第10話 死書の中へ


「だから、それはダメだって言ってるじゃないですか!」

「なによ……ちょっとくらいいいじゃない!! 死にはしないわよ!」



 ことはがよく遊ぶ公園のベンチの前で、正反対の二人の女性が口論になっている。

 一人は、派手な茶髪の長髪で、ヒョウ柄の丈の短いワンピースを着た20代前半くらい。

 もう一人は、白いブラウスにジャケットを羽織り、割とフォーマルな格好をしている30代中盤くらいだった。


 ベンチから少し離れた遊具で無邪気に遊ぶ子供達は、この二人がなにか言い争っていることなんて気にもとめていなかったが、このままいったら取っ組み合いになりそうな勢いだ。


「……ママ!?」

「しーっ、静かに!」

「ふがっ」


 言い争っている二人の姿を見て、驚きのあまり声を上げてしまったことはの口をトトは手で塞ぎ、さっとパーカーのフードをかぶせる。

 図書館で光に包まれたあと、気がついたらことはは公園のベンチの裏にある茂みの中にいた。

 今目の前で口論しているヒョウ柄の女性は、先ほどことはが見つけた死書の女性だし、もう一人の女性は、どこからどう見てもことはの母・花咲優子だ。


「大きな声出さないで……! フードを被ったから、向こうからあなたの姿は見えないけど、声は聞こえるんだから!」


(なにそれ、聞いてない!!)


 ただの制服かと思えば、パーカーにはそんな機能があるらしい。

 まさかこんなに早く死書の中にことはを連れて行くことになるとは思っていなかったトトは、そのことを伝えていなかった。


 トトは、茂みの中から出て優子の前に行こうとすることはを必死に止める。


「ふがふがっ(はなして!)」


 せっかく母親に会えたのに、どうして止められるのか……

 今すぐ駆け寄って、一体今までどこで何をしていたのか、どうしていなくなったのか————聞きたいことは山ほどある。


「いい? 手を離すけど、絶対に大声を出しちゃダメよ!? 言ったでしょう? ワタシのいうことを聞くようにって!」


(そうだった……!!)


 ことはが首をタテにふると、トトは手をゆっくりはなした。


「はぁ……はぁ……一体、どうなっているの?」


 なんとか呼吸を整えた後、ことはは3年ぶりの母親の姿を見つめながらトトに質問した。


(ママが目の前にいるのに……!!)


「ここは、死書の中よ。あなたが見つけたあの死書の3年前の記述」

「3年前の記述……?」

「そうよ。ここは3年前の死書の世界なの。あそこにいるのは、今現在のあなたのママじゃないわ。その証拠に、ほら、あのブランコに乗ってる女の子」


 トトは右側のブランコに乗っている女の子を指差した。


「あれ、あなたでしょ?」


 ブランコを一生懸命にこいで、隣の男の子と競争しているのは、確かにことはだ。

 それも、3年前、お気に入りでよく着ていたミッピィの黄色のTシャツを着ている。

 あのTシャツは、もうとっくに着れなくなって、今は親戚の子がお下がりできているものだ。


「本当だ…………!! それなら、このままママを見張っていれば、いなくなっちゃった原因もわかるのね!?」

「……それは無理よ」

「え……?」

「言ったでしょ? これは死書の中なの。一人の人間の生まれてから死ぬまでの記録よ? 死書にないものは……この人の記録にないものは存在していないの」


 ヒョウ柄の女性————つまり、この死書の主人公であるこの女性が優子のいなくなる原因を知っているのであれば、その記述が死書の中にはあるだろう。

 しかし、この女性はそれほど優子と関わりが深いようには思えなかった。



「あんなに小さな子供を、一人で何時間も放置するなんて……それに、もう季節は夏なんですよ? 脱水症状でも起こしたらどうするつもりですか」

「別に大丈夫よ! のどがかわいたのなら、水飲み場だってあるし……」

「そういう問題では……!! それに、水飲み場は今閉鎖されているの、知らないんですか!?」

「え……?」


 優子が言い争っているのは、どうやらこのヒョウ柄の女性が、3歳くらいの小さな自分の子供を公園に一人で放置して長時間いなくなっていたからのようだった。

 子供の方は、公園にいた他の小学生の子たちが面倒を見てくれていて、犯罪や事故などには巻き込まれずにはいたが、優子はそんなことをするこのヒョウ柄の女性が許せない。


「老朽化していて危険だから工事するために来週まで封鎖しているんです! この公園を利用するママなら、それくらい把握しておいてください!」


 他の子供たちは、脱水症状にならないようにそれぞれきちんと水筒やペットボトルを持って遊びにきている。


「な……なによ! もういいわよ!!」


 ヒョウ柄の女性は自分が悪いことにやっと気がついたようだったが、自分の子供と一緒に遊んでくれた他の子供たちには一切お礼も言わずに、まだ遊び足りなそうな子供を連れて帰って行った。


 そして、そこにいた優子や他の子供たちの姿は、あの女性が離れるたびに消えて行く。


「えっ!? なにこれ……人が消えた————!?」

「帰ったあとこの公園でなにが起きたかなんて、見ていないのだから記録に残らないのよ……まだこの死書の続きを見たいなら、あの女について行けば見れるけど…………この先に、花咲優子の記述は見当たらないから、もう出てこないと思うけど」


 1冊の死書に残されている記録は、主人公となる本人見たものや触れたものでしかない。

 それ以外の人間がその時どうしているかまでは記されていないから、人は消えてしまうのだ。


「本当に……? 本当にこれだけなの?」

「この死書にはね。もっとあなたのママと深い関わりがある人の死書になら、何かあるはずだけど……まぁ、この死書からは、あなたのママが正義感の強い人だってことがわかったくらいかしら————……あ」


 トトは、パラパラと死書をめくって、誰もいなくなった公園で続きを読み驚いた。


「あの子供……この4日後に死んでるわ」

「えっ!?」


 4日後————それは3年前のことはの誕生日の前日。

 つまり、優子が姿を消す前日。


 近所に住んでいたこの子供の死書が存在するのであれば、そこにまた花咲優子の記述があるかもしれない。




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