第18話 夜中の小坊主たち(一)

 さて、はなしは総本山に戻る。

 ゼンコー、おやっさん、巻き毛、ギン、そしてドンさんの、五人の仲間が互いの呼び名を決めて、長旅の疲れを労りあい、……

 消灯時間も、とうに過ぎた頃。


 * *


 ふと、目が覚めた。

 月が明るすぎるのだ。


 ゼンコーは寝返りをうち、もうひと眠りしようと目を閉じる。

 おやっさんも、ギンも、巻き毛も、ドンさんも、静かな寝息。


 ところが。こんなことになろうとは。

 先ほどの集まりで、はずみで、とはいえ、あんなことを考えたせいにちがいない。

 つまり、〈ある人物〉のこと。

 おかげで何度も何度も繰り返し、頭のなかに浮かんでなかなか消えない。


 * *


(『君次第、とした方がいい』)


 先日、都へ行くことが決まったとき、教会長にひとり呼ばれた。


(『君へ。君の名宛てに届いた。匿名でだ』)


 いつの出来事かは話されなかった。数日前なのか、数年前なのか。とにかくゼンコー宛に、革袋いっぱいの金貨が届いているのだという。

 君に済まない、と添えられていた、とも付け加えられた。


 赤子のときに、自分は教会前に置き去りにされていたと聞かされていた。

 しかし、それでも思い返せばここまで育つのに不自由はなかったので、済まない、との言葉が思ったより身に染みぬ。

 物心ついた時から教会の僧侶や小坊主にかこまれ、世話を焼かれていたのだ。皆に聡い子だとかわいがられて。生来の賢さで、いち早く生き延びるための振るまいを備えることができていた。


(『君に済まない』)


「……」


 そんなことをゼンコーに対し思う人物は、と、察せられぬほど幼くはない。〈ほんとうの親〉。産みの親か、育てるべき立場を負っていた親か、たやすく思いあたるのは、そのどちらか。


 とはいえ、自分にとって〈ほんとうの親〉とは、なんだっただろう。済まない、と思われたところで、こちらとしては何かを思うよすがすらないのだ。


 粗末な産着ひとつで教会前に置かれ、手紙ひとつなかった。名前も与えられず放り出された身の上が、何を懐かしく思い起こすだろうか。

 名前。自分でつけることもしなかった名をわざわざどこかでつかんで送ってきたということは、〈ある人物〉は、赤子を捨てたことをずっと気に留めていたということにもなるが、それでも果たして〈ほんとうの親〉であろうかと、疑念が残る理由はなくならないのである。


〈ほんとうの親〉は、そもそも自分に済まない、と思っていたのだろうか。考えたこともなかった。今になって金貨を、と言われても、戸惑うばかりである。


〈ほんとうの親〉。考えることで、ここに置かれる資格が損なわれると予感もしていた。自分は身よりのない、しかし賢さという美点がある、養う価値のある子供なのである。〈ほんとうの親〉は誰か、などと、町の誰かの、もっと恐ろしい想像をすれば教会の誰かの過去をえぐるかもしれない余計な詮索をしてどうなるというのだ。


 もてあまし、『間違いなく僕宛てのお金でしたら、全額、教会でお役立てください』、と、あっさり申したところ、


(『君次第、とした方がいい』)


 さきの言葉がかえってきたのだ。


(『君の心が決まるまで、たとえば、送り主がわかるまで、このまま取り置いてもかまわない』)


 なぜ、そのように言われるのか。ゼンコーは不思議に思った。


(『君自身で、決めなければいけないことがあるからだ』)


 この金貨が、君へのつぐないだとしたら。

 君は、それを受けるのか、受けないのか。


 これにはゼンコーも、言葉に詰まった。そこで、取り置き、との案に従ったのだ。


(……考えたところで。恨んだところで。赦すといっても、何を赦せばいいんだろう)


 従ったものの、このことはいくらぶつかってみたところで空回りでむなしいばかりなのは、充分に知っているのだ。

 それより、自分はかような出自ではあるが衣食足りて恵まれている。そちらをありがたく思う方がよい。期待に応え、意見せず、静かに日々の行をまもるのだ。

 早々にその方向で生き抜くと決めたときに、自分の〈ほんとうの親〉など、こちらから捨てたようなものだ。思う甲斐もないものでしかない。


(どんな事情で。どんな立場で。どんな心で)


 とはいえ、かの人はどのような身の上の、どのような人物なのか。想像したことが、ないわけではない。


(都にいるんだろうか。それとも)


 それすら、想像上のことだ。

 今は、眠ったほうがいい。


「おい」


 ささやき声だ。


「寝られねえのかい」


 巻き毛である。夜目にも白い顔が近い。睫毛が誘うように長いことがわかるほど。


「えっ」

「しっ。静かに」


 出立前に妙な注意を、副長の、おそろしく見目麗しいと評判の僧侶から受けたことをふいに思い出した。


(『旅先では、稚児趣味の悪戯者に警戒せよ』)


 隣でおやっさんがこりゃ傑作、と大笑いしていたのだが、対して副長は何か以前のことがあるのか、憤りを思い出しながらの忠告だったので、ゼンコーも、はい、と、おとなしい返事をして、その場は終わったのである。


「寝られねえなら、付き合わねえか」

「ななにをです?」


 忠告されたものの、〈稚児趣味の悪戯者〉がはたして何をどう仕掛けてくるものなのかまでは伝えられていなかった。


 このたび集った小坊主たちの多くは、見たところ年の頃は、ゼンコーとそう違わないように思えた。

 もちろん発心に年齢など関係ないのだから、元魚屋のような年頃が多く集う時もあると聞いた。

 巻き毛はそんな中で、ゼンコーよりはひとまわり上くらいの、年長の部類に見えた。

 いったい、何を持ちかけてくるやら。


「俺、今日見たかぎりでまだまだ裏が甘いんだけどよ、ちょいと怪しいとにらんでいる場所があるんだよ。

 せっかくだから、連れションてことにして出てみねえか」

「怪しい?」


 もしや、評判小説作者の件か。ほっとした。

 巻き毛は、にやにやしながら廊下の方を指している。

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