第22話 ところで夜明けに、けだものが
ところで、ふたたび紙の町。
けだものはまだ、魔女の膝の上にいる。
月の力の届くうちに、秋祭のすみずみを見るつもりなのだ。目が皿のように見開かれている。
「天幕の中は、見られないかなあ」
首をあちこちに曲げて覗きこむが、残念ながら中までは見られない。
「あれは果物が並ぶ台。あれは射的の的になる景品が並ぶ棚」
明日、あの小屋の前には呼び込みが出て、遠い国の景色を見せる。あちらの小屋では、化け物屋敷の驚くべき真相を見せるという。
「化け物屋敷って、どこのだろう」
綿菓子売りや、風船売りも、明るくなればあらわれるのだろう。
「いいな、いいな」
さっきの気球に乗って、にぎやかな様子が見られたらどんなにいいだろう。
封印が解ければ。
そうも思うのだが、今、鳥籠の中は自分の気に入りの宝物でいっぱいだ。居心地もよく、ここを出ていくのもつまらない。
「そうだ、鍵だ」
このあいだは、鍵を盗まれたので抜け出すことができた。
「でも、」
そのあとで、新しい鍵がきたのだ。
そしてその鍵にはからくり仕掛けがあり、懐かしい歌を鳴らすのである。
「壊したくないよ」
けだものは、次々に好むものを与えられ、機嫌をとられ、それがかえって封印を強いものとしているのであった。
「なんだい?」
いつもは眠っているしっぽの蛇が、そろそろおまえも眠ったほうがよい、と、頬をつついてきた。
「そんな時間か」
月はもう、だいぶかたむいている。
「惜しいなあ」
魔女は、そんな膝の上のひとりごとを夢うつつに聞いていた。結局、一晩中付き合わされてしまった。
あと一刻ほどで、いつも床を離れる時間となる。
あまり眠らずとも普通の人間とは異なる身、それほど障りはないが、いつまでも誰もいない都の広場を見せられるうちに、つい、眠気に誘われたのである。
もうじき夜明けとなる。月がその領分を太陽に渡せば、鏡はもとの鏡となる。
そうなれば、けだものも寝床へ帰り、魔女もひとまずお役御免となって、いつもの一日がはじめられよう。
東の空が白々として、夜の闇が払われる。
町のすみずみが明るくなり、木々の梢の色も見えはじめたその時。
「あれ?」
つるり、と、けだものは、前肢をすべらせたらしい。
「あっ」
小さく声が上がり、魔女がうたた寝をやぶられ、見たものは。
黒いけだものが、鏡の中の都へ落ちてゆく姿だった。
足をばたつかせ、飛ぶこともままならぬようだ。
そうだ、鏡のなかではおそらく上へ向かえば下へ向かい、右を目指せば左へたどり着く。勝手が違い、咄嗟のことでは、けだものも難儀しているのにちがいない。
魔女は鏡の中へ、鳥籠の天井近くの天窓をあける時に用いる、鉤のついた長い棹を突きいれたが、爪先をかすめて届かず、けだものの姿は少しずつ小さくなっていった。
そして、月の領分の時も終わり、鏡は棹をはじき返して……
あとには水面のように静かな鏡面が朝の陽に照らされて、きらきらとざわめくのみ。
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