第2話 汽車の三人(一)
「また駅まで迎えに来ればいいんだね。六時に着く汽車だね」
小坊主たちと荷物を降ろし、小僧はふたりに確かめた。
「ああ。ぐんと徳を高くしてくるからな」
「偉くなってきなよ。
なんだい、わざわざサーカスが来ているような楽しい時に、祈祷の勉強に集まるなんてさ」
小坊主たちは今日から五日間、都の教会につどっての勉強会である。
そして、教会前の広場では明日から三日間、一年間の働きをねぎらいあう秋祭が催されるのである。
この祭は都に住まう商人たちの組合が、年に一度の在庫処分の日とした市が大きくなり祭となったもので、教会としては総本山全体をあげて、というほどの関わりはない。
それで日をほぼ同じくして、堅い集まりの日程が組まれることにもなるのだろうと思われた。
「気をつけなよ。さっきの評判読み物といい、都で集まるってことは、きっと誘惑だらけの中、試されてるんだぜ。まあ、花火くらいは見られるといいな」
小僧の馬車はそのまま、貨物列車に積み荷を預けるために、先の二台の後をついていった。実に汽車はありがたい。町の印刷工場も製本屋も、大量の発注がいくらか受けられるようになったのはこのおかげだ。
「都にもすぐ行けるし、いいもんだなあ」
元魚屋の小坊主が、弁当売りから焼いた鳥をのせた炊き込み飯と茶を二つ買い、ちいさい小坊主にも渡した。
「
三等車のすみっこに席を決めて見渡せば、あちらこちらの席で弁当が広げられている。旅らしい光景だ。
「まあ、腹ごしらえだな」
「……あっ!」
ちいさい小坊主が鞄から手巾を取り出そうとして声を上げた。
「……まったく、いたずら好きなんだなあ……」
窓を叩く音がした。
小僧が仕事を終えて帰るところらしい。手を振っている。
「よお」
元魚屋の小坊主が応じると、汽笛が鳴り、車両が動き出した。
「見てください」
ちいさい小坊主が困り顔だ。
『大成敗・女剣士地獄変』
「おっ」
「いらない、って言ったのに」
小僧が隙を見て放り込んだようなのだ。
あまり歳は違わないのに、幼い頃から大人に混ざって仕事をしているからだろうか、こんなからかいかたは、まったくませている。
「まあまあ。これから生き馬の目を抜く都に行くんだ。何が役に立つかわからんよ。しまっておきな」
「見つかったら、叱られるんじゃないですか?」
「そのときは、俺のものだって言えばいいさ。なにせ、妻子持ちで、世俗から来たばかりなんだからな。はは」
座席は、二人座りの長椅子が向かい合う箱が並んでいるかたちで、駅に停車するたびに乗客は増えてきた。
「どうぞ」
ちいさい小坊主が老人に座席をすすめ、三人連れのような雰囲気となった。
「お坊様たちですかな」
白い口ひげを蓄え質素な身なりの老人は、一人旅の風体であった。厚ぼったい上着は、このあたりの農家の婦人たちが冬の内職で手織りしたものだろう。
衿元からのぞく白い
「見習いです」
そう話していると、別の車両からぞろぞろと乗客が移ってきて、小坊主ふたりは彼らにも席をゆずり、通路に立つことになった。
「心がけのよいことです」
「なに、修行中です」
「どうもすみません」
どうも、ご年配の客が多い。
「祭の見物ですよ。孫たちが待っているんです」
「ははあ、そうでした。天気も良く、到着が待ち遠しいですね」
「市でなにかねだられますよ。服でも買ってやりたいんですが」
(『きっと誘惑だらけの中、試されてるんだぜ』)
小僧の言葉が思い出される。誰もが楽しい時に、勉強会とは。
とはいえ、このたびさまざまな土地より集まるのは新顔の小坊主ばかりなので、そんなに堅く考えることもないのだ、とも伝えられていた。
これから修行を重ねる仲間同士、顔を合わせようという親睦の目的もあるのだ。
となれば、祭の雰囲気を眺めるくらいのことはあるのではないか。少なくとも、祭の終わりに毎晩あがる花火は、教会のどこの窓からも見られるのであるし。
そうそう、本屋の在庫処分市ならば許された年もあったと聞いたことがある。
普段よりあまり厳しいことを申さない僧侶のひとりが口をすべらせたのだが、あまり期待はせずにおこう。
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