第7話 教会前広場には(一)

 軽業坊やは、それから白クマ使いや、火吹き男と道化師、空中ブランコ乗りたち、自転車曲乗り師たちに声をかけて回り、やれやれとひと息ついて、広場を眺めた。

 犬の先生のところの黒いちびは気ままらしいから、どこか散歩に出てしまったのだろうか。先生の様子から、じきに戻るのだろうとは思うが。


 食べ物や、小間物を売る屋台がだいぶ出来上がっている。砂糖をまぶした揚げ菓子の匂いや、鉄板焼きの匂いは好きだ。祭らしい匂いだ。猫たちがおこぼれを狙ってうろうろしている。

 歌を聞かせ、芝居を見せる小屋もある。遠い町や、海や渓谷の景色、新聞で噂の化け物屋敷の真相(驚くべき内容! と、看板にある)を見せる覗きからくりの小屋もある。

 空を見れば、ぽっかりと浮かぶ気球だ。空もおかも、祭を楽しませる準備に抜かりはない。


魑魅魍魎ちみもうりょうか)


 そうは言うが、心配なのは大力親方のようなお人好しにつけこむ方の、人の姿の魑魅魍魎ではないか。悪霊払いのインチキに気をつけろと、この間から方々で耳にしていた。

 ほら、まさに今、広場の端っこで何やら小難しい演説を始めた奴がいる。化け物に甘い教会を批判しているようだが、坊やはそも正式の祓い師がいる教会の、化け物妖怪への見解などよく知らない。それよりは悪霊払いから悪霊がいる、と、因縁をつけられ大金を取られた話はよく聞く。

 そんな手合いが教会前で演説なんて、たいした度胸だ、と、感心していると、ほら、当の教会から強そうな坊さんが二人走ってきて、演説をしていた奴はネズミのようなすばしっこさでいなくなった。


 それよりも親方だ。


「父ちゃんは、おいらたちが気をつけてやらなきゃ、だめなんだろうなあ」


 軽業師でもあった母親が、あるとき奇術師と逃げてしまってから、ふたりの娘と息子ひとりで、ずいぶん無茶を支えてきたものだ。

 その息子は今、修行のため、ほかの大サーカスの巡業についていて居らず、そんなときにあの紙の町での一件だ。あとで妹たちは叱られることだろう。


「やれやれ、都だけじゃねえ、そもそも世間は油断できねえや」


 高い塀に囲まれた鐘つき塔を見上げた。

 こうしている間にも、善男善女、年寄りたちがぞろぞろと大聖堂に入っていく。祭を目当てに来て、無事に到着できたことへの感謝の祈りと献金だ。

 そうして出てくると、祭の市に混ざっている教会の許可証がついた出店で、旅の守札や、聖人の肖像画などを、みやげに求めていく。

 今日はそれだけではなく、親方が言っていたように、小坊主たちもぞろぞろとやって来るではないか。


「お祈りに来た人たちは、おいらたちにもたっぷりお金を置いていってくれるけれども、坊さんたちはなあ」


 この祭り、かのように教会に散々金が入る仕組みがありながら、小坊主含め僧侶からの支払いは辞退するしきたりがある。

 なかなかめんどうな話で、たとえば軽業坊やのサーカスに僧侶が来た場合、木戸銭係は『いえいえ。お坊さまたちからは、いただけませんよ』と、一旦ただで入れなければならない。

 祭に出た見世物仲間には教会から祝い金が配られるので、との、からくりはあるのだが、大抵、まけた分の木戸銭とはトントンだ。手間を考えると割りが合わない。

 だがそれは古くから守られてきたので、従わぬわけにはいかないのである。守らぬとバチが当たると何より年寄りたちがうるさいし、興行師たちにしてみれば、広場は巡業先として長く押さえておきたいのだ。


「やれやれ、広場代の献金も払っているのに。都のしきたりも面倒だなあ」


 先ほどから、心の声が口からこぼれている。


「ははは、サーカスの方、」


 誰かに聞きとがめられたようだ。


「都でのお仕事は、初めてですかな」


 声は、軽業坊やの背中の方から聞こえた。

 振り返ると、古本屋である。

 開くと書棚になる大きな鞄を広げて、祭の出店のひとつらしい。


「いやはや、田舎者は独り言の声が大きくて、お恥ずかしいところを」


 坊やのくせに、かような口を利く。

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