第19話 夜中の小坊主たち(ニ)

 夜中の小用、と言えば言い訳が通ろうし、二人連れであるのも今晩ならば、到着したばかりで勝手がわからぬゆえ、と、これまた言い訳が通ろう。


「でも」


 ゼンコーが渋るのを、巻き毛は織り込み済みだったようだ。


「お前さんも、都で知りたいことを抱えていたんじゃないのかい」


 不意打ちだ。


「な、なん?」

「お前さん、有名人なの自分で知らねえだろ」


 教会前の捨て子が、今や知らぬものはない優等生。

 綴りかたも、算術も、教典解釈も、その成績はメダルで称えられ、評判は津々浦々に広まっているのである。


 なんという出来の良さだ。捨て子という出自が、彼を勤勉にさせたのか。いや、実の親は何者なんだ。こんな成績、生来持ったものも大きいはずだ。


 あらゆる勝手な詮索がなされて、ことあるごとにゼンコーをうんざりさせている。

 出自がなんだというのか。

 教会の外では、思いもよらぬ風評が広まるものなのだと思い知らされた。

 いや、教会の内部でも、口には出さぬだけで、本音の部分はそうなのだ。だから、ますますあの金貨の件も、ややこしいことになる。そんなところでゼンコーの名を知って、たちの悪い真似をした人物から、と考える疑念もなくはない。それゆえ、早々に放り出して決着させたい気持ちのほうが強くもなる。


「そんなこと。

 捨て子なんて、僕だけじゃないです」


 言われる通り、似たような身の上の小坊主は、ほかの町の教会にいくらでもいる。教会は、不幸せに見舞われた婦人を助ける場所でもあるからだ。


 そんな婦人が自分を捨てたのならば。


 金貨を届けることができる人物となった今、その不幸せを蒸し返されたいだろうか。


 いや、婦人と決まったわけでもない。


 しかし金貨をぽんと扱える紳士ともなれば、事情はまた複雑であろう。それとも……


「ところが、ところが。

 ……まあ、少しずつ話すぜ」


 そう言われては、ついて行かぬわけにいかない。

 ふたりはそっと、部屋を出ていった。


 * *


 それにしても巻き毛は失敬なやつだ、と、ゼンコーはあきれていた。

 初対面の相手にだしぬけに出自のことを持ち出すのも相当なものであるし、そもそもこのゼンコー(全甲)というあだ名も実は嫌だ。


「……」


 窓から差し込む満月の明かりが、廊下の奥まで続いている。手灯りがいらない。

 それでも油断をすれば高い天井から、夜の気配が降りてまとわりついてくるような気がして、足音はおのずとひそやかになる。


 ここでは、巻き毛も声を出さなかった。


「こっちだよ」


 月夜で明るいとはいえ足どりは確かで、場所を迷う様子もないのである。

 明日、総本山の各建物を案内されることとなっているのだが、巻き毛にはその必要がないらしい。


(ここで修行していたのかな)


 いや、ここに住まうのは僧侶以上の者。


(そういえば、巻き毛は本当はいくつなんだろう)


 そして、どこの教会から来たのか。

 まだ彼の口から聞いていなかったことに気がついた。


「ここだよ」


 総本山において、真夜中にも灯りが扉から漏れる場所。

 到着してすぐに案内を受けた、広場に面した礼拝堂は、そうだったはずだ。大聖堂とも呼ばれ夜更けに祈りたくなった者は、誰でもそっと入られる。行き場のない者や、貧しい旅人が一夜を過ごすこともあるという。

 だが、ここは総本山の奥。


「あった」


 巻き毛は、扉脇に並ぶ当番者の名札を読み、何かを確信したようだ。


「詰所だよ」


 この扉の向こうには、警備の僧侶が詰めているというのだ。

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