第38話 警戒


 明日から夏休みということで、いつもより早く帰宅した時也。

 ことはの小学校より1日早く夏休みに入るが、その分早く終わる。

 もう今日中にさっさと夏休みの課題を終わらせて、夏休みを満喫しようと思っていたが、どうやらそうもいかないみたいだった。


「知らないんですか? お兄さんなのに?」


 玄関の前に立っていた見知らぬ小学生は、時也の顔を見てバカにしたような表情を浮かべている。

 本人は笑顔のつもりなのだろうが、時也には通じなかった。


 少し作り物のような整った顔立ちのその小学生……時也には何者かわからないが、この顔だ。

 少女漫画から出て来たみたいな雰囲気だし、おそらくおませな女の子たちから人気に違いない。

 もしことはと仲がいいのなら、危険だと時也は警戒している。


「……ことはは学校に来なかったんだな?」

「そうですよ。だから、こうして訪ねて来たんですけど……その様子じゃ、どこにいるかわからないんですね。お兄さんなのに」


(なんだこいつ……なんとなくムカつく)


 本能的に敵だと判断しているのだが、時也はなぜそう判断しているのか自分でもよくわかっていなかった。


「ああ、知らないな。ところで、妹になんの用だ? いないのに突然訪ねてくるなんて……連絡先を知らないのか?」

「……最近転校して来たばかりで、まだ聞いてないんですよ。それじゃぁ、お兄さんから連絡してくれませんか? 都木野奏が来ているって」


(ときの……かなた?)


 時也の中で、ある可能性が頭を過ぎる。



「お前……中学の裏にある家に越して来たやつか?」

「あぁ、それは知ってるんですね」


 一昨日ことはが行方不明になった時、伯父である優介に教えた家。

 優介が死書官であることを知らない時也は、自分の伯父は警察官だと思っている。

 危険だから家で待っているように言われて、現場には向かっていないが…………

 その家の子供が、ことはに一体何の用か————



(ことはを誘拐した犯人は捕まったって言っていたけど……犯人の息子ってことか?)


 まさか、その犯人がこの小学生だとは時也は思いもしない。


「じゃぁ、死書官は? 死神図書館のことは、知ってます?」

「死書官……? 死神……?」


(一体、なんの話をしているんだ?)


「あぁ、知らないなら結構ですよ。ことはが持っていないなら、あなたが持っているかもと思ったんですが……知らないようですね」

「ことはが持っていない? 何の話だ……!! 詳しく話せ!!」


 奏はニコニコと笑いながらことはに起きていることを話し出した。




 ◇ ◇ ◇



 ドアを開けると、そこは天蓋てんがい付きの豪華なベッドに、隣の子供部屋とはまるで違うロイヤルブルーの壁紙せ、日本にいるとは思えない西洋風の部屋だった。

 急にノックもせずに、ドアを開けられたというのに、中にいた女はこちらの方を見ようとはせず、真っ黒なロング丈のワンピースを身にまとい、窓の外を眺めながらティーカップに口をつけている。



「あなたね……あの堕天使に協力しているのは————」


 トトとことはには窓の向こうの夕日が眩しくて、顔はよく見えなかった。

 眩しさに目を細めながら、トトが声をかけると、女はカップの紅茶を飲み干し、ベッド横の丸テーブルの上にあるソーサーにティーカップを戻した。


「まぁ……堕天使だなんて。私にとっては、天使よ……彼は」


 やっとこちらを向いた女は、にっこりと微笑みながら長い黒髪を耳にかける。

 病人のような青白い顔の女の唇に引かれた赤い口紅は鮮やかで、ことはは、その女の顔に目を見開いて驚いた。


「ねぇ、あなたもそう思うでしょう? ことはちゃん」



 花咲優子が、そこにいた——————




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