二日目
秋祭一日目・朝
第23話 秋祭のはじまり(一)
秋祭初日をしらせる花火が上がり、小坊主たちはそれを、朝の行の途中に聞いた。
「はじまりか」
おやっさんが思わず口に出すと、
「しっ」
通りがかった僧侶がたしなめる。身支度や清掃、洗濯を終え、朝の祈りに向かう途中である。
この都、目を覚まして動きはじめたのは、教会の者たちばかりではない。
「おや、あちらも始まりだ」
教会の鐘が、花火にこたえるように鳴り、広場でたち働いている出店の者や、芸人たちのうち、信心深い者は立ち止まって朝の感謝と祭の安全を祈った。
「あんたも」
軽業坊やが、姉につつかれて両手を組む。
(祭にいる誰も怪我しませんように)
三人の空中ブランコ乗りたちも、胸に手を当てて目を閉じている。離れて暮らす家族のことを考えているのだ、と、この間話してくれた。
天気も上々だ。
「さあ、食べて景気をつけようよ。祭の組合長から、果物もいただいたよ。あとで分けるからね」
道化師と火吹き男が、鉄板の上で卵をいくつも割って焼いている。
火吹き男の女房と、衣装係のおばあちゃんが、二台あるストーブの上のそれぞれの鍋をかきまぜている。野菜と肉が、穀類のとろみをまとっていい具合に煮えている。
「おはよう」
犬たちも来た。
「おはよう」
みな、軽業坊やのまわりでしっぽを振り、跳び跳ねていた。
黒のちび犬もワンワンと吠え、朋輩たちに混ざってえさをねだっている。
〈犬の先生〉も来た。
「おはよう、先生」
「おはよう」
いつもの優しい顔をみて、昨夜妙な想像をしたことに照れてしまった。
銀の狼だなんて。
芸人の秘密は墓場までだと口癖の自分が、まったくへんな噂にまどわされたもんだ。
じっさい、噂が本当でもかまわないのだ。それが芸人同士というものだ。
「どうしたかね」
やさしく尋ねられて、
「先生、今日も男前だね!」
元気に返すのを、黒いちび犬が横目で見ていた。
「師匠、お兄ちゃん、おはよう」
自転車曲乗り親子も朝食を取りに来た。
「おはよう、坊や」
「天気もよくて、いい初日になりそうだね」
「おかげさまで、親父も俺も調子がいいよ。気心が知れた一座はいいな」
「よろしく頼みますよ」
「お前さんもな。自転車が出るまで、盛り上げておいておくれよ」
さてと。
軽業坊やは、はりきり出した。白クマ使いが来たので、白クマの朝食が入った桶を運ぶ手伝いをしなければならない。そのあとで馬の世話の手伝いもある。
「おはよう」
大力親方も、番頭といっしょに新聞を買って戻って来た。
* *
紙の町でも教会の鐘の音が、朝の訪れを告げていた。
そのような時刻に、教会長を魔女が訪ねてくるとは、なにか不穏なことがあったのか。それとも、吉兆があり、そのしらせなのか。
『朝餉の茶を届けに』
魔女が教会を訪ねたわけは、そのように日誌には記録されている。
だが、面会相手が教会長ひとりともなれば、これは符丁、と、ひそかに決まっていた。
「なにやら、今朝は慌ただしいようですが」
魔女は、教会内の雰囲気を察して申した。
「まあまあ。お気になさらず」
教会長は、ふだん通りの泰然とした構え。
「なに、ネズミを取り逃がした、といったところですよ」
「はあ」
何か含むところがある言い方をするこんな時には、その種明かしがのちに来るのが、この教会長のいつものこと。
「そんなところに魔女様がおいでに、ということで、何かを勘ぐる者があるのでしょう。雰囲気が妙なのは、そのせいです。
そう、もとは先日の我々の失態ですよ。口惜しいかぎりです」
教会長が魔女に語りはじめたのは、過日の切り紙祭りの件であった。
「ようやくしっぽを掴んだ、と、あのときは思ったものですが」
大胆にも魔女の鳥籠の鍵が盗まれたとわかったあの事件直後に、別件で捕らえられた盗人がいた。切り紙祭りの人出を狙っての、高名な掏り団の名人だ。
その口から、とある筋でかのけだものを売買する計画が進んでいることが発覚したのである。
刑の目こぼしを狙って話したことであろうが、その売買の口利きは教会関係者だ、という聞き捨てならない告白のおまけまでついた。
それを警察より聞かされた教会は、ひそかに調べをすすめていたある件との関わりを疑った。
教会には祓い師たちがいて、彼らの内々では妖物たちに対する見解につき意見が分かれ対立が深まっていた。
中でもこの紙の町の教会が土地の知恵ある魔女と関わりを持ち続けてきたこと自体を問題視する一派があり、彼らが少々見境をなくしている、という問題である。
彼らは、都に近年跳梁跋扈する悪鬼悪霊たちと、それを祓う、とうそぶき大金を巻き上げる偽祓い師たちへの対応に追われるうち、ますますそれぞれの妖物らに対する見解がぶつかって、派閥同士の亀裂が深まったのだ。
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