第16話 ところでその頃、紙の町では(二)

 祭の支度が整えられた教会前の広場は、けだものをまた喜ばせた。


 出店が何列も整然としている。そのまわりを仮がけの見世物小屋がかこんでいて、中でもてっぺんで三角の旗がはためく、大きなサーカスの天幕は気に入った。


「待って」


 けだものが小さくなった前足で鏡面に触れると、見たい場所で止まる。


 遠くから品物を持ってきた商人や芸人たちが寝泊まりする馬車の箱が、広場のすみっこに並んでいるのも、そのまわりでこのあたりの猫たちが散歩をしたり、のびたりしている姿も、みな月明かりに照らされたせいか、青くぼんやりとした霞がかって見えた。


「鏡で見られてよかったな。

 けだものが空を飛んでこうして見おろしていたら、みんなをびっくりさせてしまうからねえ」


 けだものは大昔、あちこちで暴れて手がつけられず、魔女が鍵のついたこの鳥籠に封印したのである。おとなしくしようとの心がけがあるのは、よいことだ。


「おや?」


 サーカスの天幕まわりを面白くながめていると、人の姿が見えた。


「逆立ちしてる。お稽古かな」

「まあ。小さい団員さんだね」

「やや?」


 けだものが、鼻をひくつかせた。


「なんだか、へんな気配がする」


 けだものも物の怪である。人にわからぬ気配を読むのであろう。


「人間じゃないやつがところどころにいるね」

「大丈夫だろうか。祭で人が集まるときには、妙な連中が引き寄せられてくるからね」

「地獄のやつがいる」

「えっ」

「でも、あの小さい犬だよ。団員さんと仲良しみたいだ。どうして犬の姿なんだろうねえ」


 どういうことなのだろう、と、魔女はしばし考えた。なにかたくらみがあってのことか。それとも地獄のつとめのひとつであるのか。


「団員さんを食べようとはしていない。

 こいつも祭の見せ物なのかな」

「そんな。地獄の悪魔を捕まえて、なんて、大それた見せ物師が今どきいるものだろうか」

「ほかにも人間じゃないのがいるね。

 ああ、ますます祭が見たくなったな。

 この鏡は、満月じゃないとだめなのかい?」

「残念ながらねえ」


 魔女は、広場に悪魔がいることが気がかりである。

 このサーカス団員は、悪魔のことを承知しているのか、それとも知らず誘惑されている最中なのか。祭に集まる人々は危険ではないのか。それにたしか今、都には紙の町の小坊主がふたり、行っているのだ。


「そうだ。満月の力を借りられるうちに、鐘殿にお尋ねしようかの」


 鏡に手をかざし、教会総本山の鐘つき塔を呼んでみた。


「口をきいてくださるだろうか」


 教会にとって、敵味方の見解が分かれる魔女とけだものである。


 魔女が鏡に手をかざし呼びかけると、鏡面に鐘が映った。

 とりあえず門前払いはまぬがれた。


「かような晩に呼びかけ、失礼いたします。紙の町で店を営む魔女でございます」


 鐘は、月明かりを受けて重々しい様子である。


「明日よりそちらでは秋祭とのこと。ますますにぎやかで結構なことと存じます。

 実は今、この満月のもとに見かけましたことを、至急お伝えいたしたく、ご無礼は承知の上、かようなかたちで参じました」

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