第15話 ソレ


 ことはが図書館に入ると、待ってましたとばかりにトトが大量の死書をテーブルの上に山積みにしていた。

 一刻も早く、昨日借りるのを断念した陽太くんの死書を読みたかったが、どうやらそんな暇はないらしい。

 トトはにっこりと笑いながら、陽太くんの死書だけでは手がかりが少なすぎるだろうから、他の死書の仕分けをしながら別の関係のある死書を探してみてはどうかとことはに提案。

 それもそうか……と、ことはは黙々と、最初に教えられた通り、仕分け作業を進めた。


 そして、数十冊仕分け終わったところで、トトに疑問に思ったことを聞いてみる。

 もちろん、仕分け作業は続けながら……


「ねぇ、トトさん……死書官補佐のこの制服のパーカー、フードを被ればわたしの姿は見えなくなるんだよね?」

「ええ、そうよ。普通の人間には見えないわ……よく考えて見なさいよ? 死書官は死ぬ直前に近くにいるのよ? 知らないおじさんがじーっと自分のこと近くで見てたら、怖いでしょ?」


(……確かに)


 受付の椅子に座り別の仕事をしながらトトは答えてくれたが、ことはは知らないおじさんがじーっとこっちを見ている様子を想像してちょっと気持ち悪くなった。


「……まぁ、まれに見える人間もいるけど本当にごく稀によ。あとは、同じ死書官同士であれば見えるけど」

「え? そうなの!?」

「何をそんなに驚いているのよ……」


 死書官同士はフードをかぶっていても、お互いの姿を見ることができる。


「————ってことは、昨日わたしに邪魔って言ったあの男の子! 死書官だってこと!?」



 静かな図書館に、ことはの声が響き渡り、驚きすぎて立ち上がった拍子に山積みだった死書がバサバサと床に散らばってしまった。


「なんの話をしているのかわからないんだけど…………男の子って、いくつくらい?」

「え……? えーと、多分わたしと同じくらい」

「……それならあり得ないわ。今の死書官は補佐を含めても最年少はことは、あなたよ? その上となると、18歳だし」

「そうなの? ……じゃぁ、稀な方の人間?」


 床に散らばった死書を拾い集めながら、ことははそう言ったが、トトは何か思うところがあるようで眉間にシワをよせる。


「その男の子って、どんな顔をしていたの?」

「えーと、邪魔って言った男の子の顔はわからない……。だけど、多分家族か……本人の顔ならわかるよ?」

「え? どういうこと?」

「今日ね、転校してきたの。都木野奏くんっていうんだけど……苗字は同じだし、声も似てるんだけどね、なんかその邪魔って言った男の子とは違う人のような気がして……イケメンっていうのがわたしよくわからないんだけど、クラスの女子はみんなかっこいいって言ってた」


 ことはのその話を聞いて、トトの眉間のシワがさらに深くなる。


「もしかして、整った顔をしていなかった? 作り物のような、まるで人形のような……」

「あー……そうかも。そういえば、ちょっとトトさんに似てるかも。トトさんもお人形さんみたいだよね。まつげが長くて、目が大きくて————」


 いつの間にか、受付の椅子から降りたトトはことはの前に立っていて、ことはが床に落とした最後の1冊を拾い上げたとき、トトと目があった。

 その作り物のような綺麗な緑色の瞳が、揺れている。


「……どうしたの? トトさん?」

「ことは……————あなた、絶対にソレとは関わらないで」

「へっ?」

「絶対に、関わっちゃだめよ!!! わかった!?」

「う……うん」


 トトは明らかに動揺しているようだった。

 見た目はことはと同じ歳くらいだが、妙に落ちついていて子供らしさのないトトが、ここまで声を荒げているのをことはは初めて見た。

 ことはも、トトのその様子に、どうして関わってはいけないのか、聞くことはできなかった。


 それからトトはまた受付の椅子に戻ると、一言も喋らずに仕事に戻る。

 ことはも、話しかけてはいけない気がして、黙々と仕分け作業を続けるしかなかった。



(わたし、何か変なこと言ったかな————?)



 トトが怒っているような……そんな気がして。


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