【好奇心の令嬢〜Assault Travel in NY〜】

@MULASAKI

第一部

【好奇心の令嬢〜Assault Travel in NY〜】


・プロローグ


「こちらグレイハウンド、HQ、スペイン広場からサンタンジェロ城までのテヴェレ川付近一帯の封鎖、及び民間人の避難完了、

 戦車大隊、歩兵部隊、スナイパー部隊のアンブッシュ完了、目標を未だ補足せず、over」


「こちらHQ、戦闘配備の完了をマップデータ上でも確認、「目標」は現在ブランドストリートから西へ向け進行、いや、移動中。

 何をしでかすかわからんがテヴェレ川西岸上陸は死守せよ、サンピエトロ聖堂には近づけさせるな。」


ローマ市街テヴェレ川沿岸に構えるある一個中隊

「隊長、今回の作戦はあくまで「目標の確保」とありますが戦車隊や重火器の仕様許可が降りてる理由がわかりかねますよ」


髭を顎まで生やした部隊長はサングラスをかけたまま双眼鏡をのぞきながら部下にぼやくように返す。


「作戦概要には一通り目を通したようだなぁ..通報から駆け付けた警官隊は武装解除させられ軍への出動要請、軍先遣隊の到着からわずか5分足らずで通信途絶、

最後に入った通信では「目標に対しての鎮圧銃およびライフルによる効果認められず」とあるが当たり前だぁ、やっこさん、ありゃ「ジゼ」だ」


「ジゼとはなんです?作戦概要には「目標の外的特徴は20代半ば頃の性別女」としか、」


「おまえ、アカデミー出身だったよなぁ?派兵経験は2016年の中東派遣のみだったか、まぁあんな駐屯してるだけの任務じゃこれが初の「実戦」になるかもなぁ、

 知らんのも無理はない、が、もう間もなくわかるさ...」


足元に地鳴りのようなものを感じると同時に空気が揺れ、無線から「スナイパー隊一斉に目標へアプローチ」と本部からの通達が聞こえた。



テヴェレ川東岸のスナイパー隊5ペアがブランドストリート西部にて目標を確認、スポッター(観測手)のカウントと同時に一斉にトリガーを引く用意をする。


スポッター

「目標を肉眼で確認、カヴール橋に向け移動中、距離1500、カウント0と同時に射撃、3.2.1fire... !?」 


その女はジェラートを片手にまるで午後の散歩を嗜むような歩調で移動を続けていた

タタタタタンッ!と5つのポイントから一斉に狙撃音が鳴るのと同時に赤いハイヒールの足元から黒い砂塵のようなモノが細い線上に形成され、体の1m手前で5つの方角から発射された50口径弾を同時に絡め取るように静止させていた。


その一つを指でつまむように手に取ると「あら、さっきの店で気になったルージュと形も大きさも似てるわねぇ、でもレディへの贈り方としては少し雑じゃなくて?」

そう言うと同時に砂塵のようなモノで絡めとった4つの弾丸を発射方向へそのまま射出し、手に持った最後の弾丸を放るとデコピンの要領で弾き返した

その精度たるや、各スナイパーのアンチマテリアルライフルにことごとく命中させスナイパーの手は使い物にならなくなっていた。


「もう帰ろうかと思ってたのだけど、あんなモノ(戦車)まで用意しちゃって・・・可愛い、少し遊んであげようかしら」


そう言うと彼女の足元から黒い砂塵のようなものがまるで濃い霧のように湧きあがり大地を覆い尽くさんとばかりの津波のような形状をつくり前方の戦車大隊を覆った。


中隊員

「っ!のまれる!HQ!」 zazazazazaaa...

「通信障害!?この霧、砂塵?、砂鉄?...」


数刻前


ローマ市街ブランドストリートのとある高級ブランドブティック

その女は透明なプラスチックケースに入った赤い「ワインのようなもの」とご当地名物のジェラートを起用に片手で持ちながらショッピングをしようと店内に入った


女性店員「いらっしゃいませ、素敵なお召し物ですね、今日はどんなものをお探しでしょうか?」


「あらありがとう、特に決めてないわ~」といいながらジェラートを頬張る


女性店員「ご飲食物をお預かりしておきますのでこちらにどうぞ、観光ですか?」


そういうと慣れた手付きで小さなトレイを差し出し「飲み物」とジェラートを預かると少し離れたガラスのカウンターへ置く。


女性店員「こちらのスカーフなどいかがでしょう、今年のモデルで首に巻いても鞄などに着けてもお洒落ですよ」


「ん~ここの服はワタシ好みじゃないけどソレはいいわねぇ、」


店員が気付くとスカーフはすでに女の首元に飾られ、女はジェラートを片手に持っていた。


「ありがとう、お代はソコに置いたわ、」


「それにしてもこの街の『じぇらーと』っておいしいわぁ、代わりに御釣りとあのドリンクはあなたにあげる、私の飲みかけだけどこの街のジェラートへのお返しよ」


店員が少し驚きながらカウンターに目をやるとそこにはトレイに乗ったドリンクの横に小さな宝石の山が出来ていた。


慌てて店員がカウンターへ駆け寄るとそのころには女は店を出ようとしていた。


女性店員「お、お客様っ」


「安心なさい、ホンモノよ」


そう言われ女性店員がトレイに目やると宝石ではなく「飲み物」のほうに気付く、そこには確かに偽物には到底見えない「ホンモノの眼球」が入っていたのだ。


そうして女性店員の悲鳴とと共にブティックをあとにしたのが警察への通報につながり、

包囲した警官隊の制服と銃を取り上げ、警官達の下半身の「銃」を軒並みあらわにさせたのが今回の発端であった。


・本編


「ジゼ様、お控えください先日のローマ市街でのような事があっては...」



「しつこいわぁ、ジョドー...行くと言ったら行くわ、それともあなた私に一生籠の中の小鳥をやってろとでも言うわけぇ?」


ジョドーというその人間離れした体躯を持った男は主人に跪き深く頭を垂れていた。


発せられるその声はとても低く、深く、そして困惑が混じっている。


一方のその「ジゼなる主」、頭髪と肌は凍てつくような純白、真紅のルージュはさながら雪原に咲く赤い花のごとく際立ち、華奢な体格とは裏腹に

豊満な胸元を強調するかのように露出させた衣装を身に纏い、身の丈の三倍はあろう大椅子に足を組みながら座り、すぐ横に跪く男には目もくれず自分の爪の色形を気にしながら気怠げな声でその臣下に答える。



男は続ける


「そうではありませんが、もう少しお立場と時代をお考えていただきたく申しているのです。」


「先日のジゼ様のローマ市街での「お買い物」で出た被害はユーロ国連軍戦車隊2個大隊、歩兵隊4個中隊、都市一部半壊、

奇跡的にも築年数20年以後の建造物並びに歴史的建造物の損壊は見られず、軍人への重傷者はあれど死者0名、民間人への死傷者0名。

この話題は今や「ネット」という媒介を通し全世界へ報道され、ユーロ諸国上層部も隠蔽にも限度があると言って来ております、

17世紀とあるアジアの小国をジゼ様の匙加減ひとつで廃都と化した時代とは違うのです。」


主はぼやくように返す

「だからユーロには「ウチの研究員達のサンプルを少し提供する」で黙らせたじゃない、いくら21世紀の科学が進歩したとはいえあの猿達にとってはお釣りが来ても良いくらいの技術提供よ...


