第21話

「どうして……」


 複数に分離した私たちは、あっさりと全身に攻撃を受けて倒れ伏せた水無月を見て呟いた。


 水無月はもう助からない。心臓と頭への急所部分を刺され、立ち上がる力も残っていないようだった。


「私の計画は……、ナナを覚醒させて自分を守れるようにすること……それだけだったのよ」


「じゃあ、どうして私の敵になって命を狙おうとしたの! 分からないよ」


「だってそうしないと……、ナナは本気で私を殺せないでしょう?」


 水無月は当たり前のように言う。


 私は他の選択肢があったはず、と思いつつも水無月の返答に同意する。一番私が本気を出せるのは、水無月を仲間にした時ではなく敵にした時だ。だからこうして、スワンプマンとしての覚醒ができたわけだ。


「でも……どうして……」


「そんなの簡単でしょ……?」


 水無月はうっすらと笑いながら、さも当然のように言う。


「私はナナを、愛しているから、なの」


 水無月はそう告げると、視線は虚空を見つめ、動かなくなってしまった。


「……」


 私は水無月の愛があまり理解できなかった。でもこれまでの好意が愛情なら、きっとそれは狂気に染まった行為だと確信を持って言える。


 だけど水無月は私に力をくれた。スワンプマンの力、エネルギーの源、ワームホールを用いる術を。


 そして、ここにはまだ他のスワンプマンが残っている。


「きっと、そのために力をくれたんだよね」


 私はある決心をすると、自分の胸の内に腕を突っ込む。すると胸の中から、強い青の光を放つキューブ上の物体が出てきた。


 それはスワンプマンのエネルギー源、閉じ込められた極小のワームホールの入った装置だ。


 私はためらわず、装置をオロチに向かって叩きつけた。


 その瞬間、青白い白光が周囲を照り輝かせたのであった。




「馬鹿だね。本当」


 マイは会議室の机に座って、結果報告書を眺めていた。


 そこにはオロチがワームホール同士の衝突により対消滅した事実がかかれていた。


 そして私は――。


「他に思いつかなくって。それにああでもしないとマイたちを助けられなかったよ」


 私は、いや私の分身はマイの隣に座って同じ報告書を読んでいた。


「分身体の再統合によるエネルギーの確保、ほぼ同存在の分身体の生存、でもねナナは死んだんだね?」


「そうだよ。オロチとの対消滅でね」


 マイはとても残念そうに言うが、私には悲しそうにしている理由があまり察せられなかった。


 だって私は相変わらずここにいる。マイとイチコの前に帰ってきたのだ。


「譜面でもあるのかな?」


「……ナナは魂を信じてる?」


「うん。信じてるよ」


「だったらナナの、本当のナナの魂はもう戻ってこないと思わないの?」


 私はマイの不思議な問いに、躊躇いつつも答えた。


「? 私は私だよ。魂は容易く分割され、再結合できる。だって人の肉体も常に代謝と再構築でできてるんだよ。別に魂だって同じだよ」


「……そういうものなのかな」


 マイは不満足そうな顔をしつつも、テーブルの上にある私の腕を握った。


 私はマイの大胆な行動に赤面しつつも、拒みはしなかった。


「お願い、ナナ。もうこれ以上増えたり減ったりしないで。ナナはナナ。2つや3つの存在じゃないの」


 私はマイの頼みを断れなかった。


「分かった。どっちみちエネルギー源が無くなった以上、私も容易に増えたりできないから」


「……ありがとう、ナナ」


 マイはホッとするような顔をして、私の手を離した。


「なんだ、なんだ? 辛気臭いな! ちゃんと勝利を祝えってよ!」


 会議室の扉が乱暴に蹴破られたかと思うと、そこにはイチコがいた。


 イチコは手にいっぱいのお菓子とジュースを持って、会議室のテーブルにそれを広げた。


「どこから持ってきたの?」


「ちょっとばかし近くの市場で徴収――譲り受けてきただけだって、心配するなよ」


 イチコは乱暴にスナックの袋を開け、豪快に中身を飛び散らせた。


「イチコはナナのこと、心配してないの?」


「ん? まあ分身体だけだけど戻ってきただけいいだろ? それにナナは精一杯生きて、精一杯戦って、散ったんだ。そいつは皆の記憶に残る。それ以上の価値はないだろ?」


「……忘れてた。あなたも大概変人だったね」


 イチコはテーブルに散乱したスナック菓子を拾い、もしゃもしゃと食べ始めた。


「ずるい! 私ももらうよ」


「構わんよ。今日は私のおごりだ。いや、市場の皆さんのおごりかな?」


 私もコップにジュースを入れ、袋の中のチョコやビスケットを食べ始める。


 それはとても甘い。レジスタンスの携帯食や配給では味わえない甘露の塊だ。


 私はそのむせ返るような甘さにとろけ、頬いっぱいにお菓子を詰め込み始めた。


「まあ、いいよ。今はたらふく食べて、いやなことは忘れましょう!」


 マイはそう言うと、ガバッと目の前のお菓子を独占しようとした。


「あっ! きたねえ! 自分だけ横取りするんじゃねえぞ!」


「別にいいでしょ! 私は隊長よ! 少しばかり特権を発動してもいいでしょ!」


「そいつは職権乱用だぜ! 返しやがれ!」


 私とマイ、イチコは談笑しながらお菓子を食べる。これが女子会、というにはちょっと慌ただしいけれど、とても楽しい。


 私は幸福感に包まれながら、私の代わりに、私ができるだけの幸せをかみしめるつもりで、これからも生きていく。


 だから、この話はここでお終い。私の、私たちのための墓標に花束を添えるために。

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ディストピア世界が壊れる頃、私たちは化け物だった 砂鳥 二彦 @futadori

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