第12話 宿舎の小坊主(二)

 小坊主たちが、一同目を見開いてぴくりとも動かぬのも無理はなかった。

 先ほどまでの紫の衣を小坊主のそれに替えて、僧正が莞爾として笑っている。そんなことがあろうか。


「いや、いや、これは、」


 こんな時、切り替えが早いのが元魚屋である。


「今回のつどいの最年長、と、いい気になっておりましたが、たちまち交代となりましたな」

「ははは、とんだご縁となりました。

 どうぞ引き続き、よろしくお願いいたします」


 その様子に束ね髪も安堵したのか、


「お気遣い、痛み入る」


 頭を下げて、


「あらためて話そう。

 今からこちらのも同室となる。少々手狭になり窮屈だが、仲良く五日間、励んで欲しい」

「しっかり励みましょうぞ」


 にっこりと笑う、元僧正の威光に勝手に当てられたのか、ようやく調子が戻ったはずの眼鏡が、また倒れた。


 * *


 束ね髪の話によれば、僧正殿の先ほどの発表は結局通らず、ただ、この五日間、小坊主として生活することは認められたのだという。


「大僧正の許しはいただいていたんだがねえ?」

「到着の挨拶の、冗談だと思われておりましたよ」


 眼鏡が目を開けたので、あらためてこの件を伝えたところ、


「……そんな……」


 そこに、元僧正、


「同じ祈りの道の仲間として加えてはくださりませんか」

「…………はあ、はい。こちらこそ……」


 そう答えるよりあるまい。


「じゃあ、とりあえずこの仲間内の呼び名でも決めようぜ?」


 巻き毛が不穏な提案をした。

 束ね髪が、何か言いたそうになり、元僧正に止められた。


「そちらは、『おやっさん』で、」


 元魚屋のことだ。


「こっちが『ゼンコー』で、」


 ちいさい小坊主。

 全甲、からきたのであろうか。成績をからかわれるのは慣れてはいるが、ここでもか、と、少々憂鬱となった。


「お前さんは、たぶんさんざん眼鏡呼ばわりされてるだろうから、眼鏡の色の方で『ギン』な、」


 銀縁眼鏡。


「そして、ええと、」


 さすがに元僧正のところでは詰まるらしい。

 そんなところに、『おやっさん』、


「お前さんは、『巻き毛』でいいかね」


「ああ、いいよ。

 困っちまったな、ひらめきに欠けるよ」

「では、」


 そんなときに、自ら輪に入ってくるのが、元僧正様であるらしい。


「『アンドン』では、どうですか。

 昔むかし、一度目の小坊主時代に、そう呼ばれていたのですよ」

「よしきた」


 また束ね髪が何か言いたそうになり、『アンドン』が制した。


「これで、身も心も小坊主になれました」

「行燈、かな。

 長いな。

『ドン師』で、どうだろう」


 一応、僧侶への尊称である〈師〉を申し訳程度につけたものの、その申し訳がかえって図々しい。束ね髪が飛び出していきそうになるところを、元僧正はまた止めた。そして、


「もちろん。

 しかし、〈師〉を付ける小坊主もいませんから、『ドンさん』では、いかがでしょう」

「決まった」


 ここに、五日間の五人の仲間たちが誕生したのである。


「じゃあ、みんな、よく励んで徳を高めて帰ろうじゃないか」


 おやっさんの言葉にも束ね髪、なにか申したそうだったが、引いた。

 さすがにおやっさんは冗談ひとつにも元魚屋の年輪があり、それに免じられたのだった。

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