第11話 奪われた未来


 死書の中から戻った二人は、もう一度書かれている記述を確認する。

 この死書のおかげで、あの子供の名前と生年月日が判明しているため、トトは検索をかけた。


 本棚に囲まれた空間が真っ白になる。

 昨夜検索をした花咲優子は、ヒットしなかったため何も怒らなかったが、今回は違う。

井上いのうえ陽太ようた』と書かれた青い表紙の死書が一冊、白い空間に出現した。

 先ほど二人が入った死書と比べると、随分薄い。


「これが……あの子の死書……————」


 青い死書はふわりとことはの手の上に降りてきて、それを手にした瞬間に真っ白だった空間がもとの死神図書室へ戻る。


「この子の母親の記述によれば、あの公園で口論にあった日の4日後に交通事故に巻き込まれて亡くなっているわ」


 事故で亡くなった日の陽太くんの記録を確認すると、事故当日に花咲優子の記述はなかった。

 しかし、トトはそのページを見てあることに気がつく。


「この子……違法死書の被害にあってるわ」

「えっ!? どういうこと?」


 死書の最後の1文は確かに事故にあい死亡と書かれている。

 しかし、文字は薄くなっているが、死書の文章はまだまだ続いていて、本当の1番最後の文は、“幼稚園に入園”となっている。

 その後はずっと白紙となっていた。

 そして、本来押されているはずの死神のスタンプは押されていない。

 トトが言っていた違法死書だ。


「この子、本当は交通事故に巻き込まれずに生きているはずだったのよ……でも、おそらくこの交通事故を起こした運転手の死書が書き換えられているせいで、死んでしまったのよ」


 陽太くんが巻き込まれた事故は、子供を5人を巻き込んだ交通事故で、事故当時ニュース番組で散々取り上げられていた。

 運転手の名前と生年月日は、調べれば簡単にインターネット上にあって、今度はその運転手の死書を見ると、やはり書き換えられている痕跡があった。


 巻き込んだ子供達の名前の中に、陽太くんが追加されている。

 この事故を起こした運転手も意識不明の重体でしばらく入院していたが、その後死亡している。


「やっぱり……この文字、書き換えが行われているわ」


 トトは眉間にしわを寄せる。


「陽太くん、この書き換えがなければまだ生きていたって……ことなんだよね? じゃぁ、書き換えた誰かに、殺されたってこと?」

「そうよ。この運転手の死書を誰かが書き換えたせいで、本来むかえるはずの未来を奪われてしまったの」


 違法な書き換えによって生まれる違法死書。

 一体誰が、なんの目的でこのまだ小さな男の子の未来を奪ったのか……


「違法死書の調査に行った死書官も何人か、こんな風に未来を奪われているの。あなたのママはまだ奪われていないようだけど早く見つけないと本当に危険かもしれないわね」

「そんな……じゃぁ、もう1回死書の中に入ってみよう!? もしかしたら、陽太くんは犯人を知ってるから殺されたのかもしれないし!!」

「その可能性はあるけど……」


 ————ピロロロリン ピロロロリン


 トトが何か言おうとしたその瞬間、ことはのスマホが鳴った。


「あ……」


 時也からの電話だった。

 ことはがいなくなったことが、バレたのだ。



「ど……どうしよう!! お兄ちゃんだ!!」


 トトはことはにすぐに電話に出るように言って、まだ全然片付いていない死書の山に視線を向けた。



 ◇ ◇ ◇



「とにかく、続きは明日。今度は家族に絶対バレないようにもっとちゃんと対策してくるのよ?」

「う、うん……ごめんなさい。お仕事も、全然できなくて……」

「……そうね」


 ことはは1冊しか仕分けできなかった大量の死書と、今日会った時とは全く違う不機嫌そうな表情になってしまったトトを図書館に残したまま、長い廊下を渡って、外に出た。


 そして、急いで家に帰りながら、あの陽太くんの母親と自分の母親が口論になっていた公園の前を通り、さらにそのすぐそばにある幼稚園を見て思う。


(ここに通うはずだった……陽太くんの未来を奪うなんて————許せない)


 母親譲りの正義感が、ことはを奮い立たせる。



(ぜったい、ぜったい、書き換えた犯人もママも見つけるんだから!!)



 家に帰れば心配した時也からものすごく怒られた。

 それでも明日からはきちんと仕事もして、もっと情報を集めようと意気込みながら、ことはは眠りにつく。


 こうして、死書官補佐の1日目は幕を閉じた。


 まさか、翌日、死神図書館に入ることができなくなるなんて、知らずに。



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