そうそれにそのネット!それよぉ〜なんでも「インスタ」なるもので実際に人々が集まらずとも社交会のような事をしてると言うじゃない、ワタシもやりたいわ、できるようになさいよっ」



そう言い放つとおもむろに取り出したスマートフォンを床に投げる。


『流行りだから』という理由で買ったはいいものの今までろくに触ったことがなかったのだ。

 正確には必要性が無かったのも大きな理由ではあるが、本人としては「最近の若い女子」のようにいつか

 使いこなしてみたいとも思っていたようだ。



臣下の男は深くため息をつき


胸ポケットからベルのような通信装置を取り出し部屋の外にいるメイドの1人を呼び出した。


部屋をノックし「お呼びでしょうか。」と一人の女性メイドが入ってくる


ジョドーがメイドに言いつける

「俺にはわからんゆえ、おまえがジゼ様のスマートフォンに「インスタ」をインストールして差し上げろ」


メイドはあっけにとられた様子で

「は、はぁ、インスタを、ですか...」と言いつつ手慣れた手つきで作業を終わらせスマートフォンを主のもとへ運ぶ。


さっきまでの気だるげな表情とは一変し、まるで新しいおもちゃを見る子供のような瞳でスマーフォンを手に取ると

浮ついた気分を隠すことなくスマーフォンに食い入る。


ふんふん、ふむふむ、こうか!


めくるめくポーズで何枚もの「自撮り」を決め込み、それをジョドーとメイドに見せびらかす。


ジョドーは心の内で「これでジゼ様が少しでも満足し、城内で過ごす時間が増えればと願っていた」が、

その願いは逆の方向へと拍車をかけることとなってしまったのは後の顛末である。


「あら~こんなお料理まで皆々は投稿してるのねぇ、中華、フレンチ、懐石、ん~でもどれも見飽きてるわぁ」


ジョドーの脳内ははめぐるめく思考を凝らしていた、

あるときには「ジョドー、本場の四川料理が食べたいわ」と言われれば主の外出に先んじて中華連邦政府にホットラインを繋ぎ、

あるときには「本場の懐石料理と寿司が食べたいわ」と言われればすぐさま日本国首相へ取次ぎ「最悪の事態」に備えてきた。

数日前はジョドー200年ぶりの不覚、主の部屋へノックを繰り返すも反応がなかったため入ってみるとそこには主の姿はなくメモが一枚書き残されていたのだった。

『ジョドーへ、本場の「じぇらーと」を食べに行ってくるわね(ハート)』


それゆえの惨事だったのである。


そんな中ジゼはスマートフォンに映る写真からあるものを見つけて心躍っていた。


「なに、これは...パンに野菜の切れと肉を挟んだだけのもの、添えてあるのはジャガイモを切って揚げたモノだけ?」


バーガー&ポテトである


「なに、なんなのよ..こんな粗末な作りなのになんでこんな輝いて見えるの..不思議ね、ソソるわぁ」


ジョドー脳内さらに思考を巡らせる、これはマズイ、いつもの「本場に~」を言いかねない

バーガー&ポテトの本場...起源を英国もしくわドイツのフィッシュ&チップスとするがおそらくそこではない...

現代最もポピュラーとされてる国とすれば、米国か!これはまた厄介なことになる前に根回しを...


「ゴホンッ、ジゼ様それでは私は執務がありますゆえこれにて失礼いたしますが、先ほどのご忠告をお忘れなきことと、「お出かけ」になる

 際には必ずこのジョドーめに一言告げてくださいますよう..それでは」


そんな臣下の心労など気にもせず今やその手の平の中ひとつで各国の名スポット、グルメなどを閲覧できてしまう事に夢中であった


「これが『自由の女神像』ね、この土地も独立国として旗を揚げる前から何度か行ったことはあるけれど、

 行く用事なんていつもあの'いけ好かないシャーマン(インディアン魔術師)'の所ばかりで、気にして見て回ったことなんてなかったものね、

 それが今では自由と夢を謡う国ねえ、嫌いじゃないわ、決めた..フフフ」


思い出にふけりつつ次の「お出かけ」の目星をつけ上機嫌のジゼであった。


「その女」、ジゼの勢力の起源は中世ローマ帝国時代にも遡り、その前よりも存在していたとされる説もあるが

歴史上の表に出ないことと文献などの資料もみあたらない事によりその実態は定かになっておらず、またその勢力が一大国家級とされることから

はるか昔より世界各国との間に太いパイプがあったとされている、言わば不可侵条約のようなものが暗黙視されていたのだ。

その表上存在しない世界情勢とそれを支える各国の動きを組織と見立てた都市伝説が一般では「フリーメイソン」などという名称で出回っている。


数日後

~米国国防総省ペンタゴン~ そのとある一室に特別会議室が設けられていた。

議題は数日前にある勢力から送られてきた通信内容『主の外出についての協力要請』


その議題と対策に20名ほどの各部門のトップが頭を抱え沈黙していた。


「バカらしい!古いしきたりとはいえこれはもはや我が国家への侮辱だ!」

M.I.Tを首席で卒業し軍事経論のエキスパートとして勤務しているフィリップ.T.ダグラス(42)はそう一括する。


「まぁ落ち着きたまえフィル、君の気持もわかる、が、これは『あちら側』からの誠意であって我々の先達もそう捉えてきているのだ」

国防総省副次官(代理)ダニエル.D.ジョンソン(73)はそれをなだめ事態の穏便な収集を促していた。


「左様、ダニーの言う通りこれは『あちら側』の誠意の表れと儂も見ておる、それにここで事を荒立てる

 ようでは「エリザベス2世の秘密の茶会」を台無しにし彼女に顔向けできんというものだ、旧ソビエト時代の借りもある..」

経歴、年齢、役職不明の老人の一言で会議は「あくまで穏便に」という方向で可決された。


「で、彼女の行先と到着予定日時は?」ロバート.L.メイスン作戦参謀(仮)(55)


「先方からの最新の情報では米国時間、明後日am10:00頃NY、マンハッタン島への上陸の可能性が濃厚かと目されます、それにあたりマンハッタン島ならびに

周辺地域へは大規模災害演習の名のもと避難勧告を出す案が迅速かつ最有力候補としてあがっております。」ジョージ.S.ストンプ空軍中佐(39)


