ゴブリン島盛衰記 ~ゴブリン絶滅から奇跡の復活、その裏側を探る~
介川介三
ゴブリン島盛衰記
【アップル・リチャードのはなし】
昔々、ソドル島にはそれはそれは恐ろしいゴブリンが沢山住んでいたそうな。畑を荒らしてお百姓さんを困らせたり、小さな子供や家畜をさらっては食べてしまう。島の人はゴブリンが怖くて怖くて、家から出ることもできなかったそうな。
ある日、島の東にある港町に住む力自慢のリチャードという青年がこれを何とかしなくては、と思ったそうな。このリチャードはおじいさんとおばあさんから三個のリンゴをもらうとゴブリン退治に出かけたそうな。
リチャードは旅の途中で出会ったジョンとポール、ジョージという三人の若者にリンゴを与え、ゴブリン退治の仲間としたそうな。
ゴブリンの住むという古い砦へやってきた四人の若者はゴブリンを懲らしめて、さらわれた子供を救い出したそうな。
それから島は平和になり、みんな幸せに暮らしたそうな。めでたしめでたし。
◇◆◇
王都から汽車と汽船を乗り継いで半日。王国中西部に浮かぶソドル島にも産業革命の波が押し寄せて来た。島は昔から毛織物の名産地で、島のいたるところに綿羊が放牧されていた。この毛織物産業を機械化しようというのが事の発端だった。
さらに幸運にも島西部の山岳地帯で石炭の大鉱脈が見つかった。良質の無煙炭が無尽蔵に眠っている山にはたちまち集落ができて男達が働き始めた。
時の町長ウィンストンはこの機を逃さなかった。島一番の資本家でもあった彼は島を東西に横断する鉄道を計画した。西の炭鉱で掘り出された石炭をソドルの町を経由して東の港から積み出す。この計画が実現すれば町の毛織物工場は蒸気で動くし、石炭を本土や海外へ売り出して島の経済が大いに潤うと考えたからだ。
ウィンストン町長の行動は早かった。たちまち意見を取りまとめるとすぐに計画から工事着工へ移った。そして完成まで二年と経たなかった。
開通記念式典での彼は得意の絶頂だった。ソドル中央駅を出発する一番列車を見送ると、駅前広場にやって来た彼は除幕式に臨んだ。町の英雄にしてシンボルであるアップル・リチャードの銅像を彼の尽力で建てたのだ。
「うん。我が島の英雄に相応しい素晴らしい銅像だ」
そう言って満面の笑みを浮かべる町長。
しかし彼には一つ許しがたいことがあったのだ。
それがゴブリンの存在だった。英雄リチャードが退治したのは決して昔話ではない。今でも島のそこかしこにゴブリンがいるのだ。そして忌々しいことに畑を荒らし、時には綿羊や旅人も襲撃する。
「この科学の時代にそんなことを許す訳には行かない」
町長はこの次の計画に躍起になった。ゴブリンの島としてソドル島は王都でも知られていた。そしてそれ故に未だに前時代的な田舎だと思われ馬鹿にされていたのだ。
そこでウィンストン町長は王都へ陳情に出かけた。そして陸軍を動かして精鋭の銃兵隊を連れて帰って来たのだった。
「島の恥部であるゴブリンをこの際、一気に駆除するのだ」
そう息巻いて町議会で演説を行った。ゴブリンの被害に遭っていた島民もこれに賛同した。島の男達は銃や棍棒などの武器をめいめい手にしてゴブリン狩りを行うことにしたのだ。
二手に分かれた銃兵隊と男達は東の港を起点に、島を北回りと南回りに周って文字通りしらみつぶしにゴブリンを駆除することにした。
ゴブリンはコロニーと呼ばれる群れで暮らしている。マザーと呼ばれるゴブリンを頂点に、複数のオスゴブリン、そして多数の兵隊ゴブリンに分かれる。それをコロニーごと全て潰して回るという恐ろしい計画だった。
島の各地で銃声が響いた。そして人間の通った後のコロニーは焼き払われ、さらに入念に塩まで撒かれたのだった。結局小さなコロニーだけがわずかに残っただけで、島のゴブリンは軒並み壊滅したのだった。
それでもゴブリンはしぶとく生き残った。少しずつ数を回復し、また再び家畜を襲撃し出した。
彼らは普段、島原産のソドルクズという葛の一種から採取されるデンプンを粥にして食べている。それでも時々、粗末な弓矢を使ってシカやウサギを狩猟している。もっとも放牧されている羊や牛も、ゴブリンにとっては違いがわからなかったのだ。
「全くこざかしい奴だ。それならこちらにも手がある」
