第37話 危ない小学生


 奏は死神図書館にいるはずだし、奏に使えていた男ももうここにいない。

 トトと優介がことはを助けに来た後、下級死書官や死書官補佐が数名でこの家を調査したが、他には誰もいなかったと報告を受けている。

 そもそも、堕天使である奏に家族がいるわけもない。

 それでも、明らかに女物の黒いハイヒールが玄関に一足置かれているのだ。


「と……トトさん?」

「アレに協力している死書官がいるっていうこと……よね? この状況……」

「う、うん……」


 トトは眉間にシワを寄せながら、土足で家の中に入ると、一番近いリビングのドアを開けた。

 ことはは慌てて靴を脱いでから、トトの後をついて歩いた。

 それはことはが捕まっていた部屋で、そこには誰もいない。


 1階の他の部屋やキッチンやトイレも調べたが、誰もいなかった。

 階段から2階へ向かう。

 トトの後ろについて階段を1段1段上がるたびに、ことはの心臓は緊張でドキドキしてくる。

 一体誰がいるのか……トトが一緒にいるとはいえ、得体の知れない誰かがいる。


(奏くんに協力してるってことは……悪い人なのかな?)


 2階には2つ部屋があった。

 右側の部屋には誰もいない。

 おそらく、奏の部屋だろう。

 学習机や学校の教科書、サッカーボールや地球儀なんかが置かれ、小学生の男の子の部屋……という感じだ。


「隣か……」


 トトは、左側のドアに手を伸ばす。


 あの堕天使に手を貸す死書官なんて、不届きものめと、勢いよくドアを開けると、そこにいたのは————



 ◇ ◇ ◇



「まったく、あんな量の死書の仕分けなんて、ごめんだよ! あれはトトの仕事だろう……ぼくの仕事じゃぁないし……」


 優介の目を盗んで、図書館から出た奏はことはの家に向かっていた。

 日菜ちゃんに住所は聞いてあるため、場所は簡単にわかる。


「家の事情ってことは、家にいる? いないか? いや、でも……なんだかそれも嘘っぽい。きっと、カギについてなにかわかったんだ。昨日、あの高島の死書から戻って来てから、なんか変だったし……」


 坂を登って、公園の前を通って花咲家へ。

 チャイムを鳴らしても、誰も出てこないしカギもかかっている。


「うーん……誰もいないか。まぁ、誰もいないなら、調べるのには絶好のチャンスかな」


 玄関の前で、どうやって入ろうかと思案している奏。

 はたから見たら、小学生の男の子がお友達の家に遊びに来たようにしか見えないだろう。

 不法侵入する気満々だなんて、誰も思わない。


「おい、うちになんか用か?」


 そんな危ない小学生に、後ろから声をかけたのは、この家の長男・時也だった。


「ことはの友達か?」


 その声に振り返り、奏はにっこりと笑う。

 人が良さそうな、偽物の笑顔で。


「こんばんは、お兄さん。ことはさんはいますか?」


 普通の人間なら、奏のような害のなさそうな美少年を邪険にはしないだろう。

 しかし、時也はじっと奏の顔を見たかと思うと、不機嫌そうに舌打ちをした。


「ことはなら今はここにはいない。児童館に行ってる」

「児童館? 学校には来なかったのに……児童館ですか?」


 なぜ舌打ちされたのかわからなかったが、時也にさらに質問した奏。

 普通、高校生のお兄さんに舌打ちされた上に、こんな怖い表情をされたら小学生ならビビって逃げるだろうが、こちらとて普通の小学生ではなかった。


 時也は奏の質問に、一瞬驚いたようにも見えたが、さらに不機嫌そうな顔になる。


「学校には来なかった? どういうことだ?」

「家庭の事情でお休みって聞いてたんですけど……違うんですか?」


 奏は時也の反応で察した。

 ことはが学校を休んだのは、家庭の事情なんかじゃない。


 あのカギについて、何かわかったのだ————と。


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