「あまりにも粗末な名目だが仕方なかろう、なにせ残すところわずか数日という短時間に170万人以上を「ウソにより」移動させねばならんのだからな」

もう一人の音声でのみ会議に出席している経歴年齢不詳の老人の声が会議にいったんの区切りをつけたところで米国ホットラインの受話器が鳴り響いた。


一同に緊張が走る。


米国大統領補佐官が受話器を取る


「こちらユナイテッドステーツ、まずは緊急ということもありプレジデントではなく補佐の私トーマス・ヨハンソンが代理を務めさせていただく事の非礼を詫びる。

 ...はい、...はい、What`s!? oh...Thank you for the infomation..good luck.. 」

震えた手で受話器を降ろす。


「皆、落ち着いて聞いてほしい...「彼女」が向こうを立ったそうだ。」


午後23時12分

マンハッタン


ハドソン川と6番街に挟まれた場所にあるディスコクラブ「シエラ」

そのクラブの地下には一般には知られていない非合法の小規模カジノがあった。


カジノフロア、バーカウンター横のソファ席


ハンチング帽を被りサングラスをかけ派手なアロハシャツを着た黒人男が奥のスタッフルームから出てくる

情報・非合法物・銃火器売買人、

通称Becker(ベッカー)


一方ソファの奥でくつろぐ男は黒髪のセミロングに冗談のような白塗りフェイスペイントをし黒いコートに袖を通さずマントのように羽織る、B.Jと名乗りそれがそのまま愛称とされていた。


好調そうだなぁBJ! バチカンの帰りか?来るなら電話くらい..


と、アロハシャツ男が挨拶がてら喋るのを遮る


まぁ座れよベッカー。


アロハシャツの男は嫌な空気を感じながらも席につく


お、おうでは失礼させてもらうぜ...と男が腰掛けるとテーブルの下から無数の刃物が下腹部まで伸びていた。


白塗り男は手をソファの横にもたれ相変わらずの姿勢のままだった


お、おいおい穏やかじゃねぇなぁお前さんのハロウィンはいつものことだが世間じゃまだ早過ぎ...


その達者な口を塞がんとするばりに大きな刃物が2つガシャリと音を立て鋏のようにテーブル下に追加される。


心あたりはあるなあ?ベッカー俺は残念だ。


まてまてぇ!SVR(露、諜報機関)に潜らせてある奴から対象の死亡も確認した、見事なもんだったぜ!情報通りドイツ側からの干渉もなかったろぅ?報酬もきっちり口座に、、


そうじゃねえ、キャンディーのほうだ。

よくもあんな薄めた混ぜ物寄越せたものだな。

どっかの誰かに俺への「贈り物」として渡されたのなら素直にそう言え

完全にどっかの誰かさんの使いパシリに落ちたというなら今ここで楽にしてやる

今までのよしみ、せめてもの情けだ。


冷汗がアロハ男の額を伝う

あ、ああそっちか、「手違い」なんて常套句はアンタにゃ通じねぇわな..

実はそっちの原料の仕入れが追いついてねぇんだ、例の大企業様のウィルスにこの前アップデートがかけられて以来トリップできる成分が軒並み手に入りずらくなった、ルート元も追いつけてねぇ畜生め!、すまねえ...


ぬるぬるとテーブルの下から刃が引っ込んでいった。


ふぅと一息つきようやく帽子を少し上げ額の汗を拭う


その「手品」を見ると初対面のお前さんをからかった時を思い出すぜ、今日は奢らせてくれぇ俺から話したいこともある。


そういうとアロハ男はバーテンに注文をする。

バーボンをくれ..ダブルでな、あとシャンデイガフを、ガフはビア薄めで頼む。


バーテンが下がるとアロハ男が懐から小包を取り出す。


キャンディーの質は変わらねぇが今回はこいつを詫びにオマケしよう、例のウィルス散布事件以来滅多にお目にかかれねぇ代物だ。


そういうと小包をBJの方へテーブル上を滑らすように渡す。


小包を開け中身を覗き香りを確かめる。


これは随分と懐かしい見覚えの葉と香りだ、確かに本物に見えるが?残りモノもとっくに世の中から消え今や新たな栽培もきつかろう?。


アロハ男は小さく辺りを見回すと得意げに話し出す。

例のク◯ッタレ大企業様がウィルスを散布して以来大規模な野外栽培は軒並みオシャカにされたが屋内の栽培屋共は場所を点々としながらまだ作ってる噂は本当だ、そのほとんどがどこかの企業の買占めに合い構成員の一家共々もれなく棺桶行きにされるがしぶとい連中がいるもんだ、ついこの前あの北アメリカ一帯をしきるマフィア、ルイーダファミリーが本物を仕入れてるという噂が流れたがありゃ本物に似せた別種のガセだ、効き目も粗悪なもんだぜ。

ウィルスのアップデート次第でいつキャンディーの質を下げざるを得なくなるかと危ぶんでた俺は独自のルートでとある栽培屋と直接コンタクトをとってたのさぁ、それでも半年は企業のネズミやら国の潜入捜査と勘ぐられてたが、先日ようやくモノを受け取れたってぇオチだぁ。


ウィルス散布事件とは

その昔、国家の力が大戦で弱まり各国の有力企業が経済政策から国家間戦争の代理を勤めるに至るようになってらから数年後、その中のとある大企業が暗黙の条約を破棄するかのように全世界に一斉に特殊なウィルスを散布するというバイオ攻撃事件が起きた。

当然、他の企業も暗黙の条約があるとはいえバイオ攻撃への研究及び対細菌兵器実戦配備にまで至っていたが、散布した企業の技術が数十年先を行くものであり世界各国数多の企業の努力は水疱と化した。

事件の最大の難点はどこの企業がそれを散布したかが特定できないとう所にあった。


とある著名な生物学者の論文によるとその特殊ウィルスの特徴は

感染対象が人、動物、植物、昆虫や微生物にまで至る、

感染対象の中で潜伏し、それだけでは対象に影響を及ぼさず何かしら指向性の方法で特定の感染者、特定の種のみを死に至らしめる、

他の細菌兵器を乗っ取り同種化あるいは死滅させる、

マイクロマシンのような一面もあり散布側の意向に応じて進化するいわばアップデートができるのではないかと推察されている。

それの散布は実質的にこの地球上の生命体全てに手綱をつけるのと同義であった。

企業間、宗教間、テロ、独立主張地域など様々な場面でその指向性致死が活用され巧妙に散布元を隠蔽していた。

要人や研究者と人間はさることながら

植物、動物への発祥も大きく懸念されていた。

植物の中で大きな経済効果をもたらすもの、

まず懸念されたのが食糧問題に直結する新型ハイパーオーツ麦などの穀物類であったがその死滅を散布した企業は望んでいないようだった、

その側面裏社会で大きな経済効果を生み出していた植物、麻薬の被害が甚大なものとなっていた、地球上のほとんどの大麻やケシなどが「散布側の意向」により枯れたのであった。

