第8話 新・死書官補佐
ミッピィのペンダントのチェーンに、あの古びたカギをなくさないよう通して首から下げると、ことはは音を立てないように、そっと家から抜け出して死神図書館の入り口があるあの空き家へ向かった。
兄の目を盗んで2階の自分の部屋から大きなクマちゃんのぬいぐるみをとってきて、今使っている母のベッドにのせ、自分の代わりに寝させてきた。
もし不審に思った兄や父に部屋を覗かれても、ことはが寝ていると思わせるためだ。
(この時間に外に出ちゃダメなのはわかってるけど……誰にも言っちゃダメだし……これも、ママを探すためだもん!)
坂を下り、左に進み、あの空き家の前まできて、少し緊張してくる。
来年入学する中学校の裏に、あんな不思議な世界が広がっているなんて、まだ信じられない。
昨日のことが、もしも夢だったら……なんて思ってしまうが、カギは確かにミッピィと一緒にことはの首にかかっている。
(それにしても、不思議ね。このお家、わたしの家と同じくらいの普通の家なのに、中に入ったら無限に広いなんて……————)
カギを開けて、長い廊下を進む。
この廊下には窓がない。
カギから放たれるこの不思議な光がなければ本当に真っ暗で、何も見えないだろう。
突き当たりにある大きな木製の両開きの扉をの前で、一度大きく深呼吸をしてから、ことはは中に入った。
昨日と同じく、受付の席に座っていたトト。
違うのは、服装くらいだろうか。
相変わらず黒いワンピースというのは変わらないが、今日は大きなリボンが頭と胸元についていて、ふわりと横に広がっているスカートにも、小さなリボンが沢山ついている。
昨日と同じ緑色の瞳と目があって、ことはは少しホッとした。
(やっぱり夢じゃないんだ!)
「ちゃんと時間通りに来たわね。両手を……手を出して」
「え?」
トトは椅子から立ち上がると、戸惑いながらも両手を前に出したことはの手の上に、綺麗に畳まれた黒い服と靴を乗せる。
「死書官補佐の制服よ。向こうに更衣室があるから、それに着替えたらまたここへ来て」
「せ……制服なんてあるの!?」
「あるわよ。普通の服で死書の中に入ったら、怪我するわよ?」
「死書の中に入る……って、それ、昨日も言ってたよね? どういうこと?」
「まぁ、それはその内わかるわ。とにかく、着替えてらっしゃい」
トトに言われるまま、更衣室と書かれたドアの中に入ることは。
(こんなドアがあったなんて、気づかなかったわ……)
更衣室には、大きな鏡と木製のロッカー、真っ赤なソファーも置いてある。
とりあえずその真っ赤なソファーの上に、トトから渡された制服を置いて、一枚一枚てにとってみる。
黒いフードつきのパーカー、黒いベスト、黒いネクタイ、白いYシャツに赤いチェックのスカート、黒いニーハイのソックス。
パーカーとベストの胸元にはエンブレムがついている。
「かわいい……」
初めての制服に、少しワクワクする。
着てみると、すべてことはにぴったりのサイズ。
最後に渡された黒い靴は少し厚底で、いつもと視線の高さが違うのが不思議な感覚だった。
(一足早く、中学生になった気分だわ)
着替え終わって、少し浮き足立ちながらトトのいる受付に戻る。
(さぁ、これから、死書官補佐としてのお仕事がはじまるのね!)
待っていたトトが笑顔でいることになんの違和感も感じないことは。
死書官補佐としての第一歩を踏み出した。
◇ ◇ ◇
ことはが着替え終わるのを待っている間、図書館の大きなテーブルの上に、トトは死書を山積みにしていく。
「フフフ……これで面倒な仕分け作業から解放されるわ」
死書官の数が減ったせいで、図書館勤務の人員が減らされてしまい、追いつかない仕分け作業。
これを全部ことはにやらせようと企んでいる。
駒出警部が、母親に会いたいという純粋な思いを利用するなんて……と、言っていたがそんなことはトトはどうでもいい。
(どうせ、死書官の素質だけで、才能はないでしょうしね……それに、もし才能があったとしても、死書官にはさせないわ……あの子みたいに、壊れてしまったら困るから)
「トトさん、着替え終わりました!」
制服に着替えたことはの姿を見て、トトはニヤリと笑った。
「よく似合ってるわ。それじゃぁ、仕事のやり方を教えるわね」
「はい!!」
偶然か、必然か……
「頑張ります!!」
「…………そう、よろしく」
なぜか敬礼することはの姿に、どこか既視感を覚えながらも、トトは死書官補佐の仕事をことはに教え始めた————
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