囚われの蜂蜜姫と国一番の騎士

閑谷 璃緒

囚われの蜂蜜姫と国一番の騎士

 昔々ある所に、それはそれは可愛らしい、金色の髪を持つ一人の姫がおりました。


 今年十歳になる姫には、美しくて優しい家族と三人の友達がいました。


 姫がまだ小さかった頃に王様が連れて来た三人の女の子は、いつもキラキラしていて素敵な友人です。


 部屋を出ると死んでしまう病気に罹っているという姫は、自分の部屋の外を知りません。


 しかし、そんな自分を心配して王妃様や王子様が会いに来てくれるので、姫は今の暮らしに満足していました。


 姫は優しい自分の家族に、いつも心から感謝しています。


 王様と王妃様、そして二人の王子様は燃えるような赤い髪が良く似合う、姫の自慢の家族です。



 姫の十歳の誕生日、姫は一人の男の子と出会いました。


 腰に立派な剣を下げた男の子は、リシュリューと名乗りました。


「城が大きくて迷ってしまったんだ」


 そう言って笑う騎士見習いのリシュリューに、姫は初めての恋をしたのです。


 同い年だった二人は、すぐに友達になりました。


 その日から、リシュリューは時々姫の前に現れるようになりました。


 誰にも見つからないようにと夜中にこっそり会いに来るリシュリューは、姫に外の話をしてくれます。


 人を乗せて走る”馬”という生き物のことや、煌びやかな”舞踏会”という催し物のことなど、色々の話を聞いている内に、姫は部屋の外に出てみたいと思うようになりました。



 そしてある夜、二人は一つの約束をしました。


「僕はこれから、もっともっと強くなる!それで、国一番の騎士になったらきっと、君を迎えに来るよ!」


 リシュリューの言葉に、姫はにっこりと笑いました。


「ありがとう、リシュリュー」


 リシュリューが去った後、姫の頬を一粒の涙がつうっと伝います。



 姫は知っていました。


 自分は病気ではないことも。


 自分の金髪はこの国には無いことも、その意味も。


「姫の友達」という仕事をする女の子がいることも。


 姫は、もう何年も前から知っていたのです。



「さようなら、リシュリュー」


 姫は、リシュリューが閉めていったドアに向かって、そっと囁きました。



 それから何年もの間、リシュリューは戻ってきませんでした。



 姫に約束をした次の日から、リシュリューは誰よりも熱心に騎士団の訓練に参加しました。


 誰よりも早く訓練を始め、誰よりも遅くまで訓練を続けました。


 最初は国一番の騎士になるというリシュリューの夢を馬鹿にしていた騎士団の仲間たちも、リシュリューを応援するようになりました。



 それから十年の時が流れて二十歳になったリシュリューは、ついに国一番の騎士になりました。


 国で一番強くなったリシュリューは、王様から褒美をもらえることになりました。


「リシュリュー、お前の望みは何だ?地位でも名誉でも、富でも良い。何でも申してみよ」


 そう言う王様に、リシュリューは堂々と答えます。


「王よ、私が望むのは地位でも富でも名誉でもございません」


「ではお前は何を望む?」


「私が望むものは、十年前からただ一つ。姫と結婚する許可をいただきたいのです。」



 それから一か月経った朝、結婚の準備を整えたリシュリューは十年ぶりに姫のもとを訪ねました。


 可愛かった姫は、十年の間にすっかり美しい大人になっていました。


 蜂蜜色の髪が、青空のような瞳が、姫のすべてがリシュリューの心を掴んで離しません。


 リシュリューは姫に跪いて言います。


「遅くなってごめんね。約束を守りに来たよ。・・・美しい姫、どうか僕と結婚していただけませんか?」


「・・・はいっ。喜んで!」


 姫はまるで花が咲くようにふわりと笑いました。



 十年ぶりに会ったリシュリューは立派な騎士になっていて、見習いだった頃の面影はほとんど残っていません。


 しかし、彼の紫色の瞳だけは十年前と変わらず柔らかな光を宿していました。



 その夜、二人は誰もいない教会でひっそりと結婚式を挙げました。


 初めての外の世界は、姫にとって何もかもが初めてで、輝いて見えました。


 宝石のように煌めく星空の下、二人は口付けを交わしました。


 静かで特別な結婚式に、二人は永遠の愛を誓いました。



 それから国の隅に家を建てた二人は、可愛い子供たちに恵まれて、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。



 <おしまい>




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おかーさま、すてきなおはなしですね」


「そうね。これはお母様――貴女のおばあ様とおじい様のお話なのよ、リリィ」


「ほんと?!」


「ええ、そうよ」


 目を輝かせる我が子の金色の髪をそっと撫でる。


 私の母は、生まれて間もなく隣国に連れ去られたらしい。


 この絵本は、母の手記を基に制作されたそうで、私達親子のお気に入りだ。


 私は数年前まで、兄弟と共に隣国で暮らしていた。


 しかし、母譲りの金髪が原因でこの国に保護されている。


 後で知ったのだが、この金髪はこの国の王家でしか見られない特徴らしい。


 最初は不安しかなかったけれど、今ではすかっりこの国に馴染んでいると思う。


「おっと、姫様方はこちらにいらっしゃったのですね」


 背後から突然声を掛けられて、肩がぴくっと跳ねる。

 こんな芝居がかった話し方をするのは義兄以外にあり得ない。


「ごきげんよう陛下。良くこの場所が分かりましたね」


 ピシッとカーテシーを決める。

 この国に来てすぐの頃はバランスを崩しがちだったけれど、今ではすっかり染みついた動作となった。


「堅苦しいのはナシだよアミエラ。それと、我らが宰相殿が『アミエラ不足で仕事ができません』なんて言うんだ。君の旦那さん、どうにかしてくれない?」


「まあ!それは大変ですわね、ジルベールお義兄様」


「そうなんだ。という訳でアミエラ、君を待つ間リリザベートと遊んでいてもいいかい?」


「ふふっ。わかりました。・・・リリィ、ジルおじ様と遊んで待っててね!」


「わかりました、おかあさま!」



 ――天国のお母様、お父様。


 この通り、私には今、可愛い娘と夫がいます。


 私は今、心の底から幸せです!

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