そのため現在ではケミカル系のドラッグが闇市場の9割超を占めており、植物を原料とした麻薬は高級品を越え今や幻の絶滅危惧種扱いとなっていた。



流石は情報屋を名乗るだけのことはあるなあ。


と、そう呟きBJは感心しながらも、早速その場で持っていた煙草の葉を少量灰皿へ捨て小包の中の葉をそこへ詰め火をつける

懐かしい極上の逸品を嗜みながら薄めのシャンディガフを一口煽った


アロハ男もやるせなさそうにグラスの中身を一気に飲み干す


そういや、お前さん相変わらずお得意の「手品」以外だと道具はソーコムしか使ってねぇのかい? おいバーテン、同じものをもう一杯くれ。


「煙草」を嗜みながらBJが答える

だからこいつぁ手品じゃない、って毎度言わせるか、もう「手品」でいい...

たまには気晴らしでウージーやらデザートイーグルなんかも使ってみるさ、

この前は対戦車ライフルなんてのも面白かったが、持ち運びやら組み立てが億劫でなあ、最終的には面倒でいつものやり方になるだけだ。


両手を顔まで上げまっぴらのような仕草をするアロハ男。


俺もこんな仕事柄だ、スクリーンから飛び出てきたような輩や魔法みたいなモノを扱う奴を何人か見てきたがお前さんの「手品」はまた一風珍しく見えるぜ。

何年前になるか...懐かしいなぁおまえさんと初めて会った頃、当時の俺のお得意さんがおまえさんをからかって片腕飛ばされちまったのを今でも覚えてるぜ。



綺麗に斬ってやったろ?今の再生治療じゃあんなもんいくらでも綺麗にくっついたろうに。


その後はどうなったか俺もわからねぇ、それっきしめっきり来なくなっちまったからなぁ、

アレでも傭兵くずれの中じゃちったぁ名の通った奴だったんだぜ?ま、今となっちゃあおまえさんと組めてよかったけどなっヘへへ


それは良いとして、道具の方はどれも今じゃ骨董品も同然だぁ、

いっそのこと変えねぇか?強化カーボン製ワンハンド型最新モデル通称ジグソー、簡易式バレル交換で30発連続フルバーストから44口径マグナム弾まで自由気ままさ、

安くしとくぜ?

新企画の弾なら小ロットでもすぐ手に入る、なにより第5世代3Dプリンタにも対応してる

オプションパーツまるまると国をまたぐ時なんかの運ぶ手間が減るってもんだ。

あぁバーテン、ジンをロックでくれぇ銘柄はぁ..ギルビーで頼むライムも忘れずになぁ。


アロハ男の酔いに拍車がかかってきたようだ。


それを横目に

まあ、気が向いたらなあ

と軽く流すと

派手なドレスの女が二人歩いてくる事に気がつく


Mr.BJ!、来てらしたのならこのスージーにお声かけくださいな

あら、ベッカーもいらしたのね、まぁこちらはいつものことでしたわね...


アハハ!いつも気付くとソファに座ってる!

今日こそ名前を当ててみせるわ!

ん〜、ブラウン・ジョン!


キャシー、お客様への詮索は厳禁よ。

それに、BJの名を先に教えてもらうのは先輩である私です。


なにそれ!こんなところで先輩の特権とかずるいわ!れっきとしたパワハラじゃない!


そう言い争いながらもどこか仲良さげな2人は

このシエラの地下専属のホステスである。


気品ある雰囲気を漂わせロイヤルブルーのドレスを纏い黒髪ロングヘア、少し強めな口調のスザンナ


クリムゾンレッドのドレスを上手に着崩しブロンドにシャギーヘアの元気によく笑うキャサリン


二人ともベッカーとBJをよく知るクラブシエラ・カジノフロアホステスのトップ2人である。


お隣、失礼しても?BJ。と丁寧なスージー。

BJがお酒なんて珍しい!と元気よく隣に来るキャシー。


おやスージーにキャシー、今ご出勤かい?2人とも今夜もドレスがよく似合ってるじゃないか。


そう白塗り男は両脇に座るホステスに語りかける


まったくBJはお上手ですね、どこぞのどの女性にもそんな事を言ってらっしゃるのでしょう? と、スージー


そんな事ない、エンパイアの上から眺める夜景も君達に比べたら霞むってものさ。


まぁあきれた!なんてありふれた口説き文句、やはりそうなのですねっ、何より君「達」と言うのがその証拠っ、と拗ねたフリをして見せた。


それよりBJ!今日のは当たりでしょ?ブラウン・ジョン!どう?良い線!?アハハ


キャシー...それじゃ姓と名があべこべな人みたいじゃないか、ジョンブラウンという偉人の名がある。


そう言うとキャシーはお得意の見事なテヘペロウィンク。


おぃおい!なんだよ2人してBJ BJってよ!俺には連れねぇじゃねぇかぁ!酌くらいしてくれたってバチはあたらねぇぜ!


ベック、あなたは毎日毎日ウチで飲み過ぎです。

バーテンこちらにマティーニをジン濃いめで頼むわ、あちらの方にはチェイサーをお待ちして...。

ベッカーを軽くあしらいつつ、BJがあまり酒に強くない事を知っての小意地悪オーダーまでを手際よくこなすスージー。


おいスージー勘弁してくれ、そりゃもうマティーニじゃない「オリーブが入ったただのジン」だ。苦笑いの白塗り


アハハ!ベックはもうヘロヘロなの?まだアタシ達が来たばかりじゃない!BJを見習いなさいよーアハハハ!


うるせぇ!小娘がぁBJが飲んでるのはジンジャーエールみたいなもんなんだよ!

だいたいスージー!俺だってBJと一緒の客だってのに毎度なんだその態度の違いはぁ!わかったぞぉ、逆に俺を誘ってるなぁ?


ベッカー?私と一晩50$の娼婦の見分けがつかないほど泥酔のご様子ね、バーテン、チェイサーではなくもうチェックにして差し上げて。


アハハハ!スージーはベッカーにキツすぎで笑っちゃうわ!元気出してベッカー!アハハ!


注意がそれた隙に白塗りはオーダーをし直す。

ああバーテン、さっきの無茶なマティーニは取り消しだ、代わりにソフトのベリーソーダを頼む、2人には..そうだな、2人がいつも飲んでるのをやってくれ。


そんなよくあるやり取り、今夜もいつもの仕事話ついでの平穏な夜がすぎる。


と思いきや。


ベッカーの携帯が鳴り響く。


「21世紀宇宙の旅テーマソング」


冗談みたいな着信音

それに毎回大笑いのキャシー

それを毎回黙らせるスージー


あいあい俺だぁ...

