事件シリーズ そして、事故物件になる。

龍玄

なりすまして、事故物件になる

 甘粛省の蘭州出身の王は、一旗揚げようと職を求めて日本にやってくる。知人の中華料理店で正社員として働きながら自分の店を開くため質素な生活の中から開店資金を蓄積していた。早いもので10年が絶ち日本語も日常生活には支障のないまでになっていた。その頃には、日本人と結婚し、日本国籍を取得する。妻となった架純の預金も加え、念願の中華料理店を開いた。多少の借金は背負ったものの勝算はあった。心配性の王は、預金をつぎ込んでくれた妻を思い、万が一を考え、支払額を抑えつつも多数の生命保険に入った。開店時は好景気の兆しがあったもののいざ開店すると景気は低迷していき、日本での商売に行き詰まり始めた。経営の悪化は、夫婦仲をも悪化させ、開店し幾年も経たずして離婚してしまう。細々と店を経営していた王は、日本に留学してきた中国人の女性の琳と知り合い結婚し、それを機に女性も日本国籍を取得した。新たなスタートも景気は低迷したままだった。

 同じ時期、中国では経済発展に沸いていた。王夫婦は、中国に戻り商売した方がいいと考えた。子供が小さかったので生活基盤が安定するまでそれぞれの故郷に戻る事にした。王は、蘭州に戻り、妻の方は、南京に戻った。

 王は商売を始める為に友人から金を集めた。中国では銀行で借りるよりこれが当たり前だった。中国では、金融機関から経済動向を探るのが難しい要因となっていた。

 資金集めに躍起になっていた王のもとに琳から電話入った。子供の具合が悪く、一度戻ってきて欲しいと言う者だった。日本育ちの子供には、水や食べ物が合わなかったのか微熱と下痢を繰り返していた。南京まで距離があるため、王は所有する車を弟に預け、琳と子供の待つ南京には飛行機で向かった。琳は王と話して暫くして、公安から連絡を受けた。その内容に琳は、悲しみのどん底に落とし込まれた。公安の話では高速道路を走っていた王の車が何らかの理由で炎上し、王がなくなったというものだった。車の炎上が激しく、遺体の損壊が激しく、結果、残された所持品から公安は車の持ち主が被害者だと断定したものだった。

 琳は途方に暮れ、父である鄭を頼った。そんな時、驚くことが起きる。何と死んだはずの夫である王から南京に着いたと電話が入ったのだ。


 「あなた生きていたの?」

 「何言っているんだ?」

 「公安からあんたが亡くなったって連絡があったのよ」

 「何だって…。それは、弟の梁だ」

 「えっ。じゃぁ…。ねぇ、あんた日本で保険に入っていたでしょ」

 「ああ…」

 「死んだのは、あんたよ。そうすれば保険金が手に入るじゃない」

 「そ・そうだな」

 「あんた、暫く姿を隠していて、その間に戸籍の抹消と保険金を受け取るから」

 「ああ…」

 「時間が掛かるだろうけど、我慢するのよ、大金を手に入れる為に」

 「ああ」


 琳は、手早く手続きを終え、保険金詐欺を成立させた。王は、新たに身分証明書を偽造し取得して、楊として成りすましていた。中国では、身分書、免許書、卒業証書、資格証書など何でも偽造として手に入るので成りすましなど安易な事だった。

 受け取った保険金は、一千万元以上。日本円にして約一億六千万円以上だった。


 保険金を手に入れた琳は、王に連絡を取った。王は深夜、琳の元に訪れた。


 「上手くいったな」

 「あんた、これからは死人よ。私たちに会うのも今日が最後よ」

 「分かってるさ。貰うものさへ貰えば、消えるよ」

 「約束したわよ」

 「ああ」


 琳は、受け取った保険金を手続きや手数料など差し引いてで六百万元だといい、王である楊に折半し、三百万元、日本円で五千万円弱を渡した。王こと楊は意気揚々と南京の街に消えていった。当初は大金に気持ちが大きくなり、我が世の春と人生を謳歌していた。やがて、友人とも話せない、実家にも帰れない孤独感、身分を隠して生きることに疲れ始め、酒、ギャンブルで気持ちを誤魔化す毎日。そんな生活が長続きするはずがなく、手持ちの金は底をつくことになる。金に困った楊は、琳の元に訪れ金を無心するようになる。琳は一回は応じたが、これが二度三度となり、やがて王が生きていることが周りにバレる事を恐れ始めていた。

 琳は祖父である鄭71歳に相談した。鄭は真相を知り驚くとともに娘と孫の将来を憂いた。琳の不安は的中し、楊は度々、琳の元に訪れては小遣い銭をせびり、応じないでいると保険金詐欺をばらすと琳を脅すようになった。

  

 「おじいさん、もう限界よ。このままでは、お金を毟り取られ、王が生きてることもバレ、保険金詐欺で捕まるわ」

 「あんな奴のためにお前たちが不幸にならなくていい、私に任せなさい」

 「任せるって、どうするのよ」

 「そんなことは…。ちゃんと話を付けるから心配するな」


 荒れ果てた生活に嫌気がさした王こと楊は、日本に戻ってやり直す覚悟で琳のもとを訪れた。


 「なぁ、琳。今まで済まなかった。俺が近くにいたら迷惑をかけるから日本にもどるよ。だから、パスポートを返してくれ」

 「何言っているのよ、そんなことしたらあんたが生きていることがばれるじゃない」

 

 琳と王は激しく言い争い、つかみ合いとなった。祖父は、万が一のことを考え、物陰に隠れていた。琳が危なくなるのを見て、玄関に出向き来客を装った。その気配を感じ王は、後日来るまでにパスポートを用意しておけと捨て台詞を残して逃げ去った。泣きじゃくり絶望する琳を見て、鄭は決断した。

 翌日、鄭は、気の振れた琳の昔の恋人が付き纏い困っている。頭が可笑しい奴だから強制的に精神病院に連れて行くから手伝ってくれと友人に頼んだ。そうとは知らず訪れた王は、数人の男に掴まれ、拘束され、鄭の所有する別荘に連れていかれた。

 鄭は、後は病院に連絡し、連れて行ってくれる手はずだと友人に礼を言い帰らせた。鄭は、床に転がる王の頭に目掛けて、幾度も棍棒を振り下ろした。王の絶命を確認するとガレージの中で遺体を解体し、別荘の近くの山の頂上に遺棄した。

 その遺体は、思いがけなく早く山菜取りの近隣の住人に発見される。見つからないはずの場所は、山菜取りの人達にとっては、馴染みの場所だった。

 遺体を隠したビニールシートに残された指紋や残留品からすぐに身元も犯人も判明した。殺害した鄭と遺体解体を手伝った琳は呆気なく逮捕された。

 鄭が所有していた別荘は、ガレージで遺体を解体したため、事故物件となり、価値は半額以下になり買い手がつかないでいた。やがてオークションにかけられ、ある老婆が半額より少し高い値段で購入した。老婆の目的は、長期保有し、高値で売るつもりではとネット民は、噂している。

 


 

 

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