第21話 夜中の小坊主たち(四)

「どうしたことだったんです」


 ゼンは、部屋へ戻る途中、小声で尋ねてみた。


「聞いた通りさ」


 巻き毛はこれまたしれっと答える。


「俺、あの人と約束していたのさ。あの人が詰所に一人の時を狙って行って、剣で目にもの見せたら、将来総本山の警備に推薦する、って」

「まだ早いですよね……」


 今日、小坊主になったばかりの顔合わせに来たばかりだというのに。

 その前に、巻き毛の目当てはもっと他にあったのではないか。


「目当てはほかにもあったんじゃないですか?」

「さすが全甲、察したのか」

「まさか、例の作者について、」

「そうさ。俺、ひょっとしたら師匠なんじゃないか、ってさ」


 なるほど、と、ゼンは思った。

 あのように、ひとりで詰所にいる時間に、人目を避けながら書き物をする。

 そんなことができるものなのかはわからないが、話してみた限りで感じた人柄からは、そうした大胆なこともあり得そうに思えた。


「何せ師匠は、いろいろタガが外れた方だからねえ。

 それにあの読み物、剣豪ものじゃないか。剣の腕がなくて、剣の読み物を書くのは簡単じゃないと思うぜ」


 それは剣の腕と、書き物の腕とがさいわいにも揃えば、の話ではないか、と思ったが、束ね髪のことを話す時、巻き毛は得意そうなので黙っていた。

 他人の武勇伝を話すのは楽しいものである。それも、心を許し、慕っている人物ならなおさらだ。


「俺の恩人なんだよ。

 あの時師匠が来てくれなかったら。

 それに、お前さんだって、かかわりがないわけじゃないんだろ?」

「え」

「お前さん、自分の噂、嫌か? なにも聞いてないみたいな顔してるな」

「それは、」


 自分が、教会の誰かの隠し子である、という、あの噂か。


「まさか、あの方にあの噂の矛先が?」


 風変わりな人物だとは思ったが、あまりにそれは失礼ではないのか。お互い今日が初対面だったというのに。

 知らなかったとはいえ、申し訳ないような気持ちが起こってきた。


(『彼が、噂の〈全甲〉ですよ』)


 巻き毛がそう言った時のあの表情は、そうした事情であったのか。


「だったら俺、うらやましいぜ。師匠がほんとに親父さんだったらなあ」

「所詮、他人が勝手に話しているだけですよ」


 本当のところなんて。

 そう思っていた。自分だけが聞き流していればよいのだと。

 けれど、巻き込まれる人もいるなんて。


 ゼンが言いかけたそのとき、


「おう、お二人さんもかね」


 ひょっこりとあらわれた顔に、声をかけられた。

 ドンさんである。


「年寄りは近くて困るよ。ほっほっほ」

「……どうも」


 ドンさんに見つかっては、これ以上の情報交換は難しいだろう。

 おとなしく部屋へ戻ろうとすると、


「せっかくの都ですからのう」


 ドンさんは、窓の外を指した。


「明日から秋祭。

 この窓からは、見えるのは中庭ばかり。が……」


 指は礼拝堂の屋根の上に指しなおされ、


「あのあたりから、毎晩花火が見えますぞ。ほっほっほ」


 機嫌よく厠へ向かってゆく背中を、見送ったのであった。


 * *


 用を済ませたドンさん……お一人のところにはどうも呼びにくい……ドン氏は、今日集まった小坊主たちの顔を浮かべながら、廊下を歩いていた。


(おや)


 なにかの気配が、突き当たりの暗がりで。


 見回りの者が、詰所へ戻ってくるところだったらしい。夜目だが、明るい月夜のせいで、暗がりでなにかが動いてもわかる。


(……)


 見回りの者も、ドン氏に気づいたらしい。うやうやしい会釈をしたので、ドン氏も返す。


「……ああ、」


 ドン氏は、目配せをされ、ただそれにうなずいて、そのまま部屋へ戻っていった。

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