...

何、確かか...

何!明日だと!

それだって間に合うわきゃねぇだろう...

追加ではずむだぁ?支払い相手がいなくなる事前提で言ってやがるだろ!

(チラチラとBJの方へ視線をやる)

まぁ宛がいねえ事もねぇが、気分屋だからなぁ

こっちはあまり宛にするな

わかった、そっちも気をつけろ。


その短時間の通話の間に酔っ払いの口調が急に真剣な声に変わり、ヘベレケだった表情はサングラス越しでもシラフに戻ってることがわかる。


察しの良いスージーはバーテンが遅いわと言いながらキャシーの腕を取り引きずるように席を立つ。


ずいぶんと忙しそうだなベッカー、急用か?


お前さんなら一週間前のローマ市街の事件、わかるよなぁ?


あぁ、マスコミの報道では竜巻がローマ市街の一角を襲ったなどと言ってるアレか、

もうネットじゃ当時の街頭カメラの映像が出回って「チープな隠蔽」などと炎上騒ぎだがな。

あれ、「あの女」だろ。


その女がここにくる。

ペンタゴンに潜ってる奴からの情報だ間違いない。


いつだ?


衛星カメラが彼女の米国入りを23分前に旧ケネディ国際空港にて確認した。

行き先はNYとの情報で間違いないらしい、ここマンハッタン上陸は時間の問題だ。


数秒の沈黙を挟みBJが応える


...そいつはまずいな、目的はいつものショッピングか?


だろうなぁ、パターンからしてそうだ。

事態の収集にはグリーンベレーが当たるそうそうだが、奴の気分次第じゃいくら精鋭でもあまり意味がねぇ、そこでだ、

おまえさん、ここは一つ米国政府に貸しを作り気はねぇか?


BJは即答する

断る、例えこの前のバチカンの三倍出されても御免だ、今は..あの女とやり合うのは無理だ、ずらからせてもらうぜ。



そりゃあ命あっての物種だ、なにもおまえさんと奴に直接対決してくれってんじゃねぇんだ、軍の防衛線など奴さんがその気になりゃ数分ともたねぇ、今からじゃ非難勧告も到底間に合わん、それに彼女が必ずしも暴れるとも限らねぇ、用は万が一の時、時間稼ぎをして欲しいだけなんだ。


少し考え答える

... 、悪いが断る...



一旦席を外した二人がトレイにドリンクのせ戻って来た。


まったく...、ウェイターが遅いから私が持ってまいりましたわ。


悪いねスージー、ありがとう。

とベリーソーダを受け取ると、何やらルーレットエリアの方から騒がしい声が聞こえる。


「おい!ディーラー!イカサマなんじゃねぇのかぁ!?あぁあ?!、たくっやってらんねぇぜ小馬鹿にしやがって!俺等を誰だと思ってんだ!あぁ!?」

そうけたたましく騒ぎ立てながら椅子などを蹴り上げ騒ぎ立てる連中が目に止まる、6人程といった所か。


横目その様子を見ながらソーダ飲み白塗りが呟く

今日は随分と元気の良い客がいるんだなぁ...


ため息をつくスージー

ここ最近ルイーダファミリーに入ったマフィアの一派よ、ルイーダはまだ認めてないようだけど彼等のボスがウチのオーナーと最近利権の話をしててね、その下っ端達は来る度、難癖つけてあの騒ぎよ...


なんだよオーナーの野郎、今日は連れねぇと思ったら、このあと来客があるって俺を追い出したのはこのことだったのかよぉ!。

ベッカーは不機嫌そうにジンを煽った。


尚も収まらぬマフィア

「本当にイカサマじゃねえかおまえのタマに聞いてみるかぁ?」

とディーラーに銃をチラつかせる。


ホント!アイツらウザい!ウチの子達のお尻触りまくってくるしセンスない香水ベットリで臭いし!あ!ヤバっこっち見た!アハハハ!


キャシー、あなたの声が大きいからです。

それにしても、今日はやりすぎね...。


スージーはピアスについたインカムに話しかける。


「アレックス、ジョシュ、お客様の『介抱』の準備をしておいて、『相当酔ってる』ご様子よ、念のため私のも。」


チンピラ御一行がバーラウンジの方へ向かって来る。

その中の一番はしゃいでた大柄な男を先頭にぞろぞろと取り巻きを連れてソファ席までくると。

「興醒めしたがこっちにもイイ女がいるじゃねぇか〜」

「なんだぁ?おい見ろよ!ハロウィンにゃ季節はずれのピエロがいるぜぇ!それともサーカスから抜け出してサボり中ってかぁ?!笑わせやがる」

取り巻き達は大爆笑。


BJはあまり意に解さない様子で答える

まぁそんなトコだ、息抜きにジュースを飲みに来てるだけさ。


ベッカーは何も言わず帽子を深く被り苦笑いを隠す。


キャシーは空気が読めない天然なのかニヤニヤしている。


「なぁお嬢さん方ぁ、こんなさえねえアロハやピエロ野郎なんかと飲むより俺らともっと楽しまねぇかい?」


お客様、お祭り騒ぎをご希望でしたらフロアを間違えてらしてるのでは?ダンスクラブは1Fでございます。


「おぃおぃ口を利く相手を間違えてねぇかいお嬢ちゃん、じきにこのクラブも俺達のシマになる、今ウチのボスがお嬢ちゃん達の上司とお話し中だぁ、そうなった時には俺の専属にでもなってもらうとするかぁベッドのなぁ、へッヒャヒャっ」


大笑いする取り巻き共をものともせずスージーは続ける


構わず続けるスージー。

それにこのカジノフロアへいらっしゃる「人間」は皆様ボディチェックをお願いしております、先程のようなモノを持ちこんでおられるようではお客様でもなければ「人」でもございまん。

生憎、当カジノのフロアレディは豚の同伴はご遠慮させていただいております。


アハハ!豚はひどいワ!アハハハお腹痛い!


「っ!このア◯ァ!」

テーブルに置かれてるシャンパングラスを取り軽口を叩いた女へ撒き散らす。


その瞬間、白塗りの男が少し眉を上げると


Mr.BJ!..お納めください..どうか。


シャンパンでずぶ濡れになりながらも依然と態度を変えることなく白塗りを抑する。


アハハ!スージーびしょ濡れマジうける!

日頃先輩特権振りかざしてるバチが当たったんだわ!アハハハ!


