マウンティングゴリラのドラミング

燈 歩

マウンティングゴリラのドラミング

剛田「なぁ、知ってる? 野生のゴリラはバナナ食べないんだってよ。なんでだと思う?」


前野「……はぁ?」


剛田「だから、野生のゴリラがバナナを食べない理由!」


辻「いや、だからなんで突然ゴリラの話? 前野のデートコースの相談じゃなかった?」


剛田「それで思い出したんだよ。デートと言えば、動物園だろ? 動物園で使える豆知識。知ってて損はないだろ」


前野「なんで動物園でそんな豆知識披露しなくちゃいけないんだ……」


剛田「そんなこと言ってるからデートが上手くいかないんだろ。女の子を喜ばせる技術をわざわざ教えてやってるのに」


前野「それと豆知識とは関係ないだろ」


剛田「大アリだね。どんな場所でもどんな話題でも女の子を喜ばせようっていう精神がないからダメなんだよ。動物園だからとか、舐めてるのが女の子にも伝わるんだよな」


前野「舐めてない舐めてない」


剛田「どこに行くかももちろん重要だけど、どうやって喜んでもらえるかってことを考えないから続かないんだよ。女の子だけじゃなくて、営業も一緒だろ? この前なんかそのネタで、新しい契約取ってきたし、やっぱ大切だよ」


辻「出た。マウンティングゴリラ」


前野「すーぐ自慢しやがる」


剛田「あ、お姉さん、ハイボールください」


前野「あ、俺ビール」


辻「俺もビール」


剛田「お前らな、いつまで若いつもりでいるんだよ。課長の腹、いつも見てるだろ? ビールはプリン体がたっぷりで下っ腹が出る原因になるんだぞ。メタボの温床、筋肉の敵だ。おっさん化したくないなら、俺みたいにハイボールを呑むんだな」


前野「うぜえ」


辻「飲み自体たまになんだから、そう言うなって」


剛田「そんな甘いこと言ってるからダメなんだよ。だいたい飲み会はたまにかもしれんが、どうせ家で晩酌してるだろ。身体作りは一朝一夕にはできないんだから」


辻「ああ、はいはい」


剛田「俺のよく行くジムはどんなヒョロガリでもちゃんと結果出してくれる凄腕トレーナーが多いからオススメだ。それに可愛い子もいるから、モチベ上がるぞ。俺の会員特典で通常より安く入れるから、紹介してやるよ」


前野「可愛い子には興味出た」


辻「やめとけやめとけ」


剛田「ま、その子の連絡先、俺はもうゲットしたし何回か遊んでるけど」


前野「本当、いちいちだよな」


辻「今に始まったことじゃないだろ」


前野「そうだけど」


剛田「しっかし、自己肯定感って大切だよな。筋トレは分かりやすく底上げしてくれるし、何より筋肉は裏切らない。そして自分の自信につながる。しかもジムで出会いもあるなんて、やらない理由がないだろ」


前野「その間ずっと剛田の話聞き続けなきゃいけないんだろ? どんな拷問だよ」


辻「逆に金もらいたいくらいだな」


剛田「俺はみんなのためを思って言ってるのに。この心優しい俺の気持ちを踏みにじるつもりかよ」


前野「優しいって、自分で言う?」


剛田「この前だって、谷口さんが困ってたからナガミネ商事の志村さんの対処法を教えてあげたし、関さんには課長のご機嫌タイミングを教えてあげたし、松井さんは彼氏のことで悩んでるみたいだったから男が喜ぶプレゼントなんかを教えてあげたし。俺、結構いろんな人の相談に乗って解決策を教えてあげてんだぜ。優しいじゃん」


前野「話、長いんだよ、剛田は」


辻「というか、そういうところだよな」


剛田「どういう意味だよ。純度100%の善意で教えてることが悪いことだって言いたいわけ?」


辻「誰もが解決策を欲しがってるわけじゃないだろ。愚痴を聞いて欲しいとか、そんな程度をいちいち自分の武勇伝と一緒に語られるのは面倒臭い以外の何物でもない」


剛田「武勇伝なんか言ってないじゃんか。俺の経験エピソードを話してるだけだろ」


辻「それが無意識のマウントだって言ってんだよ。剛田は仕事できると思うよ。だけど、そのコミュニケーションが面倒臭いんだよな」


剛田「じゃあなにか、話すなってことか? 黙って、ただ黙々と仕事してりゃいいって言うのかよ」


辻「そうは言ってないだろうよ。剛田が努力家なのはわかるけど、その自慢に聞こえる自分語りが全部台無しにしてるって言ってんの」


剛田「意味わかんねえ。何考えてるかわからない人間と仕事なんかできないだろうが。そりゃプライベートすぎる話題は話さないけど」


前野「俺すげえ!以外の引き出しないの?」


剛田「俺なんてダメな奴だ、って思ってる人間の話聞きたいか? そんなのは一人でやってろって俺は思うね」


辻「剛田だって清水部長の仕事ができる自慢、嫌だって言ってただろ? 似たようなもんだよ」


剛田「一緒にすんなよ! お姉さん、ハイボールおかわり!」


前野「いやこのタイミングで頼むのかよ」


剛田「食器下げに来たタイミングでオーダーした方が働いてる方はラクなんだよ。今日みたいに混んでる日は、グラスなくなるから頻繁にテーブル行き来しなくちゃいけないのに、さっき行った卓でビールだけ注文されるとか、殺意沸くからまじで。俺が学生の頃はチェーンの居酒屋でバイトしてて……」


前野「だから、いいって! 話長いんだよ!」


剛田「なんでだよ! 言わなきゃわかんないだろうが!」


辻「なんでもかんでも全部言わなくたって、伝わるものはあるよ。それに剛田自身が苦労話を言うより、誰か、例えば前野が剛田のいないところで剛田のエピソード話した方が絶対いい伝わり方するだろ」


剛田「じゃあ俺の話してくれんのかよ」


辻「周りが口を挟む余裕もないくらい、ずっとしゃべってんのは剛田だろ。ほら、おしゃべりな男より、寡黙な男が好まれることもあるだろ? 少し、違う一面を見せてもいいんじゃないか」


前野「そうそう、黙って背中で語る感じってかっこいいよな」


剛田「背中かぁ」


前野「剛田は、背中広いからできるって」


辻「物理的な話じゃないけどな」


剛田「すぐにリアクションが返ってこないと焦って話し続けちまうからなぁ」


前野「そんなお笑い芸人じゃないんだから」


剛田「わかったよ、ちょっとやってみるわ」


辻「しゃべりたい気持ちをぐっと抑えて、オトナなオトコを目指していこうぜ」


前野「剛田の練習がてら、二軒目はバーだな」


辻「ああ、いいんじゃないか。しゃべりすぎない練習になるだろ」


剛田「なるほど。そうやって練習すればいいんだな」


前野「よし、そうと決まったら移動だ、移動!」


剛田「そういや、BARってなんで非日常感あるのか知ってる? 禁酒法のなごりで……」


前野・辻「そういうとこだよ!」

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