第6話 トトの思惑
「これを見て……」
トトが初めに座っていた受付の椅子のそばに、大きな箱が置かれていた。
ことはくらいの子供であれば、すっぽりと入るくらいの大きさで、かくれんぼするのに最適だ。
その中に、無造作に本——死書がたくさん入っている。
箱の底が見えないくらいだ。
「これ、新しく所蔵された死書と、返却された死書よ」
「え、これ全部!? っていうか、返却ってことは、死書って借りられるの?」
「ええ、図書館だから。もちろん、普通の人間にではないけど……郵便ポストに入れたらここまで届く仕組みになっているの」
「ポスト!?」
トトがそういうと、偶然にもタイミングよく新しく届いた本が1冊上から降ってきて箱の中に落ちた。
「これはそのほんの一部よ。今日死んだ人間の死書、返却されてた死書、そして、さっきワタシが言った違法死書も全部ここに入るのよ。日本人の新しい死書だけで1日3千冊くらいあるの。ただでさえ、調査に多くの死書官が派遣されてしまったから、仕事が追いつかないの。……だから、ね? ここで働かない?」
確かに、ものすごい量の死書の数だ。
「でも、わたし……まだ小学生だよ? 働くって言われても……」
「大丈夫よ。あなたに任せるのは何も難しい仕事じゃないわ。それに、そのカギを持っているのだから素質は十分あるわ」
「このカギ?」
トトはことはが手にしているカギを指差した。
「それは死書官にとってとても大事なものなの。そのカギに触れられるのは、死書官の素質がない人間には扱うことすらできないのよ。それがあれば、死書の中に入ることができるのだから」
「死書の中に……入る??」
トトの言っていることがさっぱり理解できなくて、ことはの頭はパンクしそうだった。
それは非現実的な知らない世界の話だからか、まだ子供だからか……
「……とにかく、ここで働けばあなたのママがどこにいるのか、もしかしたらわかるかもしれないわよ? まぁ、あなたがママに会いたくないっていうのなら、無理にとは言わないけど」
「…………!? わたしがここで働けば、ママに会えるの!?」
一瞬、ニヤリと笑みを浮かべたトトのその表情に、ことはは気づいていない。
純粋に、ただ純粋に母に会いたいと願うことはを利用して、楽に仕事をしようとするトトの思惑に、ことはは気づかない。
「ここで働けば、違法図書に関する情報が入ってくるわ。あなたのママのことも、きっと…………」
「わたし、ママに会いたい!!」
ことはは死書官補佐として、この死神図書館で働くことになった。
◇ ◇ ◇
「ことは!! ことは、どこだ!?」
時也は誰もいない空き家の中をくまなく探したが、やはりことはの姿はどこにもない。
1階も2階も、売り家のため家具などは一切なく、備え付けのクローゼットや押入れくらいしか隠れられる場所もなかった。
「あいつ……一体どこにいるんだ?」
父から着信がある前にことはは確実にこの家の前に立っていたし、時也が目を離したのは、ほんの一瞬スマホの画面を見た時だけだ。
玄関のドアが閉まる瞬間も見ているし、その音も聞いている。
時也は仕方がなくその家から出ると、父にことはがいなくなってしまったことを話すため、玄関のドアを背にして歩きながら電話をかけようと思った。
パスコードを入力して、ロックを解除したその時————
————ガチャ
「お兄ちゃん……?」
どんなに探しても見つからなかった妹が、自分が今閉めたばかりのドアから、ひょっこりと顔を出した。
「ことは……!? お前、どうして……————!?」
「いや、その……ちょっと……えーと、友達と肝試しすることになって、ここがいいんじゃないかって思って……」
明らかにウソをついているのが丸わかりだったが、時也は問いただすのをやめた。
ことはが見つかっただけで、それだけでよかった。
3年前に姿を消した母のように、ことはがいなくなってしまったらどうしようかと怖かったのだ。
「帰るぞ……」
そう言って、時也は松葉杖も持たずにここまで歩いてきたことはの足を気づかい、しゃがんでことはに背を向ける。
「え……? おんぶ?」
「お前、まだ足治ってないだろ? さっさと帰らないと、父さんが心配してる。早く乗れ」
「う……うん」
昨日捻挫した足は、もう治っていた。
けれど、ことははそのことを隠して、兄の背に乗る。
あの死神図書館の管理人————トトが不思議な力でことはの足の時間を捻挫する前にしてくれたのだ。
そして、彼女はこうも言っていた。
『この死神図書館の話は、決して誰にもしてはいけないわ。それはあなたの家族でも、親友でもね————』
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