この娘は少し空気を読んだ方いい。


スージーに抑止されテーブルの下に反対側まで伸びかけていた鋭利な金属の塊のようなモノを引き込める。


束の間の静寂を破ったのはバーカウンター横のスタッフルームの扉を勢いよく蹴り開けて来る二人組だった。


あーあーまったくもう見てらんねぇぜ、スージィーそろそろいいだろ。


見た目は20代半ば頃だろうか、すらりと伸びた長い足に白い肌、首まで伸びた黒髪を片方だけ掻き上げた中性的な顔立ちの男。

黒のスラックス、白いワイシャツに黒のベストその姿はまるでディーラーそのもの。

アレックスことアレサンドロ・ミケルセン(28)


アレックス、あまりはしゃいでは他のお客様に迷惑ですよ..

大丈夫ですかスージー。


そう言うともう一人の男がシャンパンに濡れたスージーにハンドタオルを渡す。

落ち着いた声に紳士的な出立ち、身長は190程の長身に立派な胸板をした体格、ツーブロックに刈り上げられた短髪の男。

ジョシュことジョシュア・マッカーソン(32)


BJは内心、シャンパンをかけられる事まで予想してインカムで「念のため私のも」とタオルまで用意させていたのかと感心していた。


「なんだぁ?テメェら、ディーラーの分際で、口利きの利き方ってもんを教えてやる」


取り巻きの一人がアレックスに掴みかかったその刹那、掴もうとした腕は見事に取られ後ろ向きに回されるとポーカーテーブルにナイフで手の甲を刺され固定された。


その痛みに悲鳴を必死に押し殺すも苦痛の声を上げずにはいられない。


客達はその光景を見るなり自分の賭けへのベットも忘れ、おそるおそる去る者、悲鳴を上げながら走り去る者、各々その場から退場しだす。


マフィアの取り巻き達が一斉に懐から銃を取り出し向ける。


「テメェ..よくやってくれたなぁ..舐めてんのかコラァ!!」


アレックスは胸元の埃を払うような素振りを見せすましている。


とうとう呆れ返ったベッカーが口を開く。

おいおいもう勘弁してくれぇ...


「おいこらアロハ、今更遅えぞ、てめぇらも全員土下座すみませんで済むと思うなよ。」


さらにため息をつくベッカー

いやなぁ、俺はアンタ方の心配を..


ベッカーが最後まで言う間もなく、手にナイフを刺された者が片方の手で懐から銃を取り出そうとしたのをジョシュは見逃さなかった。

テーブルに手を固定された男は中腰の状態で銃を持った手にすかさず低めの蹴りを入れられるとその腕は通常曲がらない角度に折れ見事な流れ作業で首をへし折られた。


言わんこっちゃねぇ...呆れるベッカー。


「構わねえ!ぶっ殺せっ!」

激昂したマフィアのリーダーと取り巻きが一斉にトリガーを引く。


その怒号とともにBJは大理石でできた目の前のテーブルを蹴り上げ弾避けにしながら、スージーとキャシーの肩を両手で片方ずつ抱えるとソファごと後ろにひっくり返るように身を隠す。


アぁあ!アハハハハ!

こんな時でもキャシーは笑顔を絶やさ..

いや、これはもはやよからぬドラッグでも決めているのだろうか...


テーブルとソファを盾に身を隠すBJ、スージー、キャシー、そこへ滑り込むジョシュ。

アレックスとベッカーはバーカウンター内に身を隠していた。


まったくびしょ濡れじゃない、ジョシュ、アレ、持って来たわね?


こんな状況下で追加のタオルなど気にしている場合だろうか。


お持ちしてますスージー、どうぞ。

そう言うとジョシュは腰の後ろから取り出しスージーに渡す。


!?、

それを見たBJは少し驚いた。


飛び交う銃弾、カウンター越しからベッカーとアレックスが手と銃だけ出すように撃ち返し応戦する。

二人共そこらのチンピラと違いプロである

もちろんそんな弾は当たるはずもないと知りながらも近寄らせないための牽制として働いていた。


オッサン、あんま撃ち過ぎるなよ、予備の弾はないんだ。


安心しろアレックス、俺を誰だと思ってやがる。

そう言うとベッカーは予備の弾倉をアレックスに渡すとこう告げる。


あいつら素人だが数が厄介だぁ、5人の後ろにまだ数人いやがる、俺が手前の3人をやると同時にルーレットの脇まで周りこめるか?


お安い御用だ。


よぉし、3カウントだぁ、1と同時に飛び出していいぞぉ!

3..2..!?


ベッカーのカウントより早く事態は動く。

大きな銃声とガラスの破裂音と共に中二階のVIPルームのガラスが割れその破片と共に大きな椅子と男の死体が降って来て粉煙が立ち込める。


「な、なんだぁ!!?」

突然の展開に驚くマフィア達


どうやら「過激な交渉」で話しはついたみてぇだなぁ、オーナーも歳だってのに相変わらずだぁ、自分の店で派手にやりやがる...にんまりと笑顔を見せるベッカー。


マフィア達の銃撃が止む。

粉煙が薄くなって行くとようやく自分達のボスだと気付く。

「!っ、!?、ボスっ!」


やがて粉煙が晴れてゆくとその死体の後ろに青いドレスの女が長い鞭を垂らしながら立ってた。 


どうやらオーナーもあなた方のボスは気に食わなかったみたいね。

さて、この荒れ用、弁償は当たり前ですが少しあなた方にも体への教育を施すべきだと私は考えます。


「念のため私の」ソレが手に握られていた。


「こうなりゃ関係ねえ!全員ぶっ殺せっ!」

再び銃口を向けトリガーを引くその瞬間、

スージーは素早く片足を伸ばしたまま低く構えると同時に鞭を振り下ろす。


長くしなったその鞭は一度地面を跳ねる勢いで瞬く間に目の前のマフィア二人の手首を正確に粉砕した。

鞭の先には鉛の分銅が付いており長くしなる遠心力から打ち出されるそれは人体の骨に当たろうものなら粉砕骨折は必須。


アハハハ!

聞き覚えのある笑い声と共に大きなテーブルが奥のマフィアめがけて宙を舞う、大人二人で運ぶのがやっとの重量のテーブルである。


マフィアはありえない光景を目の当たりにしていた。

赤いドレスの女がそれを軽々と投げつけると同時に走ってくる。

赤いドレスを着た女の体の二倍はあろう巨漢のマフィアに真っ向から蹴りを入れ弾きとばすと同時にその横にいた男の首を掴み床へ叩きつける。


同伴ん〜?残念でしたァ!閉店でーす!

尚アフターはお断りしまぁーす!アハハハ!


一方BJは倒れたソファの裏に座ったまま転がってきたコーラの瓶を開け飲んでいた。


なぁ、ジョシュ。

彼女達...いつもああなのか?


Mr.BJは初めてでしたか、ああなった彼女達は私共でも手をつけられません...


肝の座った子達だとは思ってたが、まさかここまでとはね笑、

俺の故郷に伝わる昔話に出てくる怪物にそっくりだ、赤鬼と青鬼ってね..

