第19話 あのカギ


 1冊の死書ができた時、それはつまり、人が亡くなったということ。

 ついさっきまで、一緒に授業を受けて、給食を食べていた児童の死。

 詳しい死因は公表されなかったが、後日病気によるものであると児童たちは聞いた。


 死書官が死神と呼ばれているのは、その死の場所に必ずいるからだ。

 児童の死書を回収していった死書官は、まさかことはのような小学生が死書官補佐であるとは気づかず、フードを被ったままその場を立ち去ると、一番近くにあったポストに死書を投函した。


 ことはは密かにその死書官の後をつけると、彼は人気のない路地裏に入ると被っていたフードを外した。

 2、30代くらいのどこにでもいそうな顔をした男だった。

 この暑さでかいた汗を腕で拭って、一息ついているようだ。


(この人が……あの犯人の死書官……なのかな?)


 気づかれないように、物陰から様子をうかがうことは。

 いくら母親譲りの正義感があるとしても、ことはは小学生だ。

 相手は大人だし、それも死書官を殺した死書官かもしれない。

 ここまでついて来たものの、もしかしたら、殺されてしまうかもしれないという恐怖から脚が震える。


(どうしよう……一人で行かない方がいい? トトさんを呼ぶ? って、トトさんはスマホ持ってないんだった!! どうしよう……!!?)


「花咲さん、こんなところで何しているの?」

「ひやあああ!!???」


 後ろからポンっと、肩に手を置かれ、声をかけられた。

 振り返ると、なぜかあの妙に自分を見つめてくる奏がいた。

 驚きのあまり、つい大きな声を出したせいで、死書官に気づかれてしまい、変な声が聞こえたこちら側に近づいてくる。


(やっ……やばい!!)


 焦ったことはは、奏の腕を引っ張ってその場から逃げ出した。



 ◇ ◇ ◇




「な、なんでここにいるの!?」

「それは、ぼくが聞いたんだけど……授業サボって、何してるの?」


 ことはは、あの死書が回収された時にそのまま死書官の後をつけている。

 午後の授業のことなんて考えていなくて、確かにサボったことにはなるが、それはそんなことはを追いかけて来た奏も同じだ。


「ちょっと……不審者を見たから……——って、関係ないでしょ!? 奏くんには」


(せっかく犯人かもしれない死書官を見つけたのに、見失っちゃったじゃない)


 奏のせいで見失ったというのに、そんなことは知らない本人はのん気にまたニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべている。

 昨日からこの奏のせいで、調子が狂いまくってることはは、なんだかイライラしてきた。


「それに、一体なんなの!? なんで、わたしのことそんなに見てるのよ!!?」


 怒り任せに、疑問に思っていたことをぶつけると、奏は表情を全く変えずに答える。


「ぼくが見ていたことに気づいてたんだね。だけど残念。ぼくが見ていたのは、君じゃないんだよ」

「えっ……?」


 笑顔のままなのに、ふっと空気が変わった気がした。

 何かが違う。

 口元は笑っているのに……目が笑っていない。

 作り物のような、大きな目で奏はことはを見つめ、ことはに向かって手を伸ばした。


「どこにあるの?」

「な……何が?」


「カギだよ。君が持っているんだろう? 優子が持っていた、あのカギを——————」




 ◇ ◇ ◇



「時の彼方へ行くことのできる、あのカギです」


 優介のその言葉で、トトは何かを察した。


「まさか……あのカギを? でも、あれは今どこにあるのか誰も知らないでしょう? それに、カギの力自体、封印されているはず……」


 死書官は、みんなそれぞれカギを持っている。

 死書官のカギには、死神図書館へ入ることができることと、死書の回収時に押すスタンプ、死書の中への出入り、死書を書き換える時にも使われるのだ。

 過去へ行くことができ、過去を変えることができるカギ。


 しかし、カギの中にはなぜか、未来へ行くことができ、未来を変えることができるカギが存在していた。

 それは時の神のみが使えるカギだ。


 かつて、時の神になろうとしていた輩が狙っていたあのカギ。

 優介たちのこれまでの調査によると、犯人はそのカギを探しているようだ。


 争いごとをなくすために、トトが封印し、普通のカギとして死書官の手に渡り、今は誰が所有しているかわからない。

 木を隠すなら森の中ということだ。

 封印した本人も、そのカギを所有している死書官だってそれが時の彼方へいけるカギであることを知らないのである。


「時を操りたいと思うものが、現れたということか……————」


 この時、トトの脳裏にある一人の人物の顔がよぎった。


 作り物のような、整った顔をした少年……


「…………まさか、ね」



「ところで、トト様。新しく死書官補佐を雇ったと聞きましたが、今日は来るんですか?」

「ええ、学校が終わったらくる予定よ。そろそろ来るんじゃないかしら? それにしても、珍しいわね……上級死書官のあなたが、ただの補佐に関心があったなんて」

「いえ、その……小耳に挟んだのですが、名前に聞き覚えがありましてね。本人に直接会って確かめたいのですよ」


 優介は図書館でことはが来るのを待ちながら、トトの溜まっている仕事を手伝うことにした。



 しかし、放課後になっても、ことはは現れなかった。


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