血が通っている
城崎
話
仕事が、つらい!
今日も、もはや当たり前のように残業だった。毎日少しずつとはいえ、本来の就業時間を過ぎてまで書類やデスクトップと向き合っていると気が滅入る。帰宅しても必要最低限のことすらする気力がなくだらだらとしていたら、楽しいことをする時間もないまま睡眠時間になってしまうくらいだ。この時間に寝ないと、明日の仕事に支障が出る。最悪、寝坊してしまうかもしれない。それは避けなければならないという思いから、嫌々ながら、布団に潜り込んだ。
生活がつらい。生きることがつらくくるしい。寝る前に思うのは、いつもと同じことだ。
でも!
今の私にはわずかながらにも救いがあるのだ!
誰にするわけでもないのに、自然とドヤ顔になってしまう。それくらいの大きな救いだ。
スマートフォンをタップして、とあるソシャゲを開く。そこには、この前引いた限定バージョンの推しがいた。本当にかわいい、癒される。引けて良かった。この子を引けてなかったら、どうなっていたか分からない。
ゲーム自体を進める気力はないので、交流画面で彼女をタップする。ハートのエフェクトが散り、ボイスが流れた。
「本当に嫌なことが起きた時って、逃げたくなるよね〜」
「……え?」
はじめて聞いたボイスだ。一通りコンプしたと思っていたんだけど、どうやら違ったらしい。
っていうか、カナミちゃんにもそういう時ってあるんだ。完璧だと思っていたけど、人間だもんね。そういう時があってもおかしくはない。
私にとっての逃げ道はカナミちゃんだけど、カナミちゃんにはあるのかな……。いやいや、あるよね。こんな素敵な仲間と一緒にいるんだもん。相談先だってたくさんあるだろうし、嫌なことを塗りつぶせるほどのキラキラがたくさんあるはずだ。そうであってほしいという思いを、抱くまでもないだろう。
○
カナミちゃんと会えなくなってしまう。
ソシャゲの終了が決まったという正式な告知を目にして、私は最初にそう思った。
そんな、そんな、そんな。
失意に沈みながらも慣れた手つきでゲームを開き、交流画面でカナミちゃんをタップする。
「本当に嫌なことが起きた時って、逃げたくなるよね」
いつかと同じ台詞に、どこか安心する。けれどもう、君には会えなくなるんだ。励ましてもらえもしないし、スクショがいくら残っていたところで正式な形で姿を見ることもできない……ヤバい、泣きそう。つらい現実から、これからどうやって逃げればいいんだろう。助けて。
すると、カナミちゃんが『私』を認識したかのようにまばたきをした、ような気がした。疲れているから、きっと幻覚が見えているんだろう。パキパキと何かが壊れるような音が聞こえているのも、気のせいに違いない。
「いや……え?」
気のせいじゃ、なかった。
手のひらのスマホが、壊れていく。
壊れていく? 違う、内側から壊されているんだ。カナミちゃんが、外に出ようとしているから。
外に? なんで? どういうこと? カナミちゃんは、カナミちゃんは……。
様々なことが頭を浮かんだけれど、どうすればいいのか分からないままに、カナミちゃんの姿を見つめていた。現実に現れたカナミちゃんは、ソシャゲ内の姿と何一つ変わらなかった。すごく可愛くて、すごくキラキラしている。目の前のキラキラから、目を離すことが出来ない。
「一緒に逃げちゃおう!」
全身がこちらに現れたカナミちゃんは、そんなことを言ってこちらに手を差し出す。逃げちゃおう?
「どこに……?」
「誰も知らないところへ!」
そして彼女は、私の手を取って走り始めた。
部屋を飛び出て、どこに行くんだろう。行く場所なんて分からない。ただ連れていかれるまま、ついていく。
ふと振り返ったカナミちゃんの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。その顔があんまりにもかわいかったから、私は彼女の手を握り返す。温かな手に安心した。
彼女と一緒なら、どこにでも行ける気がする。
血が通っている 城崎 @kaito8
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます