第9話 部屋割り
さて。
元魚屋の小坊主と、ちいさい小坊主が、割り当てられた部屋に荷物を置きにゆくと、四人部屋の三人目は、あの巻き毛であった。
「こんにちは」
ちいさい小坊主が、緊張した声を出した。
「よろしくお願いするよ」
元魚屋は、いつもの調子である。
「あんたかい、魚屋のオヤジだったっていうのは」
さっそく巻き毛、軽々しい口を叩いてくるではないか。
「おっ、俺も有名なんだな。
おかげさまで、こちらはね、せがれの同級生だよ。うちの馬鹿とは違って、
紙の町で、成績表は上から甲乙丙丁、となる。
「はははっ! こりゃいいや!
よろしくな」
元魚屋と、ちいさい方と、名乗りながら代わる代わる握手をして、この巻き毛、気は良さそうである。
「見たところ、このたび集まった顔の中に俺と歳の近い奴はいなさそうだったが、この部屋、もうひとり来るんだろう。まだいないな。どうしたんだろう」
「ああ、それはな、」
巻き毛は、声をひそめもせずに、
「別室さ」
「なんと?」
「あの、警備のいかついふたりを見かけたかい? 彼らはよく気がつくね、長旅で調子を崩したんだろう、ふらついていたのを支えて連れて行ったよ」
「へえ」
巖と束ね髪のことだろうか。
しかし巻き毛、どうしてこう事情通なのか。
「なんてことはない、たまたま俺の目の前で倒れたんでね。
ほんの一瞬だった。まわりの他の連中は、あまり気づいてないようだったな。
どうも長い道中、ずっと馬車だったらしいぜ。酔ったんだろうよ」
「お加減大丈夫でしょうか」
ちいさい小坊主が心配すると、
「なあに、ここは総本山だぜ。どんな備えもあろうよ」
そうして三人、あわただしく身だしなみを整え、さあ講話が待っている、と、たち上がったそのとき、
「おっ?」
巻き毛はどうにも目ざといらしい。
「いいもの持ってるじゃないか?」
ちいさい小坊主、祈祷書を鞄から出そうとしてしくじった。
「これ、まだ本屋に出回ってないんじゃないか?」
例の女剣士の表紙である。
「お詳しいようだね」
元魚屋が飛び込んだ。
「ちょっと町のやつがいたずらをしてね。町の身内だけならいたずらで済むが、ここは都だ。印刷所から売り出し前の品物が試作とはいえおおっぴらになったら、それもことだ。内緒にしてくれねえかな」
「ああ、それは心配ないよ。心得た。
いたずらねえ。
わかるねえ、なんだか真面目で、見るからに善行を積みそうな面構えだ。ついからかいたくなるようなお人柄とお見受けするよ。はは!
ところで、」
巻き毛、まだ何か話したいことを抱えているらしい。
「この作者が、覆面作家なのはご存知かい?」
「覆面?」
ちいさい小坊主が首をかしげた。
「名を伏せて本を書いている、ってことさ。
ここだけの話だぜ?」
巻き毛、声をひそめる。
「この評判小説の作者、実は聖職についている者じゃないか、って噂でね」
「ほお」
元魚屋が、妙な声を出す。
「俺さ、それがもしこの総本山にいたら、って、楽しみにして来たんだよな」
これは、元魚屋もあきれた。
ちいさい小坊主といっしょに本日二度目の、ぽかんとした顔が並んだので、巻き毛はまた、おおいに笑ったのである。
「おあつらえむきだぜ、明日から祭だからな。そうじゃなくても、祭の客に混ざっているかもしれないぜ」
「どうして、そんなに知りたいのかね」
元魚屋が尋ねると、
「俺はとにかく都ってところが好きでね。なんとか楽しんで帰りたいんだ。ひとつ目当てを作れば、それを目指して、なんとなく愉快になってくるというもんじゃないか。別に作者の正体がわからなくても、探す間は楽しいだろ?
せっかく来ているんだ、少しは役得を拾っていこうぜ。俺たちは勉強会で窮屈な建前だが、見たかい? 別室に結婚式の申込をする最後の滑り込みで別嬪さんが集まっていたのを?」
元魚屋も、ちいさい小坊主も、僧正様の件で頭がいっぱいとなっていて、あのときそんなことに気がつく余裕はなかった。
「祭に合わせて結婚式をしたがる連中が、祭の間、少ないときでも毎日五組ずつはいるらしいぜ。教会だって、勉強会だ、と表向きは堅いが、このとおりすぐ隣は晴れやかなんだぜ」
「なんだ。勉強会でははなから関係ないのだと、秋祭の結婚式が有名なのすら忘れていた。
言われてみればそうだな。すぐ隣だ。なんだか俺も楽しくなってきたな」
ちいさい小坊主も、見れば頬がゆるんでいた。
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