第26話 秋祭のはじまり(四)

 小坊主たちは、朝の祈祷を終えると食堂にて、いつものように簡素な朝食をとった。粥、折々の実が入った汁物、茶である。


「賑やかなんだろうなあ」


 まだ祭に未練がある、港町から来たという小坊主が食後の身支度中に言った。歯を磨きながらなので、もぐもぐして聞こえた。


「でも、ワタシ、今日が割り当てだ」


 朝の申し渡しで小坊主たちは、祭の間になん組も行われる正午からの結婚式のうち、毎日一組だけ手伝いをすることを伝えられた。

 三日間のうちどの日の式を担当するか、部屋ごとに割り当てもされた。

 とはいえ、担当でない者は聖歌隊などに加わるので、つまりは全員なにかしら役目がある。

 まったく思いがけないことだった。希望すれば今晩就寝前、調理の当番に入り、総本山の結婚式で配る伝統菓子の焼き方も身につけられるというのだ。

 誰もそんな楽しい話を、あえて出発前の小坊主たちには話さなかったのである。


「君は、結婚式が好きだからなあ」


 同じ教会らしい小坊主が笑った。


「俺たち、祭の最終日の、二組目だな」


 巻き毛が言った。


「最終日じゃ、新郎新婦、思い入れもひとしおだろうな」

「緊張しますよ」


 ギンが、弱々しく言った。


「こんな大きなところのお式なんて、はじめてです。お菓子も、いつも形がよくできなくて」


「それは、みんな同じだろうよ」


 おやっさんがなぐさめると、


「おやっさんは、いいよな。自分の式も知ってるんだから。経験豊富だよ」


 巻き毛がまぜかえす。


「それがなあ」


 ゼンは、その先を知っているので黙っている。


「親父に結婚反対されてやけになってな、かみさんと二人だけで勝手に挙げたんだよ。夜中だったし、菓子なんてなかったぞ」

「ワタシ、そういうお式、こないだ立ち会いました!」


 先ほどの港町の小坊主がたまらず輪に入ってきた。


「邪魔が来ないよう見張りを立てて、なかなか面白かったですよ!」

「わたしもありますぞ!」

「わっ!」


 ドンさんも飛び込んだものだから、皆おどろいた。

 ゼンたちのほかの小坊主たちが、元僧正が数日ほんとうに小坊主として過ごすことを知ったのは、先ほど朝の申し渡しで、である。


「は、は、は、経験豊富な方が、こちらにもいらっしゃった」


 おやっさんがよく笑うので、皆、少し落ち着いた。


「秘密の祝言。

 事情はあれど、おめでたいことの味方をする。それもまた、大事な仕事だとひきしまる場面でもありますな」


 ドンさんの言葉に、港町の彼は、


「そう、そうです!」


 わが意を得たり、とうなずいた。本当に慶事が好きなのだろう。


「明るい人ですねえ」


 ゼンが感心すると、


「みなさん、明日の講話の課題なんか忘れていそうですね」


 ギンが、ぽそりと言う。


「『なぜ、祈ろうと考えたか』」


 一人ひとりの発心について発表し、祈りについて考えを深めていくのが、今回のつどいの要、明日の午前中の講話である。

 結婚式はうれしいが、その他の時間は祈祷書と聖典を読み込み、講話を聞き討論し、作文をする、それには変わりはない。


「ゼンさん、もうお話しすることは、まとまっていらっしゃいますか」


 ギンが、控えめに言う。


「私は、村の学校で、写本室へのお勤めを勧められて教会へ参ったので、なかなかお話ししようがないな、と、迷ってまして」

「文字を書くのが、とてもお上手なんですね?」


 照れているふうに、ギンはうなずいた。

 と、そこで、次の集合の時間が迫っていることに気がつき、話は一旦中断された。

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