戦士の休息
ロヴィッツ・アルカンシェイルは英国にある『教会』本部で孤児として育てられたが、生まれは米国であった。
ロビンという愛称で呼ばれ、しっかりと愛されて育った。一般家庭に生まれたエクソシストの素養持ちであったが、両親は『教会』に対して理解を示していた。ゆえに悪魔が見えない一般人の偏見に晒されていても家族の愛を受け孤独に苛まれる事はなかった。
しかしロビンの両親は自分を狙った悪魔に殺されてしまった。怯える自分を庇う形で両親を殺され、自分も殺されかける寸でのところでエクソシストに助けられた。
それから暫くの事は朧気だ。
エレメンタリースクールに通い始めて間もない子供には理解できなかった事も多かっただろうと思う。
孤児となったロビンは生前両親が『教会』にコンタクトを取っていた事もあり、『教会』に引き取られる事になった。米国に残って支部に通いながら生きる道もあったが、小さかったロビンはとにかく悪魔が見える仲間が欲しくて英国本部が持つ施設に入る事を選んだ。
それから『教会』に協力しているプライマリースクールを卒業し、エクソシストの資格も得て十五になる夏の頃『教会』のエクソシストとして日本へ短い間派遣された。
その頃にはすっかり性格がひねくれてしまい、派遣命令を出した上層部の一部も不安を覚えていたらしい。同行する事になったフルフェイズ・フィックスがこれもいい経験だと笑い、いざとなれば責任を取ると宣言したものだから上層部も一応は頷いたのだった。
実際ロビンにとって日本への派遣は転機となった。
両親の死をきっかけにエクソシストとしての腕を磨く事を志したロビンは早い段階でエクソシストの資格を得たが、勉強は出来ても対人関係は酷いものだった。チームワークに欠けたのである。
しかし日本へ渡り、自分とあまり年が変わらない退魔師達――日本という国はエクソシスト認定の試験や年齢制限はないらしく、『教会』の中でもだいぶ早くに資格を得たロビンよりも更に幼い頃から悪魔と戦っている者がいる事を知り驚いた――との交流で人付き合いが多少ましになったのである。
元々悪魔討伐にしか興味がなかった少年が少し視野を広げて帰ってきた事に『教会』の者は大変喜んだ。
それからロビンは積極的に語学を学び、各国への派遣で転々とする生活を送った。同行者は決まってフルフェイズだったが、まだぎこちない態度のロビンをフォローするのがフルフェイズも苦ではなく、潤滑油として文句のない存在であった。
そしてロビンが十八になる頃、フルフェイズは上司から渡された令状を眺めながら言った。
「ロビン。貴方と私はどうやら休みを取らなければならないようですよ」
ロビンは読んでいた本から顔を上げ、不安そうにフルフェイズを見上げた。
ロビンが読んでいたのは最近新装版が発刊された『神話図鑑』だ。各国の神話を現代的に捉えられた解説が載ったもので、暇が出来ると少しずつこの分厚い本を読み進めていた。
自分達が相手をする悪魔はこういった神話に出てくる存在に似た者も多く、その中には本物がいる事も珍しくない。
そういった存在と対峙するのは自分より階級が上の者ばかりであるが、モチーフを知る事は決して無駄にはならないとロビンは考えている。
フルフェイズは不安げなロビンを落ち着かせるように微笑んで見せた。といってもロビンの表情は他の者が見てもとても不安そうには見えないだろう。ロビンは余り表情が変わるタイプではない。わかるのは一重に付き合いの長さゆえだ。
「私もですが、本来使うはずの休日が溜まっているでしょう」
「有給休暇か」
「はい。いい加減消化しろと“令状”まで出されてしまいましたよ」
令状なんて出されてしまえば休暇というか仕事になってしまいますね、なんてフルフェイズは苦笑した。
「ここ数年色んな国に派遣されましたからね」
「あんたが安請け合いするからだ」
「優秀な相棒が文句の一つも言わず付いてきてくれるのでね」
笑顔で返されロビンは参ったとばかりに手を振った。
「指令が出た以上休みを取るしかなさそうですが、貴方はどうしますか?」
ロビンは考えるように腕を組んだ。
「改めて海外旅行というのもいいかもしれないな」
派遣で各国を飛び回っている身であるが、暇があればフルフェイズに観光に連れ出される。ロビンは観光で遊び回るといった性格ではなかったが、フルフェイズもそれがわかっているためか文化遺産や博物館といった場所をよく回った。
土地に根付いた文化というのは霊的なものと繋がっている事も珍しくないため、勉強熱心なロビンにとってもフルフェイズに連れ出される観光は有意義なものだった。
「休暇らしく過ごすのもいいと思いますよ。例えば――USAとか」
ロビンはフルフェイズを見上げた。相変わらず食えない笑みを浮かべている。
「貴方の経歴は聞いています。ですが生まれ故郷に辛い思い出しかない、というのはなんだか寂しい気がして」
ロビンはフルフェイズの言葉を咀嚼するようにゆっくりと瞬きした。
「今の貴方なら故郷をゆっくり見て回る余裕もありそうですしね」
悪魔をただ憎しみの対象にしていただけのロビンなら勧めはしなかっただろう。フルフェイズは彼なりにロビンを心配していたのだ。
チームワークに乏しかった頃の自分を日本への派遣に無理に連れ出したのも結局はそういう事だろう。実際反対意見も多かったのだ。しかしフルフェイズはそれをはね除けた。今の環境のままでは変わらないとふんだのかもしれない。
そしてフルフェイズの読み通りロビンは日本への派遣で成長した。出来た男である。
そんな経緯もあってかロビンはフルフェイズに対しては一定の信頼をおいている。
「そうだな。行ってみるか」
十年近く離れた生まれ故郷、USA。
今の自分にはきっと見えなかった景色が見える事だろう。そう信じると少しずつ楽しみに思えてくるのだった。
猟犬追いしヘルバイソン シグマサ @sshigure
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます