第11話 宿舎の小坊主(一)
祈祷の勉強のため集った小坊主たちへ、偉い方々よりの話の途中、僧正が『本日この時より、あらためて小坊主となります』と宣言をした。
騒然となったのは他の僧侶たちで、そも僧正とは厳格な審査と全員一致の推挙が必要、それでも空席が出れば、自薦他薦とてんてこ舞いである。こんな訓話のひとことで決まる話ではなく……
「面白かったな」
最初のつどい終了の挨拶もそこそこに、それぞれの部屋へ小坊主たちは一旦戻されたところである。
これから、夕餉、日々の就寝前の勤め、就寝、との予定。
「面白かった、だなんて、」
巻き毛の言葉を、ちいさい小坊主がとがめる。
あの言葉がどれほど大ごとだったか。こうして全員部屋へ慌ただしく戻されたことからもわかろうものだ。
「本当に、唐突な話だったようだなあ」
元魚屋が、腕組みして言った。
「おやっさんも、思うかい。思うよな」
巻き毛、元魚屋をそう呼ぶと決めたらしい。
「でもな。こういうことなのかもなあ。
実は俺たち、汽車で僧正様と同席だったのさ」
「うん?」
「まったく驚かされたぜ。平服で、俺たちさっぱり僧正様だとわからなかったのさ」
「へえ」
巻き毛の目がぎらぎらする。
「ご無礼ははたらかなかったろうね?」
「そのあたりは、……わからんが、なんとかなっただろう。
愉快な方と同乗できた、と、旅の思い出になるはずが、降りてから種明かしをされてね」
「それじゃあ、もともとそんな、茶目っ気のあるお人柄だってことだなあ」
さらに話を、となったその時、扉が叩かれた。
「失礼します……」
先ほどの束ね髪に連れられて、青白い顔の小柄な小坊主が入ってきた。銀縁の眼鏡をかけて、肩までの黒い髪の毛は細く、前髪が額に貼りついている。
「よう。もう大丈夫なのかい?」
巻き毛が気安く声をかけると、束ね髪が笑って、
「もう、打ち解けているようだね」
「なあに、みな兄弟ですよ」
巻き毛は受け売りも早い。
「大丈夫ですか?」
ちいさい小坊主が声をかける。
「馬車は平気だと思っていたのに、ここまで長い距離を乗ったことがなくて……失敗でした」
「鉄道の駅は、遠かったのかい」
「はい。私どもの教会は山奥ですので。ふもとに出ても道は険しく、線路などとても。馬車便の停車場はたくさんあるんですが」
いま、昔ながらの馬車便は、鉄道のないところの不便を埋めるような経路となっている。
鉄道の駅と乗り継ぎがしやすい地域もあれば、そうでない地域もまだまだある。
「祈りの場は、人が住まうあらゆる土地に必要なのです」
束ね髪が、神妙に申した。
「さて、こうしてこの部屋の人数は揃ったわけなのだが、その、すまないがひとつ、相談があってだね」
廊下から、何やら物音が近づく。
「寝台がもう一台、ここに入るのだよ」
「もう一台」
ひとり、増えるということか。
失敬、と、屈強な僧侶たちが、予備の寝台を運んできた。
それどころか、部屋にあった寝台の位置までも組み変え、たちまち五人部屋が出来上がった。
「先ほどの話の通り……」
束ね髪の歯切れがわるいのを見かねたのか、廊下で今か今かと控えていた者が飛び込んでくる。
「あっ」
小坊主の正装。
「たった今から、諸君と同室となりました。
急に狭くなって申し訳ないが、どうぞよろしくお願いいたしますよ」
そう告げたのは、噂をしていたかの僧正、その人である。
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