と、薄ら笑みをこぼすBJ。


スージーは近くの残りのマフィアの首に鞭の先を巻き付けると柱を基点とし滑車の原理で後ろを向き体重を乗せ引っ張り上げると、首ごと顔面を柱に叩きつけられ地べたを這わされている。


残るは後方に残る二人、一人はキャシーに向けて銃を乱射する。

キャシーは咄嗟にそれをかわすと同時に近くに倒れているルーレットテーブルを掴むとそのままそれを盾に大笑いしながら突っ込んで行きテーブルごと床に叩きつける。


その狂気染みた二人を目の前にした最後の一人のマフィアは非常階段から逃亡していた。


まったくとんでもないお嬢様方だ...

BJがコーラの瓶を片手に散々としたフロアを見て回る。


あーあーこりゃまたオーナーにドヤされるぜ...

髪を掻き上げながら気だるそうに呟くアレックス。


スージー、キャシー、お二人共お怪我は?

変わらず落ち着いた様子のジョシュ。


あるわけがない...


心配ならこいつらにしてやれぇ、まぁ首から頭蓋からめちゃくちゃでこりゃダメだ、怪物女共めぇ。

そう言いながらカウンター内の残った酒瓶を開けどさくさにまぎれタダ酒を食らうベッカー。


このツケの清算が困りましたわね、こいつらはルイーダファミリーですがルイーダ本人の意図ではないでしょう、このクラブも彼と長年の付き合いですもの。そしてこの一味のボスはこの有様、請求先がないわね。自腹、になるのかしら...

さすがの古株ホステスのスージーは「会計」を気にしていた。


「カハっ、ゲホっ」

マフィア一味の一番騒ぎ立てていた男にかろうじて息があった。


コートを揺らしコーラ瓶をぶらぶらさせながらBJが近づきその男の顔近くにしゃがみこむ。

手首から先は原形を止めない程に複雑に骨が折れており脇腹にも例の鞭を食らったのだろう肋骨が飛び出していた。


辛そうだなおい、だがまあ自業自得だ。

と言っても俺も彼女達があんなだとは思わなかったぜ?せめてものだ、楽にしてやる。

そう言いながら周りに見えないように腕からヌルヌルと小さな刃を出す。


「て、テメェ...知ってるぞ、BJ、だなぁ...」

複雑に折れた肋骨が肺や心臓に刺さっているのだろう、ひゅーひゅーと息の音を上げながら続ける。

「白塗りフェイスペイントに...幾重の刃物使い...Blade Joker..いつか兄弟がテメェを」


首を刎ね介錯をした。


ふと後ろを見るとキャシーが目を丸くし口に手をあてていた。


マフィアの最後の言葉が聞こえていた...

刃物のらしきモノは見えていないはずだが。


アハ!ウソ!いま聞いちゃったぁ!アハハ!スージー!アタシ今聞いちゃったわ!BJの名前!

アタシの勝ちネ!アハハハ!


なんですってキャシー、この後に及んでアナタはまったく...


それもただのアダ名だ本名じゃあねえよ...

気にするなスージー。


はしゃぎながら飛び跳ねるキャシー、その最後の着地と同時に地鳴りが起きた。


!?っ、キャシー、もう終わったのだからおよしなさい!それともアナタまた体重増えたわね?


エっ?エっ!?今のアタシじゃない!そんな増えるワケないでしょ!スージーのバカ!


ベッカーがカウンターの中から瓦礫を押し除け出てくる。

ちくしょう、そんなこんなしてるウチに来ちまったじゃねぇかぁ。


その瞬間、地下にも響く轟音と共に再び大きな地鳴りが起きる。

先程の揺れより大きく中二階のVIPルームの天井とカジノフロアの天井の一部が崩れ落ちる。


一道はすぐさま非常階段を駆け上がり地上階へ出た。

そこにはかつてのダンスクラブの面影は無く壁は所々崩れ天井が抜け曇った夜空が覗いていた。


エっ?エっ?ナニコレ?アタシやってないわ!


見れば流石にわかるわお黙りなさい。

クラブがこれじゃ私達も廃業かしらね...


いつになく冷静にベッカーが皆に告げる。

いいか、よく聞け

おまえらジゼは知ってるな?

彼女が今夜、ここマンハッタンに来るという情報がさっき入った。

一刻も早くマンハッタン島から出ろ、

事態が急過ぎて住民の避難勧告すら出せてない状況だ。


!っ、事態を察し驚きを隠せないジョシュ。


ウソだろ、なんでわざわざここに来んだよ...

心底面倒そうなアレックス。


ベッカーのバカ!なんで早くソレを言わないのよ!


言おうとしたらオマエさんたちがドンチャカ騒ぎし出したんだよ!

いいからキャシーはスージーと一緒にマンハッタンを出ろ!今すぐにだ!変な気は起こすなよ?


キャシーよくききなさい、アレックス、ジョシュも、イースト川に私のクルーザーがあります。

橋は今頃パニックでしょうそれで川を南下するのが一番よ。


よっこらせっと、さすがだ、皆大丈夫そうだな。

そう言うとBJは早速その場を離れようとしていた。


BJ!おまえさんホントに手を引いちまうのか!?


冗談じゃねえ、ゴジラ退治みたいなもんだ、俺は行くぜ。


そう言うと隣のビルの上へ金属のようなモノを伸ばし自動巻きロープにぶら下がるかのように登って行き、ビルの影の暗がりではっきりとは見えないが何やら黒い大きな物体に吸い込まれるように姿を消す。


一瞬、体の奥に響くような重低音と共にその大きな物体はマンハッタン方面上空へと消えて行った。


エっ、ナニあれ?BJのクルマ?


どう見たらアレが車に見えるのまったく、さっ船に急ぐわよ。

ベッカー、アナタは一緒にくるのか、どうするの?


やりたかねぇが俺は「ゴジラ」の情報収集だよ。

ったくBJの野郎...



