第20話 日菜の声


『うん、ことはちゃんならヒナの家にいるよ! 今日は、うちで晩御飯食べて行ってって、ヒナが言ったの!』

「日菜ちゃんの家に? そうか、じゃぁ、ことはにちゃんとお礼を言って帰ってくるんだぞって伝えておいてくれる?」

『うん、伝えておくね! バイバイ、時也お兄ちゃん!』


 夜になっても、ことはが家に帰って来ない。

 心配した時也がことはのスマホに連絡したら、よく一緒に遊んでいる日菜の声がした。

 ことはは今トイレに行っているらしく、代わりに出たようだ。


 日菜の家で晩御飯をご馳走になることは何度もあったし、とくに不思議なことはない。

 連絡するのを忘れていただけなのかと、時也はすっかり冷めてしまったオムライスにラップをかけた。


「コトちゃん、どうしたって?」

「あぁ、日菜ちゃんの家にいるってさ……」


 帰宅し部屋着に着替え終わった父に聞かれて、時也はそう答えたが、父の方は変な顔をする。


「日菜ちゃんって……確か3丁目の笹原ささはらさんの子だよね? 上にお姉さんがいる」

「あぁ、そうだけど?」

「変だなぁ……さっきスーパーの前で笹原さんに偶然会ったけど、これから急な通夜があるから家族で地方へ行くって言ってたんだけど……」

「えっ? そんな……だったらどうして、ことはのスマホに日菜ちゃんが出たんだ?」


 時也は父からその話を聞いて、発信履歴を確認する。

 どう考えても、ことはにかけている。

 日菜ちゃんが嘘をつくとも思えない。


「どうなってるんだ……?」


 わけがわからず、時也はもう一度ことはに電話したが、今度は電源が切られていた。

 仕方がなく日菜ちゃんの家に連絡するが、誰もいないためコール音のみ。

 試しに日菜ちゃんのスマホにかけてみると、何を言っているのかわからないと言われてしまった。


『ことはちゃん? ことはちゃんなら、今日のお昼休みに早退してから会ってないよ?』

「早退……?」

『うん、お昼休みにいなくなってね、ランドセル置いたまま帰っちゃった。でも、すぐにことはちゃんのお父さんから早退するって、電話来たって……先生が言ってたけど?』


 普通に働きに出ていた父が、そんな連絡をするわけがない。

 時也も父もことはが早退したこと自体知らないのだから。


「どうなってるんだ? じゃぁ、ことははどこに?」




 ◇ ◇ ◇



「ふぐっ……んん」


(どうなってるの?)


 ことはは目の前で起きているこの状況が理解できず、驚きすぎて動けない。

 さらに言うと、手足を縛られているため、物理的にも動けない。


「うん、伝えておくね! バイバイ、時也お兄ちゃん!」


 動けないことはの代わりに、時也からかかって来た電話に出たのは、奏だった。

 奏の口から、日菜の声がして、ことはは日菜の家にいると嘘をついた。

 ここは日菜の家ではない。

 都木野家の1階だ。


 椅子に縛り付けられ、スマホにかかって来た電話口に助けてと叫ぼうとしたら奏に手で口をふさがれてしまった。

 奏は日菜のフリをして時也をだまし、電話を切るとことはの口から手をはなした。


「余計なことを言ったらダメだよ、花咲さん。あのカギが本物かどうか調べ終わるまで、今日は返さないからね」


 今まで日菜の声で電話していたのが嘘みたいに、あの声変わりの途中のような声にもどった。


「一体、あのカギがなんだっていうの!? それに、どうして知ってるの!? ママのこと!!」


 ことはがミッピィのペンダントと一緒に首から下げて服の中に入れていたあのカギはチェーンから抜き取られ、奏に奪われしまって今鑑定にかけられている。

 奏は確かに言った。

 と。


 なぜ奏がことはの母のことを知っているのか、それにあのカギがなんだというのか……わからないことだらけだ。

 奏の口から日菜の声がなぜ出るのかもわからない。


「ぼくは別に、君に興味があるわけじゃない。欲しいのは本物のカギだ。未来を変えることのできる、時の彼方へいけるあのカギが欲しいだけ」


(未来を変えることができるカギ……?)


「死書官が持っているカギにはね、2種類あるんだ。過去を変えることしかできないカギと、未来を変えることができる時の神だけが持つことのできるカギだよ。それを最後に持っていたのは、優子————君の母親だ」


 奏ではことはの首にあのカギを外されたミッピィのペンダントを掛け直しながら、ニコニコと笑って言った。


「それさえ手に入れば、家に帰してあげる。ただそれだけの話だよ。簡単でしょ?」


 やっぱり目が笑っていない。

 ことははその笑顔が怖くてたまらなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る