第17話 ところでその頃、紙の町では(三)
「『紙の町の魔女殿、お噂はかねがね』」
鐘から返答がきた。
「『ご覧の通り、寝ずの番が控えものものしいさまを、こちらこそお許しください』」
たしかに、鐘の側には剣をたずさえた僧侶と、祈祷書をたずさえた僧侶が控えている。
祈祷書のほうは、鐘になにか交渉しているものの気配を察したのか、一瞬こちらを見たが、またもとの体勢に戻った。
「『ふたりとも、我らの話は聞こえぬようにしておりますから、どうぞお話しください』」
ではお言葉に甘え、と、魔女は手短に、満月と鏡で祭前夜を眺めていたこと、地獄の者を見かけたことを伝えた。
「『もともと広場は、そうした者も通り道にしているので、珍しくはないのです』」
鐘から、穏やかな返答がかえってくる。
「左様でしたか」
「『地獄の者や化け物とはいえ、わが教会とその周辺は聖域。朝夕のそれぞれ時が来ればわたしの音で、邪なものは清められます。
今いるあの悪魔、それでも涼しい顔をして居座っておりますから、怖れを振りまき世を腐らせる邪悪の眷属に堕ちた者ではなく、地獄に落ちた死者を世話する官吏などのひとりでしょう。
かれらは善と悪との理のうちにあり、祓うべきものではありませんから、音の力はおよびません』」
「それをお聞きし、安堵いたしました」
しかし、なぜ犬の姿なのか。
「『そばに、魂の取り引き中の者や、迷った死者がいて、その面倒を見て離れないためでしょう。そうした者にも、音の力はおよびません』」
「やはり、そう読まれますか」
となれば、それがこの先、世に災いをなす取り引きとならなければよいが。
また、悪魔がその魂を地獄へ連れてゆくため与える誘惑と試練が、ほかの衆生を巻き添えにするようなものでなければよいのだが。
「『ご心配は、きりがありませんぞ』」
「どうも性分でして」
「『この広場で悪しき者がことを起こしても、鐘の時刻が来ればその者は塵となって失せるか、魔力の効を失います。衆生はたちの悪い奇術、と、笑えばよいのです。
ですから善悪の理より道を外れた真に邪悪なものたちがこの広場に来るときには、衆生を狙うようなまどろっこしいことはしません。鐘の音が鳴る時刻の隙間を縫って、わたしを直接取りに来ます』」
その言葉が終わるが早いか、剣をたずさえた僧侶がやおら立ち上がり、
(なんと)
魔女の目にも、瞬時に切り裂かれ散り散りとなったそれが、小さいながらもたえず都を飲み込もうとする邪悪の眷族であることが見てとれた。
「『そちらについては、このように腕の立つ僧侶たちと祓い師たちがひかえておりますので、ご心配なく。
紙の町でも、この程度の小賢しい妖物どもが、貴女の手を焼かせているでしょう。心配ごととはいえ、それと同じことです。
貴女なら小手先ですよ。なんということはありません。
さきほどからこちらをちらちら覗いている、なんでも召し上がるけだもの君などが居られれば、このような小物どもは、ほんの腹ごしらえの軽食となるがせいぜい。
ことがあれば、風の精霊にお伝えいたしましょう』」
「ありがとうございます。その時はできる限りのことをいたしましょう』」
さて、ひと安心、と、魔女が鏡面の対話を終わらせると、
「けだもの、有名なんだねえ」
「そのようだねえ」
「それより、まだ見たいよ」
膝の上からけだものが抗議した。
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