきとした天使ですから」
「いや、そういうの大丈夫なので」
「大丈夫とかじゃないんですよ。天使なんですよ」
「知りませんよ」
正直、しつこい。
「とにかく、自殺はいけません。私がたまたま見ていたからいいものの、今後は絶対にやってはいけませんよ」
自殺?そうだ私は自殺しようとしていたんだった。それなのにこの自称天使男のせいで。
「せっかく覚悟を決めて死のうとしたのに、あなたのせいで台無しですよ!」
「台無しとは何ですか!?私は天使としてあなたの命を救ったていうのに」
「そんなのありがた迷惑です!だいたい何ですか天使って?どうせ名乗るなら神様でも名乗って助けたらいいじゃないですか」
「だって天使なんだから仕方ないでしょ!天使の気持ちになってくださいよ、ここで神なんて名乗ったら後で怒られるんですから」
「知りませんよそんなの。とにかく私はもう帰りますから」
今日はもう死ぬ気が起きない。バックを持って昇降口の方へ向かう。
「ちょっと待ってください!」
止まる気はない。そのまま扉を開け、校内へ入る。
「…」
何が起きているのだろう。校内へ入ったかと思えば次の瞬間、屋上のさっきの位置に私はまた立っていた。飛び込んだ時と同じだ、あの時もこんな風に急に場所が変わった。もしかしてこの男がやったことなのだろうか。
「だから待ってくださいよ。日笠朱音さん」
「え?」
天使を名乗る男は、なぜか私の名前を知っていた。
「そんなに信じてもらえないなら、証明して見せますよ」
「…」
「何でもいいですから、あなたの願いをひとつ叶えて見せましょう」
天使を名乗る男は私にそう言った。まだうまく状況が飲み込めないまま、よくわからないまま、さっきから不思議なことをしているかもしれないこの男が不気味なのと、願いを叶えるというこれまた非現実なワードが頭を巡り、何も答えることができなかった。
「…」
「…」
「…」
「日笠さん?あれ?おかしいな?」
「…」
「日笠さん?」
朝焼けと願い @miyakata
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