〜20分前〜

ニューヨーク 2ndアベニューのとあるピザ屋


ピザ屋オーナー・フランク

「おい、ジョージ!もう看板しまっちまってくれぃ!デリバリーも今日は終いだぁ!」


「マジっすかオヤっさん!今日は早く帰れる!」


「あまえんとこ、産まれたばっかりで嫁さんも大変だろぅ、毎晩遅くまで残しちまってる上にいつも余ったピザばっかだからな、今日はこの七面鳥も持ってけぇ!」


「えええ!いいんすカ?やった〜!こんなの子供のころのクリスマス以来だよ!ありがとうオヤっさん!」


そんな閉店間際、3人組の客が店の前にやってくる

「すいませーん、今日は閉店なんですー、またのお越しを〜!」


そう言ってジョージは店のガラス戸を閉める。


「お、おいジョージ、後ろでノックしてるグラマーな彼女は嫁さんか?」


「え?」

ジョージが振り向くとガラスの扉越しにやたらと露出の多いセクシーな服装の女が立っていた。


「すいませ〜ん、お客さん今日は閉店なんす〜、しかしすごい格好ですねぇははは」


女は真剣な眼差しだった

「最初に言っておくわぁ、ワタシいますごくお腹が減ってるの!」

ジゼである。


ジョージ

「とは言われましてもね〜お客さん、もう閉店で、オーブンの火も落としちゃったんですよお」


「怠慢ね!ごまかしても無駄よっ!この『すまほ』でっ!ここの閉店時間も、ここに『ぴっつぁ』ってモノがあるのも調べ済みなのよ!閉店にはまだ2時間早いこともねっ!」

ジゼは空腹のせいでかなり気がたっているようだ。


ジョージ

「確かに今日は少し早めの店じまいですが2時間って、、オヤッさん!ネットのウチの閉店時間て間違ってたりしますー?!」

そう言いながらジョージは自分のスマホで時間とネットの店の情報を確認する。

「ほら、お客さん、時間ももうとっくに0時を回ってますしネットのウチのサイトにも閉店時間は1:00と...あ!もしかしてお客さん外国から来ました?いるんですよたまに時差ボケ気付かずに来ちゃう人が〜」


ジゼは顔を真っ赤にし足をドスンっと足踏みをする。

一度目の揺れ、震源地ニューヨーク2ndアベニュー付近、震度5を気象庁が観測した。

「ボ、ボケですって!?アンタから喰ってやろうかしら!」

ジゼは時差の事を知らなかった訳ではない、ただ空腹のあまり頭があまり回っておらずただただボケと小馬鹿にされたように感じただけであった。

その揺れに加えその女から出るオーラに驚き慌てふためくジョージ。

「お、お客さん、とりあえず落ち着いて、このピザでよければあげますんで、ね?」


ジゼの表情が少し和らぐ。

「こ、これが『にゅーよーかー御用達の ぴっつぁ』...」


一口食べるやいなや、ジゼの表情は鬼気迫る表情へと戻り、ジョージの胸ぐらを乱暴に掴むとカウンターから引きずり降ろす。


「アンタよくもこのワタシを騙したわねっ!知ってるのよ!インスタで見たんだからっ!ぴっつぁ ってのはねえ!ミヨ〜ンとっ!こうっミヨ〜ンとチーズが伸びるんだからっ!」

余り物のピザはすっかり冷め、チーズは伸びないのであった。


ジョージ

「ひ、ひえぇぇえ、やめて!殴らないで!食べないで!」


先程の揺れにも微動だにせず、腕を組みそのやりとりを薄目で見ている男がいた。

リロ・フランクリン(53)

ピザ作り一筋35年、そのこだわりと味は数々のニューヨーカーを虜にする。

なお口ヒゲはトレードマーク

「おいジョージ、釜に火を入れろ」


ジョージ「なっ!オヤっさん!?」


「バカ野郎ぅ!腹を減らした奴がそこにいる、遠路はるばる俺のピザを食べにだ、断る理由がねえ...」


頑固一徹ピザ親父

久方ぶりのやり甲斐に職人魂の火がつく。

冷凍生地?んなもん食わせる訳にはいかねぇ

倉庫から寝かしてある生地を取り出すと見事な手捌きでクルクルと回し瞬く間に薄く丸いピザの生地がかたち取られる。

そこからさらに木の棒でクリスピーの薄さまで引き伸ばす。

薄過ぎず、そして厚くもならず。

生地の旨味がほのかに味わえる絶妙な薄さである。

ホールトマトの缶を年季の入ったハンマーで一見乱暴にこじ開ける、するとどうだろうか。

見事に缶の半分だけが口を開きハンマーの釘抜きの方でこじ開ける。

トマトソースをたっぷり塗ったあとは特製のチーズ2種を乱雑にぶちまける、するとどうだろうか。

一見乱雑に見えたそのチーズの振りは見事に隙間無く生地を覆っていた。

そこに自慢の自家製サラミ、ペパロニをトップする。

「お嬢ちゃん、辛いのはイケる口かい?」


その匠の技に呆気にとられていたジゼはとっさに答える。

「え、ええ、辛い食べ物も好きよっ」


「よぅし..」そう言うとハラペーニョとガーリックを生地の上で薄い輪切りにカットし散りばめていく。


それを200°のオーブンに入れ、待つ事10分。


炎が垣間見えるオーブンからついに匠の逸品が姿を表す。

オーブンから出したピザはスピードが命、冷めてしまっては元も子もない、素早くピザカッターを手慣れた手付きで8ピースに切り分ける。


「待たせたなぁお嬢ちゃん、さぁおあがり」


名物、特製リロ・フランクリンズ

小麦粉の風味をほのかに感じさせる生地を絶妙な薄さに仕上げ、トマトソース、チーズをベースにサラミ、ペパロニ、ハラペーニョ、ガーリックをトッピングする、旨さを追及した極み、栄養バランス、無視、低カロリー?、無視。


出来立て熱々、チーズがプクプクと表面で踊っている。

その出来立てのピザを目にしたジゼはまるで初めてショートケーキを目の前に出された少女の目をしていた。

「これが..ぴっつぁ!」

横でそれを見つめるジョージ、ジゼはジョージの方に目をやる。

「アンタやっぱり騙してたのねっ!」

ジゼのハイヒールブーツは見事にジョージの溝落ちに直撃、ジョージ悶絶。

出来立てのピザへ顔を向け直すと少女のつぶらな瞳に戻る。


まずは一口。

「ミヨ〜ン、あっ熱っ!ハフハフっふーっふーっモグリ」

!!、

一口食べればもう止まらない、ぱくぱくと次から次へと出来立てのピザを頬張るジゼ。


満足行く一仕事を終えた匠はキッチンの奥で葉巻に火をつける。

「気持ちイイ食いっぷりだあ、アンタぁただモノじゃあねえなあ...」


口の中一杯に広がるほのかな小麦の風味と豊かなチーズ、そして加熱されたことによりサラミとペパロニから溢れ出る肉汁にハラペーニョとガーリックが絶妙なスパイスとなってジゼの味覚と臭覚を襲う。


なんなの、コレは!?攻撃?!


その美味しさに悶絶し、うっかり足踏み。


二度目の揺れ、震源地ニューヨーク2ndアベニュー付近、震度6強を気象庁が観測。

地盤自体の揺れではなくピンポイントでの衝撃だったため被害は震源地から5km圏内に収まったと、後日、地質学研究家トーマス・A・ゴードン氏の見解として語られる事となる。


ピザ屋はほぼ全壊、しかし納得行く仕事を終えた匠は腕を組んだまま葉巻をふかしたまま微動だにせず余韻に浸っていた...

このオヤジ、タダものではなかった...











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【好奇心の令嬢〜Assault Travel in NY〜】 @MULASAKI

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