第25話 秋祭のはじまり(三)
魔女は、話しはじめた。
「私のお伝えすることは、昨晩けだものの面倒を見ていてのお話ですから、まったく縁のないという訳ではないのですが」
「なに、けだものが」
けだものの話、となれば、厄介ごとと決まっている。
「今朝は恥ずかしながら、失態のご報告に上がったのです。みなさま、お買いかぶりなさらぬよう。
けだもの売買未遂、
「まあまあ。かような事情もお尋ねせず余計な長話をいたしましてご容赦ください。お聞きいたしましょう」
「また、けだもののわがままを聞いておったのです」
「ほう。いつもながら、ご苦労なことです」
「今日から総本山前の広場にて、秋祭のさまざまな催しがありますが、」
鏡を通して前夜のようすをけだものに見せていた顛末を、魔女は包み隠すことなしに話した。
「なんと。鏡の中に」
「月の領域の終わるちょうどその時に」
「して、封印の方は」
「効力は保たれております。さいわい封印中の身体で鏡をのぞいていたので、けだもののみでは鏡から出ることはかないません」
「鏡から飛び出して、騒ぎを起こすことは考えにくいということですな。安心しました。
けだものを呼び戻す方法には、どのようなものが?」
「はい。私の屋敷にある鏡より、鏡の中へ参ることができます。そこでけだものを鳥籠に帰すのです。
問題はあやつの説得です」
「そうでしょうな」
けだもののわがままぶりは、昔話にも伝えられ、町の者みなが知っている。
「もうひとつ、方法はあります」
「それは」
「昨晩、鏡に映して眺めていた、広場とそのまわりから、鏡を持ち帰るのです。それを鳥籠の中に戻せば、そこからけだものは出ることがかないます。
心配なのはひとつ。あやつが祭を見たがって、鏡の中から外を見ようとすることです」
「ははあ。
広場で祭の最中、鏡を覗く用事がある者といえば、」
小間物屋で鏡を扱うものとその客。
身なりを気にするものたち。
「洒落た男女に、芸人たち、
そうだ、花嫁、花婿たちが」
教会長は、秋祭にまとめて何組も婚礼を行う、その手伝いを小坊主時代に経験している。
「なんと。めでたい日に、あの黒いけだものが鏡の中から若いご夫婦を覗きこんだら、幸先があやぶまれましょう」
魔女が心配すると、
「いや、これは、好都合な」
教会長は、思わず声を上げた。
「ただいま、小坊主たちが総本山に滞在しているのです。うちからもふたり参りまして、全甲少年とあの元魚屋です」
「そうでした。それは伺っておりました」
彼らならけだものの事情もよく飲み込んでいる。とくに元魚屋は、面倒ごとに強い。
「もしも、けだものの聞き分けが思わしくないようであれば、使いを出して彼に祭で鏡を買ってくるよう伝えるのはいかがですか」
「そのように甘えてよろしいのですか」
「もちろんですとも」
「では、店のことを整え、すぐ屋敷へ参ることといたします。
失態への寛大なご処置、感謝いたします」
魔女が場を辞そうとしたその時、
「あ、その、
……急ぎのところ恐縮ながら……もうひとつ、話してもよろしいでしょうかな」
魔女は不思議そうに教会長を見た。
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