第39話 偽物


「マ……マ?」


 目の前で笑っている女の顔は、確かにずっと探していた母親の顔だった。


(……でも、なんか————違う)


 3年前の姿と、一致しない。

 肌の色もこんなに青白くなかったし、こんなに派手な真っ赤な口紅をつけている姿をことはは見たことがない。

 黒いワンピースを着ているせいで余計にそう見えるのか、すごく痩せている。


「どうしたの? ことはちゃん……私に会えてびっくりした?」


 女はことはに近づくと、首にかかっているカギを見つめた。


「あら、その偽物をまだ持っていたのね。本物は一体どこへ行ったのかしら? どんなに探しても、見つからないのよ……あのカギは……あのカギは……どこにあるのかしら」


(……違う……!! 声も違うんだ……顔はママにそっくりなのに……この人は、違う人だ!!)


「あなたは、誰ですか? ママじゃ、ないですよね」


 ことはは恐る恐る、女に尋ねた。


「何を言っているの、ことはちゃん。ママのこと、忘れちゃったの?」


 女は優子にそっくりな顔で、悲しそうな表情を作る。


「忘れてない。忘れてないから聞いているの! あなたはママじゃない……それに、わたしのママは、わたしのことをそんな風に呼ばないわ」


(ママはいつも、コトちゃんって呼んでくれてた。たまにことはって呼ぶ時もあったけど……ちゃんをつけて呼ぶ時は、いつもそうだった)


「なーんだ……バレちゃったか。そうよ、私はあなたのママじゃないわ。……フフ」


 違和感の塊しかない、花咲優子と同じ顔で笑うこの女は、一体誰なのか……

 怖くて、トトの手を握ることは。

 しかし、トトはことはの手を握り返してはくれなかった。


「トトさん……?」


 何も言わないトトを不思議に思って、ことははトトの顔を見た。

 今までに見たことのないくらい、驚いた表情————でも、どこか悲しそうにも見える。


 トトの緑色の瞳が揺れる。


 そして、呟いた。



「その声、あなた————……リリー?」


 女はわざとらしく拍手をする。


「正解よ。さすがね、トト」


(トトさんを呼び捨てにしてる…………奏くんと同じ————ってことは、この人は死書官じゃないの?)


「どうして……あなたが、どうして生きているの!? あなたはもう何十年……いえ、100年以上前に死んだはずよ!!」


 声を荒げながら、トトはそう言った。


「ええ、そうよ。私は死んだわ。何度も……何度も死んで、それでもこうして生きている。フフ……」


(ど……どういうこと!?)


「ただの人間だったあなたが、どうして……————まさか、あのカギを探していた犯人は……」

「そうよ、それも、大正解」


 リリーと呼ばれた女は、また大げさに拍手をする。

 それからおもむろに棚から布袋を取り出すと、口を縛っていた麻紐もほどき袋の中身をひっくり返した。


 金属のぶつかる音がして、テーブルいっぱいに真鍮のカギがいくつも広がり、いくつかのカギはテーブルからこぼれ落ちて床に落ちる。


 形は様々だったが、それは紛れもなく死書官のカギだ。


「こんなに探したのに、どこにも見つからなくてね……ねぇ、ことはちゃん。あなた、あのカギを使ったおかげで、こうして生きているのでしょう? 教えてくれないかしら。あのカギはどこにあるの?」


 リリーは優子と同じ顔で、そっくりな笑顔でそう尋ねる。


「やっとあなたに会えたのに、どうして、あなたはカギを持っていないのかしら? 本当は、もう、持っているんじゃないの? ねぇ……私に教えてくれない? あの女は、カギをどこへやったの? トトは知ってる?」


 たくさんのカギ……これはすべて、死書官から奪ったものだ。

 ことはは、書き換えられたあの死書の中で見た光景を思い出す。


 フードをかぶっていたせいで、顔がよく見えなかったから、気がつかなかった。

 犯人は、優子と同じ顔をしたこの女だったのだ。

 死神を見た目撃者も、そして、その死神を殺したのも……全部、この女がしたことだ。


(どうして、笑っていられるの? あんなひどいことをしておいて…………なんの罪もない人の未来を奪っておいて————許せない……っ!!)


 トトの手を握っていたことはの手に力が入る。


「トトさん、教えて。この人は……一体誰なの!?」


 トトは、大きな声で怒りに震えていることはに驚きながらも、このリリーが何者なのか、話した。



「リリー……いえ、本当の名前は、百合ゆり……——神威百合よ」

「神威……!?」


 リリーは、上級死書官を数多く輩出してきた神威家の人間だった。


 さらに————



「最後の鑑定士だった死書官よ……それも、100年以上前のね」



 とうの昔に死んでいるはずの人間だった。

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