ウィンストン町長は次の手を打った。観光パンフレットを作成し、王都で配布した。島に観光客を呼び寄せ、そして観光客にゴブリンを銃で狩らせたのだ。「英雄リチャードのようになれる」とあって人々は島へ押し寄せた。銃の無い人にはウィンストン町長自らレンタルサービスまで行って、都会の紳士淑女をもてなした。
島の隅々まで人々が入り込み、ゴブリンを駆除した。さすがにこれによってゴブリンは大きく数を減らした。
それから島は平和になった。採掘された石炭はどんどん毛織物工場を動かし、そして港から積み出されて行った。島の経済は活況を呈し、人々は裕福になった。ウィンストン町長はまるでアップル・リチャードのような英雄として崇められた。ついには町の目抜き通りはウィンストン通りと名前が改められた。
時が流れた。ゴブリンの被害はすっかり鳴りを潜めた。総数が減ったことも大きいが、彼ら自身も人間と関わり合うのを避けるようになったのだ。
島はますます発展した。石炭も毛織物もどんどん需要が高まったからだった。島民は豊かになることに必死で、ゴブリンのことはすっかり忘れてしまっていた。自然、人々の意識から今までの恐ろしい、憎たらしいというイメージも消えて行ったのだ。
そうしている間にもゴブリンは数を少しずつ減らしていった。山は石炭採掘のためにどんどん開発され人の手が入った。牧草地も広げられ、ゴブリンの住む場所が無くなって行ったからだ。
ゴブリンが減ったことで、ソドルクズばかりが島中に茂り出してわずかな森林を侵食していった。さらにシカもウサギも捕食者がいなくなったことで大繁殖し、残った貴重な種類の草花を食い尽くしたのだ。結果として野や山は裸になり、度々土砂崩れを起こした。
そんな中、島を取り巻く状況が変わって来た。世界のエネルギー源は石油に取って代わられ、石炭が売れなくなったのだ。また毛織物も海外の安い製品に太刀打ちできなくなった。町も島も次第に活気が無くなって来た。炭鉱や工場は次々と閉鎖されて、人々は島を去って行った。
追い打ちをかけるように、鉄道まで廃止となった。運ぶ石炭や人がいなくなってはどうにもならない。それを支えるだけの力がもう島には無かった。
残されたのは荒廃した土地だけだった。
そんな中、ゴブリンに脚光が当たった。世界的な環境保護運動の高まりで、「ソドル島のゴブリンを守ろう」という声が上がったのだ。
島ではすっかり姿を見なくなっていたゴブリン。今度は島民が総出で島中を探し回った。そしてようやく小さなコロニーを一つ見つけたのだった。それが島で最後のコロニーだった。
時のマーガレット首相は炭鉱を合理化政策によって潰したことで島民の恨みを買っていた。そのためか今度はゴブリン保護センターを作ることには簡単に同意した。
近代的なセンターに収容されたゴブリンのコロニーを前にして、人々は戸惑った。今まで厄介払いして来た連中でもあり、今になって彼らがどう暮らしているのかさえほとんど知らなかったのだ。
その中の長老格のゴブリンに聞き取り調査を行った。それによって少しずつだがゴブリンの生態がわかってきたのだ。だが人間達は気付いていなかった。その長老ですら、かつての大規模駆除の後に生まれ育った個体であり、本来のゴブリンの在り方を全て知っているという訳では無かったことを。
人間の管理下に置かれたゴブリン達は表面上穏やかに暮らしていた。しかしすっかり種としての生存能力が失われた彼らである。人工繁殖は上手く行かず、少しずつその数を減らしていった。
センターにコロニーが収容されて八年目、最後のマザーゴブリンが死んだ。それによって繁殖はこの先絶望的になった。残されたのはわずかに五体の兵隊ゴブリンだった。彼女らだけでは数は増やせない。もはやゴブリンの種としての命脈は尽きた。
環境保護団体はゴブリンの悲劇を世界中へ知らしめた。人間のエゴで殺された可哀想な、悲劇の存在として声高に叫んだのだ。
「ソドル島の悲劇を再び起こしてはならない」
だがそうして息巻いて見せたところで覆水盆に返らずである。保護団体に寄付金は集まったが、もはやゴブリンの行く末は如何ともしがたかった。
