第5話 教会に集う小坊主たち
この土地にて祈りの中心となる教会の総本山が都にあるのは、かつて大僧正を頂点とする教会が宮廷と並び、政治の中枢に多大なる影響を与えていた、その名残である。
こんにち教会は、人々の静かな祈りの場。冠婚葬祭を執り行い、穏やかな暮らしを守っている。
とはいえ実際のところ、軍隊への指示も議会任せとなった現在のまつりごとの場ではあるが、いまだ多くの人心を集めている教会、旧宮廷の意向がまったく作用しない、ということは考えにくい。信仰を持つ多くの人々が、今でも大僧正のその時々のことばを支えとしている。
特権を放棄した旧宮廷の王家、貴族たちには代々受け継いだ財産と諸外国との人脈があり、おもに外交の場に人材を送って影響力を保っている。
ちなみに、教会、旧宮廷の縁者であることは、肩書きを持たぬ平民として政治家、軍人となることを妨げない。
かようなそれぞれの位置付けに加え、さらにこのようなこともある。
たとえばこの広場はおもて向きは教会の所有地ではないにもかかわらず、祭りなどでこの場を借りる場合、興行師たちが教会に献金をする習慣は途切れず続いている。簡単に政治屋が口をはさめぬ事柄がいくつも古くからの慣習として残っているのである。
議会の政治屋と、教会と、さらに旧宮廷と。その勢力の綱引きは見えないところで続いていない、とは誰も申せないのである。
いずれにせよ、まつりごとや、権威のやり取りなど、僧正のひとりであるかの老人の尊顔も見抜けなかったような小坊主たちには、まだ縁遠いはなしだ。
「お人が悪いですな、僧正様」
元魚屋の小坊主が素直に申すので、老人は大笑いした。
「ほほ、紫の衣はなかなか窮屈で、旅には不向きですからな」
ほらみろ、と、元魚屋の小坊主は心の中で痛快に思っていた。やはり本物の僧正様は違う。紙の町でひとり威張りくさっている、あの若い出世頭の顔が浮かんでいた。
かの人物はたしかに都に戻ればいずれ僧正、と目されてはいるのだが、田舎町の教会での高い立場を利用して、公の場で用いる紫の衣を普段より身に付けている、そうした手合いなのだ、と、近ごろは閉口されているのだった。
ちいさい小坊主は、緊張していた。
「……ご無礼を……」
「ほほ、何がご無礼となりましょうや、旅の友ではありませんか。
それよりこれから、退屈なお話を数日かけてお聞かせしますからな。どうぞお手柔らかに頼みますよ」
教会に近づくと、屈強な僧侶ふたりがあらわれて、僧正にかしこまると、そのまま両脇に控えた。
「小坊主さんたち、長旅ご苦労でした」
屈強なふたりの片割れが、ちいさい小坊主たちに話しかけた。
ひとりは剃髪していて、巖のよう。
もうひとりは、白髪交じりの束ね髪で、だが顔を見ると若い。
「どうぞよろしくお願いいたします」
小坊主たちが挨拶すると、巌のほうが思わぬ柔和な口調で、
「お入りになれば、受付係がおりますから、そちらに万事お尋ねください」
「ありがとうございます」
「優しい話しぶりだが、強そうだったなあ」
ふたりは部屋の割りあてを伝えられたのち、控室にて待つように言いつけられ、さっそく先ほどの僧たちの噂をはじめた。
総本山には、武芸に優れた一団が少数だが控えて警備を守っているのだった。今あらわれた巖のように、剃髪している者が多いのも、強者揃いの印象を作っていた。
その隊長ともなれば位も高く、大僧正にも近くなると言われているが、それもまた小坊主たちには縁遠いはなしだ。
「でも、聞きましたよ。お若い頃は、市場で喧嘩自慢の漁師相手に、ずいぶん勝ち星を上げていたとか」
「……せがれが余計な話をしたと見えるね」
ちいさい小坊主は笑って、
「どうでしょう。
でも、これから数日同室なのですから、僕からも息子さんについて、お話しして差し上げることが何かあるかも知れませんよ」
「お前さんも、なかなか言うようになったね」
「では、みなさん、」
髪の毛のうすい世話係の声で気がつけば、控室は各地から集まった小坊主でいっぱいだった。三十はいるだろうか。
「それぞれお伝えした部屋に荷物を置き、礼拝堂にお集まりください。
無事に集えたことへの感謝の祈り、続いて最初の講話、そのあとで夕餉となります。
本日は旅でお疲れでしょう。明日の朝の鐘から普段通りのお勤め、総本山のご案内ほか、本式に進めていきますので、まず十分に休むことを心してください」
「早く休まなきゃあなあ、」
どこから来たのかまだ存ぜぬが、黄色い巻き毛の小坊主が生意気そうな口を利いていた。
「生き馬の目を抜く都には、魑魅魍魎、くわばら、くわばら」
「面白そうな奴がいるね」
元魚屋の小坊主が、こっそり申した。
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