第8話 教会前広場には(ニ)
「本屋さんや、絵描きさんもいるんだね。儲かりそうかい?」
ますますませた口を利くので、古本屋はめずらしく愉快そうに笑った。
「ご心配にあずかりまして。
祭で浮かれたところに、掘り出し物、と、持ち出すのが腕の見せどころですよ」
「お互い稼ぎ時だね。いい冬を迎えたいもんだ」
「みなさんの一座は、今回はどのような趣向なのですか?」
「空中ブランコに、白クマの芸、火吹き男と道化師、自転車曲乗り、〈犬の先生〉の、おりこうな犬たちが計算問題を解きますその合間に、」
おいらは軽業自慢
度胸自慢と
腕自慢!
ひとふし歌って軽業坊や、その場で見事なとんぼ返りと逆立ち、
「おいらと姉ちゃんが、軽業と玉乗りをご覧にいれます。綱渡りもしますよ!」
周りで拍手が起こり、そのうち古本屋も感心して手をたたいていた。
「もったいないものを、お見せいただきました」
「ぜひ、続きは天幕で。お待ちしてますよ」
そうしてあちこちに愛嬌をふりまいて、軽業坊やは戻っていったのだ。
稽古と打ち合わせ、団員たちとの食事の支度、馬の世話が待っている。
ところが。
「ねえ、今回は、〈犬の先生〉も出るんだってね?」
拍手をしていた誰かが、声をかけてきた。
「悪魔に魂を売った、って評判の? あの〈犬の先生〉かい?」
ああ、これか、と、軽業坊やは観念した。
必ずこういうお客がいるから、用心するように言いつけられていた。
サーカスとしては、悪魔に魂を売っていたとしても構わない。その都度客を呼べる芸を舞台で見せてくれさえすれば、良いのだ。
「だって、そんなじゃなきゃ、あんなに犬が言うことを聞くわけない、って評判だぜ。その上、ものすごい美男子だって」
「ただ者じゃないね」
「そこのところ、どうなんだい?」
難しい場面である。
ここは教会前の広場。この噂話をご注進、ということにでもなれば、お偉い筋から悪魔の名前がつきまとう演者など怪しからんとお叱りを受けるかもしれない。
困ったことではあるが、反面これは、お客を引っ張られるかどうかの見せ所でもある。
悪名でもその逆でも、噂を気にするということは、天幕にお金を落とすまで、あと一息なのだ。
「どうでしょうね?
だとすれば、教会のバチが当たりますかね?」
軽業坊やは、含み笑いをして、お客たちを見る。
「たしかに、驚かれると思いますよ。
何せ犬たちは、合図の通りに整列して、計算はもちろん、逆立ちまで揃ってするんですからねえ。どう仕込むんだか、おいらにもさっぱりですよ」
「ほう」
お客たちの期待の目。坊やはしめた、と思った。
「どうぞみなさまで、巷の噂、その目でお確かめになってください。
ほかにも自転車の曲乗りは、大きな丸い籠の中を二台でくるくる円を描きながら天井まで回りますし、白クマもご挨拶をしますよ」
「そうか、楽しみにしてるよ」
お客の誰も、本物の悪魔の係累を見られるとは思っていない。
軽業坊や、と名乗る自分だって、ほんとうは坊やじゃない。芸とはそういうものだ。
舞台で芸を売る者は、誰でも決して人には見せない何かを持っていて、それはお互い墓場までの秘密とするもんだ。お互いにな。
大力親方に、そう小さい頃から言い聞かされていた。
「あ、ちび」
人込みをすり抜けて、姿を消していた黒いちび犬が駆けてきた。
軽業坊やはいつものように抱き上げて、
「さあ、帰るよ。稽古をするよ」
こんな小さな犬でもれっきとした芸人で、もちろん墓場までの秘密も持っている。
「遅くなりすみません嬢ちゃん。……いや、坊ちゃん」
耳元で、ちび犬が詫びた。
「世界の果てまで行ったのかい?」
坊やが言うと、
「はは、つい調子に乗って遠出しちまって。
さあ、帰りましょうや。いよいよ明日なんですからな。張りきりましょう!」
軽業坊やは、そのまま天幕の中へ入っていった。
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