五体の兵隊ゴブリンも次々老いて死んで行った。最後の一体が死んだ時は大ニュースとして世界各国で報じられた。こうしてソドル島のゴブリンは絶滅した……はずだった。
人々はやり場の無い怒りを感じていた。だがそれが自分へ向けられることを恐れ、目についたわかり易い標的を吊るし上げることにした。
ゴブリン駆除の音頭を取ったウィンストン町長が槍玉に挙げられた。と言っても彼はとっくの昔に死んで墓の下で眠っていたのだが、そんなことはどうでも良かったらしい。墓石に卵が投げられスプレーで落書きされた。ついにはすっかり寂れている目抜き通りの名称がウィンストン通りからゴブリン通りへ再改名させられた。
バスターミナルになっていたソドル中央駅前の広場にあるアップル・リチャードの像も批判から逃れることはできなかった。
「童話とは言え、罪の無いゴブリンを虐殺するのは許せない。子供に悪影響だ」
そんな声を正義感の強い人達が上げた。たちまち島の内外で撤去運動の機運が高まり、ついに広場から目立たない裏通りの倉庫へ仕舞われてしまった。
そんな中、ソドル島奥地の一角でゴブリンのコロニーの痕跡が発見された。まだ放棄されて時間が経っていないこともあり、国中から注目を浴びた。ついには辺鄙なこの島へ世界中のテレビ局が駆け付けて、中継しては捜索隊を繰り出した。
人々が連日の報道に飽きかけた頃ようやくコロニーが見つかった。小さなコロニーだったが、紛れもないゴブリンであり世界中がこの再発見を涙して喜んだ。
閉鎖されていた保護センターが再稼働した。今度こそは、と世界的な生物学者が王都から送り込まれた。
そしてついに人工繁殖に成功した。人間よりも丁重な扱いで保育器に入れられたゴブリンの映像は地球を駆け巡った。
その後も人工繁殖は成功をおさめ続けた。やがて保護センターはゴブリンで溢れた。収容しきれなくなったゴブリンは順次ソドル島の自然へ還されることになった。
檻から出され、自分の足でソドルの山へ踏み出して行くゴブリン。その姿を環境ドキュメンタリー番組は高性能カメラで録画した。そのカメラマンは世界的な賞を受賞した。
現在、ソドル島には三つのコロニーが確認されている。規模はまだ小規模だが、少しずつ個体数も増え始めている。国の重点的なゴブリン保護法で特区に指定され、今後も安定して数を回復させていくことが見込まれている。
かつて炭鉱と毛織物で栄えたソドル島はゴブリンウォッチングのメッカとして多くの観光客を集めている。もちろん訪れる観光客がかつての狩猟観光の歴史を知ることは無い。
名物となっているのがソドルクズを使った『ゴブリンジェラード』だ。粘りの強い緑色のジェラードは子供に大人気となっている。
三つの内、比較的大きなAコロニーは観覧展望台から覗くこともできる。古の伝承に則ったゴブリンの暮らしを直接見ることができるため、休日は長蛇の列となっている。
「ねえ、お父さん。ゴブリンが何か作ってるよ」
「ああ、あれは弓を作っているんだよ。あれでシカやウサギを狩るんだよ」
「そうなんだ。あ、今度は太鼓を叩いて唄い出したよ」
そんな会話がいつも展望台のあちらこちらで展開されている。
もっとも彼ら観光客は知らなかった。
展望台の入場料はAコロニーのゴブリン達の収入源になっている事実を。そして昼間こそかつて長老が必死になって考え出した『昔ながらの』暮らしをしている。だが、夜になれば鉄筋コンクリート造りの家に帰り、エアコンの効いた部屋でスマホのネット動画を楽しむ暮らしをしているのだ。もちろんソドルクズの粥などは食べず、もっぱらハンバーガーやピザを好んで食している。
さらに付け加えれば、この時流に乗れなかったB、C両コロニーのゴブリン達の現状だろう。彼らはソドル島政府から支給される補助金でアルコール浸りの生活に陥っている。そんなことなど展望台からは想像することさえできないだろう。
とは言えそんなゴブリン達の現状を糾弾する人権団体はいても、数が増えつつあるゴブリンに畑を荒らされる近隣農家の嘆きに耳を貸す人はいないのだった。
ゴブリン島盛衰記 ~ゴブリン絶滅から奇跡の復活、その裏側を探る~ 介川介三 @sukegawa3141592
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