第10話 礼拝堂にあつまる小坊主たち
教会の総本山は、各地からの巡礼者はもちろん、朝晩の祈りのため近隣に住まう多くの人々も訪れる大聖堂を表玄関とし、その奧に礼拝堂、講堂、調理場、食堂、浴室、洗濯室、学習室、図書室、宿舎等々が配置されているのである。
ここに住まい、日々の祈りを守っているのは僧侶以上の者。各地の教会をとりまとめ指示を送り、議会や旧宮廷など各方面との足並みをととのえている。今日のように小坊主たちが集うのは年に数日もない。
その、ここではめずらしい小坊主たちが、宿舎から出てぞろぞろと祈祷書を手に礼拝堂へ向かっている。言葉を発することはなく、静粛を守っている。
* *
「みなさんは、生きる時を同じくして祈る暮らしへともに入った兄弟です」
今、礼拝堂に整然としているのは、最初に壇上にあらわれ、かのように優しい語り口で、ひとことふたこと慈悲にあふれた言葉をかけ、すぐに下がった大僧正の威光に当てられている小坊主たちである。
そんな小坊主たちを前に僧侶たちが、さらに堅い話をはじめた。
「大僧正様のお言葉を胸に、ともに神の道を歩む者として、最初の心構えをこの五日間でそれぞれ刻むように」
そして今、先ほどまで元魚屋の小坊主たちと同じ汽車で向かいあっていた僧正が、正装し壇上に立っている。
「こうして集いの場を持てたことに、まず感謝します」
ちいさい小坊主は、やはりあの方は僧正様なのだ、と、今さらながらに感銘を受けていた。
車中の時とは様子が違うけれども、視線は変わらず穏やかで、壇上からものを話されている感じを受けない。
(あの方のように話さないと、人に言葉は届かないと、昔から繰り返し聞かされたなあ)
まさにその、教会育ちの教会暮らしで耳にしていた噂の当人を、目の前にしているのである。
ここは都。
片田舎でも噂となるような大人物が、ほんとうに暮らしているのだ。それも幾人も、幾人も。
(『噂の人』か)
いつもなら、ちいさい小坊主はそんなことを頭に浮かべたりしないのだが、ふと、ここは都なのだ、とあらためて思ったそのとき、ある人物のことがよぎった。
(まさかね)
都によしんばその人物が紛れていようと、どうもできないではないか。そんなことを考えて気を散らしている場合か。第一、僧正様のお話しの最中ではないか。
(えっ)
気持ちが途切れかけた、そのせいだろうか。
隣の気配をなにやら感じ、横目で見ると、巻き毛がにやにやと頬をゆるめて、だらしないことこの上ない。
(この中に女剣士の作者がいるのなら、とか、そういう顔だなあ……)
やれやれ。これが気をゆるめた者の顔だ。自分も今、そんな顔だったのかもしれない。他山の石としなければ。
なのに。
(『ひとつ目当てを作れば、それを目指して、なんとなく愉快になってくるというもんじゃないか』)
なぜか、先ほどの巻き毛の言葉が浮かんだ。
(目当て)
自分も、それを持ってよいものなのだろうか。
いや、そんなこと。
今は、考えない。
「明日からの講義にもかかわるのですが、」
僧正は、小坊主すべてに視線を注ぎ、ひとことひとことを静かに述べる。
「なぜ、祈りの道を選んだのか。
いつも、そこに立ち返る心を忘れずにいてほしいのです。
なぜなら、これから、長い道を参りますが、たどり着くのも畢竟その心となるからです」
(先ほど汽車で、旅と祈りの話をされていたけれど、)
その旅路の果てが、また最初の心だと申される。
衣をまとったばかりの小坊主たちには、遠い遠い道のりに思えた。
また、そのような長き旅の果てに、もといたところに戻るのならば、なんのための旅であろうか、と、自問をはじめる者もいた。
「そして、ここで、ひとつ告白をしなければなりません」
僧正様が、告白を。
この場で一体、何を。
「みなさん、どうぞよろしくお願いいたします」
静寂。
「私は、僧正職を辞し、」
僧侶たちからどよめきが。
「本日この時より、あらためて小坊主となる所存です」
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