第7話 鼻歌のワケ


 昨夜まんまとことはを死書官補佐にすることができたトトは今、機嫌がよさそうに鼻歌を歌っている。

 数ヶ月前に起きた震災の影響で、いつも以上に送られてくる死書の数が多く、仕事が滞ってイライラしているこの管理人の姿を見ていた駒出こまでしょう警部は、あまりに珍しいその光景に驚いた。

 驚きすぎて、借りるために手に持っていた死書を床に落としそうになったくらいだ。

 さらには、一体何があったのか聞いてみたら、新しい死書官補佐を雇ったという。


「死書官補佐? お忙しいのはわかりますが、まだ小学生の子供ですよね?」


 警察官として、未成年のそれも小学生にそんな仕事をさせるなんて——……と思ってしまう。

 死書のことも、死神図書館のことも知らなかった頃に初めてこの管理人と出会った時も、こんな子供が管理人だなんてどうかしていると思った。

 あまりに非現実的過ぎて、信じられずにトトを子供扱いしてしまい、先輩に怒られた記憶が頭をよぎる。



「小学生でも、あのカギをあつかえるのだから、大丈夫。あの子には素質があるはずよ。近頃本当に死書官の数が足りなくて困ってたし、ちょうどいい」

「あのカギっていうのが何か、自分にはわかりませんが……大丈夫なんですか?」

「何が?」

「だって、言ったんですよね? 働けばママに会わせてあげるよーって。本当にできるんですか?」



 駒出は、まだ交番勤務だった頃、行方不明者の捜査をしたことがあるが、ほとんどの場合見つかっている。

 だが、見つからない人も一定数いるのは事実。

 ましてや、小学生の母親ということは年齢も若いだろう。

 亡くなってはいないらしいが、自分の意思で身を隠している場合もありえる。

 それを一体どうやって見つけるというのか……


「死書を使えばいいわ」

「し……死書を使う?」


 トトは届いた死書が入る受付の箱を指差した。

 だいぶ片付いてきてはいるが、また数冊上から降ってきて箱の中に入り、トトの眉間みけんに一瞬シワがよる。


「ここは死書が所蔵されている死神図書館。全人類の記憶、記録がここにあるのよ? 本人は死んでいないから、まだ死書はここにはないけど……所蔵されている死書の中には、あの子のママの行方を知っている……もしくは、目撃者がいる人間の記述が必ずあるわ」



 死書には、様々な使い方がある。

 そこに書かれていることは全て事実で、実際に起きた出来事。


 今、駒出がここへ死書を借りに来ているのも、とある殺人事件の犯人を逮捕するためだ。

 死書が犯行の証拠として認められることはないが、被害者の死書を読めば、証拠となるものを探すための手がかりになる。


 また、死書は書き換えが可能。

 しかし、それが生死に関わる場合は、それ相応の決まりがある。


「違法死書が増え始めたのは3年前だし、あの子のママが行方不明になったのも3年前。それなら、死書の中から3年前のその記述を探せばいいのよ。死書は無限にあるのだから」

「3年前の記述って……そんな、この大量の死書の中から……どうやって?」


 トトはニヤリと笑う。

 普段が無表情の人形みたいだから、笑っているのが逆に怖いと、駒出は思った。


「まぁ、運が良ければすぐに見つかるんじゃないかしら?」


 この無限にある死書の中から、ことはの母親に関する記述を見つけるなんて、よっぽど運がなければ無理な話だ。

 トトはことはを……新しい死書官補佐を、母親が見つかるまでこき使うつもりなのだった。


「あの捻挫した足でママに会いたいと歩いて来たのだから、体力はありそうだし、うまく使えばワタシが楽をできるわ……フフフフフ」


 悪い笑みを浮かべるトトの鼻歌が、静かな広い広い図書館に響く。



 しかし、トトのこの思惑は、長くは続かない。


 誕生日会を終えて、死書官補佐として初出勤して来たことはは、母・優子の記述がある死書を運良く手にしてしまうのだった————



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