第24話 秋祭のはじまり(二)

 なぜ、鳥籠の鍵が盗まれたことと、けだもの売買が企まれたこと、教会の祓い師たちの対立がつながるのか。


 紙の町の魔女を問題視する一派は、魔女を貶めるのみならず、彼女に甘い教会自体をも批判する徹底ぶりだった。

 批判の根拠として、町における教会と魔女のつながりを郷土史家さえ驚く精密さで調べ上げたのだが、その郷土史家の驚きはじきに失望に変わった。


 たとえば教会がはじめてこの地を訪れた際に、魔女は長旅疲れの僧侶たちを滋養ある飲み物でもてなしたのだが、彼らはその事実を〈僧侶を飲み物を通し魔力でもてあそんだはじめの出来事である〉、との主張の裏付けとした。

 以後、ことあるごとにされる主張が万事その調子の牽強付会、紙の町の教会長は、何度か都の総本山で抗議を含め意見したものだ。


 そのようないきさつがあり、このたび鍵が盗まれたことが発覚した時点で、〈魔女が、封印しているけだものの管理を悪意を持って怠った〉、と、かれらに強弁されかねない、と、教会長らは判断していた。

 そしてさらには最悪の場合、それをみずから仕組むため、窃盗団を利用することも十分に想定される、とも。祓い師はその仕事上、町のさまざまな裏道を行くものたちと、関わらざるを得ない場面も少なからずあるのだ。

 そこから、互いの利益のために動く者があらわれることも、目的のためとあらば、と何でも利用しようとする者が現れることも、不思議はないのだった。


 あやしまれていたのは、都から来たばかりの出世頭と噂される僧侶だった。日頃から紫の衣を見せびらかし、いちいち供をつけて歩くので、町の評判も芳しくない。


 彼は教会内の風向きに敏く、妖物に対し厳しく臨む一派に取り入って出世をしてきたので、本心がわからぬ上、損得勘定で動くことが信頼を欠く。

 かような人物が今年に入り、突然上層の肝いりで紙の町へ送られてきたことがさらにあやしく、これまでことあるごとに、教会長付の者が探りを入れてきたのだが、なかなかしっぽを見せぬ。


 その彼は、あの祭りの最終日、紫の衣を失った下ばき一枚の姿で裏庭をこそこそしていた。

 これは好機、と、その場を押さえて、小坊主たちの目からは遠ざけ、穏やかなものながら尋問となった。


 問「何故なにゆえ衣を失うたか」

 答「鳥籠の化物に目をつけられた故」

 問「何故目をつけられたか」

 答「かの化物、貪欲故、鳥籠にとらはれし者に追剥す」

 問「何故鳥籠にとらはれたか」

 答「魔女に味方する者らの策略故」

 問「鳥籠の鍵が失はれたことは存じていたか」

 答「魔女の失態也」

 問「特別な鍵であったことは存じていたか。並の手では開かぬもの也」

 答「当方聖職の身故、妖術のことはりは解さぬ」


 あくまで自分は迷惑を被った、と強く申すのだが、供の者の言葉とは噛み合わぬところがある。


「けだものを迎えに来た名人のご子息に、無礼をはたらいたためでございますよ」


 策略などとんでもない。


「つまらぬことを申して邪魔立てするので、こらしめられたんでございます。けだものに喰われなかっただけましでございましょう」


 鍵が盗まれたことをこれ幸い、けだものは教会の鐘突き塔の上で祭りの間に昼寝をしていた。

 それを無理に捕らえず、祭りの日に化け物はめでたい、という町の伝承に従い遊ばせておいたのは、鍵を盗んだ面々がなにかその様子に対して動くのではないか。そういう教会の思惑もあったのである。

 そんなところへ素晴らしいからくり仕掛けのある鍵を持って、けだものの機嫌をとるために、町の工芸名人の息子が鳥籠とともにあらわれた。

 みごと、鍵はけだものの気に入り、やつは鳥籠に戻ったのである。


「魔女さまは、名人のご子息とともに、ちゃんとをおさめましたとも。

 なにが、旧宮廷貴族の遠縁ですかね!」


 かのうたがわしき僧侶が時折だが家柄も鼻にかけていたことを知らされたところで、結局、盗まれた鍵は後日教会の裏庭で見つかった。

 裏庭は、彼が下ばき一枚であった場所でもあり、ふたたび鍵との関係を問い詰めるはずだったのだが……


「ちょうどその折、火急の用件、とのことで、総本山から使者が来て、彼を馬車に詰め込み行ってしまったのです」


 行き先は総本山と思われていたのだが、以後彼に関する一切の連絡が途絶えた。


「総本山に問い合わせると、用事もなければ、迎えなども出していない、と返ってきました」

「その、使者とは?」

「最近総本山によばれたばかりの僧侶でした。身分は確かだったのです。彼の行方も知れません」


 どれもこれも教会の不手際である、と、教会長は口惜しそうにあらためて申すのであった。


「その総本山からの報せというのが、先ほど夜明けとともに鳩が到着してわかったのです」

「まあ」


 間の悪いときに来てしまったものだ、と、魔女は思った。


「引き続き調べはすすめますがね。

 しかし、この報せでまたひとつ、疑念がわくのです。ああまで悪目立ちする者を、わざわざ派遣し、わざわざ不自然な迎えで確保するだろうか、と。まったく本意が見えません。

 まあ、おしゃべりが過ぎました。

 ところで今朝は魔女様、その用件ではなさそうですな」

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