第13話 貸し出しのルール


 夕方、今日から都木野家となってしまった家の前で、ことはは悩んでいた。


(人が住んでいるのに、勝手に開けて大丈夫なのかな……?)


 すでに引っ越し業者のあの大きなトラックはなくなっているため、運搬のため開けられていた玄関のドアは閉まっている。

 だが、空き家ではなくなってしまったこの家に入るのには、さすがにためらった。

 もし何かの拍子に見つかったら、警察に通報されてしまうかもしれない。


(うーん……でも、トトと連絡とれないし……————)



 トトは今時珍しく、スマホもケータイも持っていない。

 昨日、陽太くんの死因となった事故のことを調べたのも、ことはのスマホからだ。

 入れないから迎えに来てくれとも言えないし、そもそも、死神図書館へ続いているあの長い廊下はどこへ行ってしまったのか……


(わからない……でも、カギは光ってるのよね)


 意を決して、そっとカギ穴に挿し込むと、やはりカギの光は強くなる。


 ————ガチャ


(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!)


 後ろめたさから、ぎゅっと目を閉じつつ、ドアノブを回せば、重い木製のドアが、キィィと嫌な音を立てながら開いた。


「あ……あれ?」


 そこには、今朝見た玄関も、並べられた靴もなく、あの長い廊下が続いている。

 ことははドアを開けたまま、一歩下がってまわりを確認したが、このドアの中以外は、今朝見た家と何も変わりがない。


(どうなってるの? 不思議……)


 ことはは小首を傾げながら、中に入った。

 重い木製のドアが、キィィと音を立てて閉まる。


 その様子を、2階の部屋の窓から見られていることにやはりことは気づかない。



 ◇ ◇ ◇




「入り口の家に引っ越して来た?」

「うん、そうみたいで……ほんとはもっと早い時間にここに来たかったんだけど、入れなくて————」


 ことはは、トトに今朝起きたことを説明した。

 入り口となっているはずの空き家に引っ越して来た人物がいること。

 そして、開いていたドアをのぞいたら、図書館へ続く道がなくなっていたことも……


「あぁ、それはね……そのカギのせいよ?」

「カギのせい?」

「この図書館に入るためのドアは、日本各地にあるの。郵便ポストに入れられた死書がここへ集まるのと同じで、最初の入り口は色々なところにあるけど、基本的にどこから入ってもここにつながるようにできているのよ」


 死書官はそれぞれ死神図書館のカギを持っている。

 そのカギで、入り口になっているドアを開ければ、図書館へ続くあの廊下につながり、ただのカギで開ければ、その建物本来の室内になっているのだ。


「じゃぁ、これからもこのカギさえあれば、住んでいる人には影響ないのね? 勝手に入って、警察に通報されちゃったりとかも、しないってこと?」

「勝手に入って……って、そもそも、あなた最初に許可なくここに入って来たんでしょ? 空き家だろうが、所有者の許可なく入ったら犯罪なのよ?」

「…………ごめんなさい」


(ママに会いたかっただけなんだけど……確かに、勝手に人の家に入っちゃダメだよね)



 トトはあきれながら、さっさと今日の分の仕事をするようにことはに言った。

 しかし、ことはは今日は時間がない。

 夕方には家に帰ると約束してしまった。


「いや、その……今日は、わたしすぐに帰らなくちゃならなくて…………」

「え? なんですって? じゃぁ、何しに来たの?」


 眉間にシワを寄せるトト。


「もう入れないんじゃないかって心配で……確かめに来たの。明日からはちゃんと、放課後に来るし……それに、夏休みが始まったら毎日通うわ! それと……陽太くんの死書を、借りたいんだけど」

「死書を……? どうして?」

「陽太くんを事故の被害者にした犯人の手がかりが何か残ってないかなって思って…………わたしのママの行方不明は、違法死書の調査のせいかもしれないし、違法死書の犯人がわかれば、ママの居場所も、わかるんじゃないかな……——なんて、思って」


 陽太くんが違法死書の被害にあったのは、死書を書き換えた犯人にとって、何か都合が悪いことがあるのではないかと、ことはは思っていた。

 もしかしたら、それは陽太くんの死書をすみからすみまで読めばわかるかも……と。


 今日も死書官補佐の仕事はできそうにないし、せめて陽太くんの死書の内容の確認だけでもしたかった。



「確かに……その可能性はあるけど、絶対に無くさない自信ある? それに、返却期間を過ぎた場合、あなたの寿命が減ることになるわ」

「えっ!?」

「延滞料金のようなものよ。返却日までに返さなければ、1冊につき1日遅れたら、1日分のあなたの寿命が減るわ。それでもいいなら、貸してあげるけど」


 トトは受付の後ろに掲示されていたポスターを指差す。

 ことははそのポスターに書かれていた文字を読んだ。




 + + + +


【貸し出しのルール】


 ●貸し出し期間は2週間

 ●延長する場合は、返却日当日までに必ず申請すること(最大3週間まで)

 ●延滞料:1冊につき1日分の寿命

 ※死書を紛失した場合、残りの寿命の半分が徴収されます。


 + + + +



 古びた白い紙に、赤いインクではっきりとそう書いてある。



「や、やめておきます……」



 他のことに気を取られて、今まで気にしていなかったが、ここは、死神の図書館。


 普通の図書館とは違うのだと、ちょっと冷や汗をかいた。





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